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世界限定50台のうち日本に上陸した貴重な1台を試乗することに……
2023年で最もインパクトがあったのは、BMW「3.0CSL」の試乗だった。
3.0CSLと聞いて思い出されるのは1971年に誕生した伝説のツーリングカーだが、今回筆者が試乗したのは、BMW M社が自身の50周年を記念してM4クーペをベースに世界限定50台でこれを復刻させたスペシャルモデルだった。
その「シリアルナンバー15」を手に入れたのは、アジア唯一のワークスチームである BMW M Team Studieの鈴木“BOB”康昭会長だ。そして彼から、競争率10倍と言われる審査を通してデリバリーされた貴重な1台を、「インプレッションせよ」というオーダーが来たのだから、驚かずにはいれらなかった。
ちなみにその価格は、非公開だが推定75万ユーロ(2024年1月現在の為替で約1億1798万円)だと言われている。しかもすでにそこにはプレミアが付いており、市場価値は1億6000万円まで跳ね上がっているというのである。
ワイド&ロングなフォルムはカーボン外装で軽量化
肝心なクルマの出来映えはというと、これがまた強烈だった。
往年の“バットモービル”シェイプを現代解釈すべく、そのボディは全長がM4クーペの4805mmに対して4911mmまで延長され、全幅が 1885mmから1946mmまでワイド化された。
そしてCoupé Sport Leichtbau(クーペ・シュポルト・ライヒトバウ:軽量なスポーツクーペ)の名にふさわしく、外板パネルのほとんどがドライカーボンで仕上げられていたのだ。
ちなみにその車両重量は、明確にされていない。560PSの最高出力に対してパワーウエイトレシオは2.9kg/PSとのことだから、1624kgといったところか。
数値的には恐ろしく軽いとは言いがたいものの、ボディを大型化させたにもかかわらずM4クーペ(6MT)の1710kgより車重が86kgほど軽くなっているのは、やはりすごい。最もパワフルで重たいM4クーペ コンペティション MxDrive(1790kg)と比べれば、166kgも軽いことになる。
しかもタイヤはこのモデルのためにミシュランが用意した特別仕立てのパイロットスポーツPS4Sで、そのサイドウォールには「50」のエンボス加工が施されていた。そして現状そのスペアはない、というのだからたまらない。
というか、今後はどうするつもりなのだろう?
さらに言えば伝説のMストライプも、カッティングシートではなく塗装なのだ。そしてそのほとんどが職人の手作業によって塗り分けられており、ボディのサーフェスにはまったく段差がない。
そして思った。
これは、飛び石さえも許されないクルマだと。
6速MTのシフトフィールは絶品
極めて高い緊張感を持って臨んだ3.0CSLはしかし、素晴らしく趣味性の高いスポーツカーだった。
まずその操作感が、驚くほどに軽い。まるで車重の軽さと質感を合わせるかのように、クラッチペダルの踏力も、電動パワステの反力も、そして6速MTのシフトフィールも、全てがあっけにとられるほど軽やかなのである。
特に素晴らしかったのは、6速MTのシフトフィールだった。
M社が特別に仕立てたというトランスミッションは、まずそのシフトトラベルがショートストローク化されており、慣らしも終えていない状態で(なんと走行距離は1100kmだ! いや、それでも世界一過走行な3.0CSLだろう)、ギアが吸い込まれるようにサクサクと入った。シンクロの効いた手応えは実に心地良く、ヒール&トゥも美しく決まった。
資料によればそのギア比も見直されているとのことだったが、現段階での数値は不明だ。それでも560PSのパワーと軽いボディの組み合わせにこのシフトタッチが組み合わさると、M4クーペの8速ATにも魅力負けしない加速が味わえた。
通常これだけのパワーを発揮するエンジンであれば、回転上昇の速さに対する反射を考えても、多段化ATの方が対応しやすい。しかし3.0CSLの6MTは、スパッとゲートに入って行く。もちろん絶対的なシフトチェンジに要する時間は8速ATの方が速いだろう。しかしこの6速MTには、スピードと共存できるキレがあった。
そしてこの6速MTの純度を保つには、5万kmごとにオーバーホールではなく、ユニットごと交換する必要があるのだという。
絶対的なパワーやラップタイムではなく”歴史”を体現した走り
3.0L直列6気筒DOHCツインターボ「S58」ユニットのパワーは、前述の通り560PSまで高められた。この数値は歴代6気筒としは最強だが、たとえばGT-R NISMO(600PS)と比べても、数値自体は控えめだ。
しかしここにこそ、3.0CSLの明確なコンセプトがあると思う。
そのシャシーワークで560PSのパワーをバランスさせ、後輪駆動で走らせるドライビングプレジャーに、その照準を合わせたのだ。ターボとは思えないスムーズさで力強く吹け上がるそのフィーリングは、まさに歴代最高のシルキーシックスだと言えた。
抜群のコントロール性を持つブレーキでノーズを抑え付けて、恐ろしく切れ味が鋭いステアリングに最小限の操舵を入れる。そのターンインは、羽根が生えたかのようにスピーディだ。
タイヤはグリップ重視ではなく、その挙動をコントロールさせようとするキャラクター。個人的にはこのパフォーマンスや価格に対するマージン(つまりグリップ)がもう少し欲しいと感じたけれど、そんな危うさも含めて3.0CSLなのだと、走り込むうちにわかった。
このままクリップからアクセルを踏み込んで行ったら、どんな挙動を示すのだろう? 残念ながら筆者には、そこから先を試す度胸はなかった。
しかしその身のこなしから察すれば、それはFIA GT3のようにダウンフォースで車体を地面に抑え付ける近代的な走りではなく、極めて古典的なFRスポーツの走りだと推測できた。
1億数千万円のBMWと聞けば誰もが、どれほどのモンスターなのかと興味を抱くだろう。
しかしM社がこの新生3.0CSLに込めた思いは、ニュルでのラップタイムではない。彼らの歴史をスタートさせたマシンを、自らの名において復活させるロマンこそが全てであり、同時に現代では失われてしまった、軽さを追求したツーリングカーが持つドライビングプレジャーを再び手に入れることだったのだと思う。
そのために、お金に糸目は付けなかったというわけだ。ただひとつ思うのは、果たしてその恐ろしくピュアで贅沢なドライビングプレジャーを、いったい何人のオーナーが、心ゆくまで味うのだろうか? ということである。