日産とホンダは何をするのか?

左が日産自動車の内田誠社長兼CEO(最高経営責任者)、右が本田技研工業の三部敏宏社長
日産とホンダが協業で合意し「覚書(おぼえがき)」を交わした。どのような部分で業務提携するかを現在、話し合っている。「互いに協力し合う」ことでは気持ちが一致したと受け止められる。ホンダは創業以来独立を保ち、過去に英・ローバーグループに出資したこととはあったが他のOEM(自動車メーカー)の資本を受け入れたことはない。日産はかつて1999年の経営危機に際しルノーの資本を受け入れ傘下となったが、現在はルノーと対等な関係にあり三菱自動車を傘下に従える。いままで接点がなかった両社はなぜ業務提携するのか。ねらいを探ってみる。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

日産とホンダの提携は、いまの日本が抱える問題を物語っている

先週15日の記者会見で日産自動車の内田誠社長兼CEO(最高経営責任者)と本田技研工業の三部敏宏社長が語った内容を要約すると、BEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)とソフトウェアで部分的な業務提携を検討している、とのことだった。資本提携するつもりはないという。

提携の理由については、NHKは「日本勢が出遅れるEVなどの強化を進める」をその理由のひとつに挙げたが、日産は「EVで出遅れ」どころか、日産と連合を組む三菱自動車とともにBEV=バッテリー電気自動車では世界をリードした2社だ。

日産「リーフ」は2011年の日本発売からほどなくして米国でも発売された。欧州では2011年にノルウェー、英国、オランダで発売され、2013年には東欧などを除くほぼ全欧で発売された。日経は「リーフ」について「日本では先行したが世界市場では出遅れた」と書いているが、2013年に欧州OEMが販売していたLIB(リチウムイオン2次電池)搭載の新世代BEVは、量産が始まったばかりのルノー「ゾエ」だけであり、日産は欧州でもBEVで出遅れてなどいない。むしろ早すぎた。

ちなみに三菱のBEV「i-MiEV」は2009年にプロタイプの量産が始まり、法人向けリースが始まっていた。EU域内でも2011年に販売開始され、さらにプジョー「iOn」とシトロエン「C-Zero」が「i-MiEV」のバッヂ違い兄妹車として三菱から供給された。これも遅れてなどいない。むしろ早すぎた。VW(フォルクスワーゲン)最初の量産BEV「e-ゴルフ」の発売は2014年。「リーフ」「i-MiEV」とルノー「ゾエ」、テスラ「ロードスター」が世界の新世代BEV第一陣である。テスラ「モデルS」はそのあとだ。

ホンダは2016年にFCEV(フューエル・セル・エレクトリック・ビークル=燃料電池電気自動車)「クラリティ」を発売した。トヨタ「MIRAI」よりは遅れたが、GM、ダイムラー、トヨタとともにFCEVの研究開発成果を量産車へと発展させた。これも、ある意味で早すぎた。

脱ICE(内燃機関)への行動、次世代パワートレーンの開発は日産もホンダも早かった。日産はBEV、ホンダはFCEVと領域は別べつだが、早かったことは共通している。ほかの共通点も多い。両社とも北米市場が経営の根幹部分であること、英国への工場進出が早かったこと、台湾から東南アジアにかけての地域で複数の車両工場を持っていること……などである。

近年では、2010年代半ばから両社とも日本市場は軽自動車の比率が高くなった。独立を保ってきたホンダも、ルノー傘下に降った日産も、自動車市場が縮小を続けた日本国内ではエントリークラスであり利幅の小さい軽自動車へとビジネスを広げる必要性を感じた。軽から3.5Lクラスまでを持つフルラインアップOEMである。

日産もホンダも利益率を上げることが、この十数年の目標だった。リーマンショックの際、ホンダは量産間近だった「NSX」の発売を中止した。日産は次世代FRプラットフォームの開発を凍結した。両方とも利益率アップに貢献するはずだったが、世には出なかった。

高級車および高級スポーツカーの粗利は、2.0Lクラス量販セダンの10倍に近い。軽自動車は以前よりずっと高くなったが、ICEも変速機も、エアコンも運転席も「1つ」要る。容積比で見ると装備品は割高であり、粗利はそれほど大きくない。OEMごとの販売台数を営業利益で割ってみれば、高額モデルを持っているOEMが有利だと言うことは一目瞭然だ。

バブル崩壊以降、日本のOEMは販売台数減に苦しんだ。しかも国内では台当たり単価も上がらない。政府の緊縮財政がそのまま、OEMの研究開発費と設備投資と車両製造原価に持ち込まれた。「金を遣うことは悪」という風潮は日本の全OEMに共通していた。

