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キーマンに訊くHRCがS耐に参戦する理由
日本版「偉大なる草レース」として急成長を遂げている「スーパー耐久」。現在その立役者となっているのは、なんと自動車メーカーだ。通常メーカーがレースに参戦する目的は、シンプルに言えば「勝つため」だろう。しかし彼らは現在、日本のアマチュアモータースポーツを盛り上げ、これを持続させる方法を模索しながら、さらに自身のプロダクトを鍛えるための場として、S耐の場を活用している。
ご存じの通りそのムーブメントはひとりのキーマンが起こしたものだが、その流れはここ数年で瞬く間に他メーカーへと伝播し、いまや4つのメーカー(トヨタ、日産、マツダ、スバル)と2つのワークス(GAZOO Racing、HRC)が、これに賛同する形となっているのだ。
そんなS耐において、ホンダのモータースポーツ活動を担うホンダ・レーシング(HRC)は、2023年のシリーズ第二戦「富士SUPER TEC 24時間レース」から「シビック タイプR CNF-R」を開発車両として、STーQクラスで走らせた。
HRCといえば2輪の活動をイメージする読者も多いと思うが、彼らは2022年から2輪と4輪の事業を統合し新しいスタートを切っており、アマチュアの祭典であるS耐にも活動の領域を広げたのだ。
ということで今回はスーパー耐久 シリーズ最終戦「富士4時間レース with フジニックフェス」に赴き、Team HRCの監督を務める岡 義友氏にインタビューを行った。なぜいまHRCが、S耐なのか?
今年一年の活動で得られた収穫と、未来への展望を語っていただいた。
S耐久を選んだ3つの経緯
世界最高峰のF1や、国内最高峰のスーパーフォーミュラ、そしてスーパーGTで4輪のレース活動を続けるHRC。そんな彼らがS耐を選んだ理由は何なのか? 岡監督はこれを、簡潔に説明してくれた。
「HRCがS耐でやりたいことは、大きく分けて3つあります。
ひとつは持続可能なモータースポーツの実現。具体的には、カーボンニュートラル燃料の実用化です。
ふたつ目は、参加型モータースポーツの普及。かつてホンダでは(シビックやインテグラ、フィットといった)カスタマーレーシングカーを数多く発売してきましたが、現状はそれができていません。ですからS耐に出場して、現行シビックの良さをカスタマーの方達に理解して頂き、これを使いたいと思って頂けるようにしようと考えました。
そして3つ目は、商品の開発です。ご存じの通りHRCは世界のトップカテゴリーでレース活動を行っていますが、残念ながらこうしたノウハウを未だビジネスには展開できていません。ですから自社で開発したプロダクトをカスタマーのみなさんに使ってもらえるようにするために、S耐を開発の場に選びました」
カーボンニュートラル燃料との戦い
ということでここからは、そのひとつひとつを深掘りして行こう。
まず「持続可能のモータースポーツ」を目指す手段としてTeam HRCは、カーボンニュートラル燃料(CNF)を採用した。
エンジン本体はそのままに、補機類や制御マネージメントを変更することでこれに対応したが、そのキャリブレーションにはシーズン序盤から、かなり苦労させられたようだ。
「初めて扱うCNFに最初は、かなり戸惑いました。というのもCNFは通常のハイオクガソリンと比べて、燃えにくい燃料なんです。車両側としては、油温や水温を通常よりも少し高めに設定してあげないと、燃焼効率が上がりません。
ただし、そうなると当然油圧は低下しますし、エンジンの冷却性能も下がります。シビックタイプRのチャームポイントはやはりエンジンですから、ストレートでパワーが出せなかった序盤戦では、チームもドライバーも、かなりストレスが溜まりました」
ちなみに2023年シーズンのS耐には、Team HRCが参戦するST-Qクラス(開発車両クラス)とは別に、ST-2クラスにも現行シビックタイプRが1台参戦している。シビック タイプRの開発責任者である柿沼秀樹氏が中心となり、ホンダ社内の有志によって2021年から活動を続ける♯743 Honda R&D Challengeだ。
