これは海上自衛隊が配備するエアクッション方式の揚陸艇「LCAC(Landing Craft Air Cushion)」だ。英表記の頭文字を取り「エルキャック」と呼ばれる。エアクッション方式とは、いわゆるホバークラフトのこと。ホバークラフトは船体底部のラバー製構造物に空気を注入、噴出し浮き上がる。前後進などの推力は主にプロペラによって発生させている。水上航行に加えて波打ち際や砂浜など陸上部もそのまま航行できる乗り物だ。上陸用舟艇のジャンルに入り、海自はこれを上陸作戦や物資等を陸揚げする揚陸作戦用途などに向けて装備している。また、ホバークラフトはかつて一般航路に就航しており、乗船経験のある方もおられると思う。
海自は当初、本方式の上陸用舟艇を国産品で調達しようとしたが、調達経費と使用実績から米国からの一般輸入調達となった。LCACは米テキストロン社製で、最大で50トンの物資を揚陸することができる。つまり90式戦車なら1両を積んで海上を運ぶことができるわけだ。また、人員輸送コンテナを使えば最大約200名の人員を上陸させることもできる。
LCACは主機にガスタービンを搭載し、4基2軸で出力は16600ps、速力は50ノット(92.6km/h)を出せる。この高速性がウリだ。上陸・揚陸作戦を迅速に行なうことができる。乗員は5名で、右舷前方の操縦室に乗り込む。艇長と機関や航法担当者、各種エンジニアで構成され、全員が航空機パイロットのようなヘルメットを被っているのが特徴だ。
導入当初は輸送艦の搭載艇の扱いだったが、2004年4月から第1輸送隊第1エアクッション艇隊が編成され、自衛艦籍に編入された。通常は輸送艦「おおすみ」型の艦内に収容され、沖合に停泊する輸送艦から物資等を積んで発進、沿岸部や陸地を目指し、上陸する。
LCACの実力を見たのが東日本大震災での救援活動だった。その具体例のひとつ、宮城県石巻市での活動を紹介したい。
石巻市の沿岸部、石巻漁港と陸路が被害を受け孤立していた渡波(わたのは)地区の住民に対して、海自は輸送艦「おおすみ」型3番艦「くにさき(LST-4003)」を派遣、石巻湾に沖泊めさせ、収容したLCACを発進させた。
港は岸壁などが破壊され、港内の海中には沈没した漁船や漁具、津波で流出した家屋などの瓦礫が堆積しており、通常の艦艇では港に進入できなかった。これは、ホバークラフトで「喫水0m」のLCACの、まさに出番だった。
LCACは医療品や各種生活物資を届け、次には住民を乗せて「くにさき」へ戻る。「くにさき」艦内の格納庫は生活支援スペースへと改装されており仮設の風呂場も設けられていた。住民らはここで入浴したり、休むことができたのだ。そして入浴後にはLCACで陸地へ送る。LCACはこうしたピストン輸送航行を行なった。震災直後から長く入浴できずにいた渡波の人々に清潔や衛生面の確保と、安らぎを提供したわけだ。
渡波地区は電気・ガス・水道が途絶し、陸路は瓦礫に閉ざされ、陸上自衛隊や警察、消防などの救助・救援の手が入るのも遅れた。それならば『海から助ける』のがこのオペレーションの目的で、「くにさき」とLCACは生活支援の手段として機能した。『くにさきの湯』へ入浴した後の住民のホッとした表情を覚えている。人々は気を張った被災生活を送っており、そのなかで、ひとときとはいえ緊張をほぐせたように見えた。
東日本大震災以降も日本列島は台風などの大規模自然災害を被っている。各々の状況下で輸送艦とLCACが実働した例は多く、もはや災害時に不可欠のパッケージとなっている。災害対応と有事・国防対応の中身は同じような様相になるはずだから、輸送艦とLCACが持つ能力は、数々の災害対応の実績が裏付けているように「国難」には必須の装備ということになる。