日産とホンダが、たとえばトヨタと比べて商品戦略が大きく劣っていたかと言うと、そうではない。ただし、北米は別だった。トヨタはレクサスを成功させたが、日産のインフィニティとホンダのアキュラは、レクサスのレベルに届かなかった。1990年代の北米事業でトヨタ、日産、ホンダの明暗を分けたのはプレミアム・チャンネルの販売実績だった。

トヨタは北米ベストセラー・セダンだった「カムリ」の車両骨格とパワートレーンを販売価格で2倍のレクサス「ES」「RX」まで拡大し、ひとつのプラットフォーム・パッケージで年産60万台を超えた。日産は北米で「アルティマ」をヒットさせ、ホンダは「アコード」を同じくヒットさせた。北米OEMのセダンが売れなくなり、逆に日本の3社はセダン市場を独占し大きな利益を得たが、とくにトヨタが「カムリ」の水平展開で利得た利益は巨大だった。

ホンダは「アコード」にHEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)を設定したが、通常のICE搭載車があったため「アコードHEVの車両価格ではガソリン代の元が取れない」と消費者メディアが取り上げ、結局は売れなかった。一方、トヨタ「プリウス」にはICE仕様がなく、ガソリン代を同じ車種で比較できなかったため、その燃費の良さだけが話題になった。車両価格は問題にされなかった。

「利幅」の大きさがOEMの業績を左右する

モデルごとの販売台数では「利幅」の大きさがOEMの業績を左右する。つまり、規模の大小が利幅を左右する。これはほぼ間違いない。かつて欧州でダイムラーベンツが米・クライスラーと合併した理由は「VWは我われと同じ部品を我われより3割安く買っている」だった。

BEVも規模がモノを言う。それと、将来は必須と言われるカーOSはPC(パーソナル・コンピューター)用のOSと同様に、インストールされている台数が多い方が有利だ。ウィンドウズOSをインストールできるようにした米・アップルの戦術は、PSの世界では異色の「ハードウェアを売る」である。

では、BEVでの協業はうまく行くだろうか。

BEVとPHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)を合わせて欧州ではECV(エレクトリカリー・チャージャブル・ビークル=外部充電車)と呼ぶが、昨年の世界販売ランキングトップは中国・BYDオートの300万台、2位は米・テスラの180.8万台、3位はVWの77.1万台、4位は中国・吉利集団の71万台(ボルボ/ポールスター含む)、5位は米・GMグループの61.7万台(中国合弁での生産分を含む)、6位は中国・広州汽車集団の50.7万台--である(正式発表ベースの筆者まとめ)。

テスラはすべてBEVである。BYDは同社の発表によると302万台で、内訳はBEV157万台、PHEV143万台だが、これでは合計300万台であり数字が合わない。ICE車の生産は2022年までに終了したはずだが、市中在庫はまだ残っているようだ。BEV専業のテスラを除くとトップ5はすべて中国勢だ。BEV専業のテスラも含めECV販売台数上位のOEMはすべて中国がらみである。VWは中国でもBEVを生産している。BYDは邦貨換算で150万円程度の安価なBEVを持っている。

VWはBEVが57万2100台、PHEVが19万9000台でアウディ、ポルシェなどグループ内の全ブランド合計。GMは中国合弁のひとつである上海通用五菱が製造する「宏光MINI」をカウントしている。同車はA00級という、日本で言うと軽自動車に準じたカテゴリーに属し車両価格は80万円付近が中心だ。A00級は現在、すべての車種がBEVになった。

広州汽車集団は欧州OEMからモデルごとの知的財産を買い取り、それをベースに立ち上げた「トランプチ」で利益を得ているほか、独自ブランド「理想」も持っている。トヨタ、ホンダとの合弁では労せずして利益を得ており、これがNEV(新エネルギー車)専門として立ち上げた広汽新能源の原資である。

ちなみに欧州のOEMの2023年実績はルノーがECV+HEVで22万8000台(ダチア含む)、ステランティスはプジョー、シトロエン、フィアット、オペル、クライスラー、ジープなど全ブランド合計で33万0600台、BMWはBEVだけで37万6200台、メルセデスベンツ乗用車部門はBEVだけで22万2600台だった。

ホンダの2023年ECV販売台数は6万台程度と少ない。中国市場ではこれが「ホンダらしくない」「意外」と言われている。ホンダはかつて、中国・広州汽車から撤退したプジョーの後釜として広州市から進出を打診された際、進出条件の調整で難航していたところ、中国側が強引に李鵬首相来日とホンダ本社訪問を絡めてしまった。