そしてこの743号車はS耐のレギュレーションに則りながら、いわゆる通常ガソリンを使用してレースに参戦している。かたや271号車はCNFを使う理由から、同じシビックを走らせながら序盤はエンジンパワーを引き出すことが敵わなかった。
しかし開発車両としてシーズン中のアップデートが許される271号車は、毎戦細かい改良を重ねてこれに対応した。
そのメニューはギアレシオの最適化やラジエーター冷却効率の向上、フロントグリル開口部の拡大や通風スリット付きカーボンボンネット/フロントフェンダーの採用と多岐に渡ったが、それらは単なるカスタマー用アップデートパーツというだけでなく、作動温度領域が通常より若干高めになるCNF対策の側面を持っていたのだった。
アップデートのストーリー
またこうしたアップデートに対して岡監督は、それぞれにストーリーを立てていたという。
「まずは毎戦、必ずひとつはアップデートを実現することを目標にしました。SNSではファンのみなさんがマシンの成長を、とても楽しみにしてくれていたからです。
そしてアップデートのストーリーにも、全体で3つのマイルストーンを設けました。ひとつ目は、『走る』こと。CNFを使って、きちんとエンジン出力を引き出すことですね。
そしてふたつ目は、『止める』こと。そして最後に『曲がる』ことです」
戦いを経るごとに271号車は速さを増し、シリーズ中盤になると自ら「直前番長」と言えるほどに成長した。そして今度はこのスピードを止めるために、ブレーキ性能の向上に努めたという。
具体的にはブレーキシステムそのもののアップデートや、ブレーキパッドの磨材選定といったハード面。そしてABSを中心とした、ソフト面での制御の洗練を目指した。
「特に今年は猛暑だったこともあり、ブレーキの開発は大変でした。カスタマーレーシングという性格上、ただ止まればいいだけではないんですね。止まるのは当たり前として、ジェントルマンドライバーでもコントロールしやすい性能が必要だったのです。
しかしその努力も報われて、岡山(第7戦)からブレーキに関しては、ドライバーたちも太鼓判を押してくれるまでになりました」
マシンがきちんと制動力を得て、コーナーへとアプローチして行ける段階になったらその次は、フットワークの煮詰めだ。
「現行シビックはの良いところは、クルマが非常にどっしりしているところです。しかし裏を返せばそれは、ホンダ車らしい軽快感が出せていないことでもありました。ステアリングを切ったら、切った分だけ曲がってくれる初期応答性の良さ。これと安定感を両立させることを目標としました」
そのためまず足周りには、オーリンズ製のサスペンションシステムを投入した。
とはいえレースにおける足周りは、カスタマーがそれぞれに一番こだわる部分でもある。ということでHRCは、まずはスタンダード装備として一番ベーシックな仕様を模索した。コストを抑えながらアマチュアにも扱いやすい、1wayの減衰力調整式ダンパーでその開発を進めた。
対してメーカーの開発力が物を言う空力パーツは、かなりこだわった。まず第6戦 岡山ラウンドに向けては、ドライカーボン製の大型テールゲートスポイラーを装着。またルーフパネルもカーボン製として軽量化(-6kg)と共に重心高を下げた。
そして最終戦の富士では、このスポイラーと合わせ込むように巨大なリヤウイングを用意し、前後バランスを整えるフロントスプリッターを装着。翼単板からボディに向かってステーを伸ばすリヤウイングは、その形状がF1を意識しているのがチャームポイントだ。
またテールゲートスポイラーは、巨大なリアウイングがダウンフォースと引き換えに増えたドラッグを低減させる効果があるという。そしてこの形状は、GT500のシビックにも通じるものだ。こうしたトップカテゴリーに用いられる技術とのつながり感や単純明快なカッコ良さも、HRCならではだと言えるだろう。