ホンダは中国側の要求をそのまま呑まされて調印した形だったが、その代わり中国政府は広州ホンダでの生産が立ち上がる前に日本製「アコード」を中国国産車と同じ扱いで完成車輸入する特典を与え、さらに輸出専用工場の建設も許可した。

広州汽車製アコード

この完成車輸入での特例は、上海にテスラが工場を建設中のときにテスラ「モデル3」「モデルY」にも認められた。中国がVIP待遇を与えたOEMは、1997年はホンダで2019年はテスラだった。

日産は「リーフ」の経験から「アリア」を産んだ。ホンダはホンダ「e」の生産を打ち切り、仕切り直しに入った。そしてソニーとBEVで業務提携した。では、日産とホンダがBEVで協業するとしたら、どうするだろうか。

日産との協業は、グループ全体への「仕切り直し」宣言だ

両者にとってはホームマーケットである日本より、まず北米のほうがやりやすいだろう。ホンダの次世代BEV「ゼロ」シリーズは2026年の生産開始予定だ。一方、日産は「アリア」発展型のBEVを展開する予定だ。2年後の2026年あたりと思われる。「ゼロ」と「アリア改」はすでに構想なり現物なりがあるはずで、いまから2026年の協業は無理だろう。

日産は2028年にSSB(ソリッド・ステート・バッテリー=全固体電池)の量産を「開始したい」と言っている。電池を自前で作るのはリスクが伴うが、初代「リーフ」からすでに14年使っているラミネート型の薄型電池も日産が開発したものであり、量産のためにNECと組んだ。また、ルノーと共同開発した巻線界磁型(永久磁石を使わない方式)モーターも内製している。このBEVパワートレーン領域はホンダへの「手土産」になる。

いっぽうホンダにはソニーというパートナーがいて、ソニーとの間でもBEVを開発している。これが「ゼロ」と無関係ということはないだろう。ひょっとして「アフィーラ」が「ゼロ」なのかもしれない。ソニー=ホンダはインフォテイメント(インフォメーションとエンターテイメントを合体させた造語)領域で利益を出すことを狙っている。カーOSも含めたソフトウェア領域は日産への「手土産」になる。

日産の内田社長が記者会見で語った「これまでの常識にとらわれない」が本気なら、これまでに開発費を投じてきた技術をホンダと共有することもいとわない覚悟なのだろう。いっぽう、ホンダ側にはBEVについての社内の空気を一新したいと言う思惑があるように思う。

かつて三部社長が就任したとき「ホンダは電動車専門になる」と宣言した。この発言が社内に軋轢を生んだ。「ウチからICEを取ったら、何か残るものはあるのか?」との声は確かにあった。電動化は正義だが、本当にBEVがCO₂排出を減らせるのかどうかの計算は、じつは結構な数のエンジニアがやっていた。これは日産も同様である。答えは「疑いあり」が多い。

日産はルノーとの連携の中でBEVや電池の技術をルノーに提供しなければならなかったが、ホンダにはそういう縛りはない。「ICEのカットアウトではなく、得意分野を残しながらのフェードアウトこそ理想」と考えていたエンジニアは、ホンダの研究所には少なからずいた。

販売の現場では「ホンダがICEをやめて電動車メーカーになるという宣言が客を減らした」と聞く。セールススタッフからも「ホンダへの愛情が一気に薄れた」と聞いた。この微妙なムードは当然、経営陣も察知していたはずだ。日産との協業は、グループ全体への「仕切り直し」宣言だと筆者は見る。「やらないと生きて行けない」と。

「e-アクスル」の共同開発や部品の共通化は、あまり意味がない

しかし、日産とホンダの記者会見で出た「e-アクスル」の共同開発や部品の共通化は、あまり意味がないと筆者は見る。e-アクスルは電気モーター、電気モーター減速用の歯車、デファレンシャルギヤも含めた出力軸、電気モーター制御用のコンピューター、インバーターなどを一体化したユニットであり、従来車で言えばICE(内燃機関)、トランスミッション、出力軸、制御コンピューターに相当する。しかしICEほど付加価値は高くない。

e-アクスルはいろいろなものを一体化するためのアルミ鋳物ケースが要る。これは輸送には向かない。輸送するほどの付加価値がなく、できれば車両工場の中で作りたい。減速歯車と出力軸も同様だ。e-アクスルをOEMが外注する場合、受注するサプライヤーにとっては原材料費の比率が高いユニットであり、利幅は小さい。「だから共通化する」という発想はOEM側の発想であり、サプライヤーにとっては共通化しても個別仕様でも、製造コストはさほど変わらない。輸送することが、もっとも手間とコストを要する。

また、e-アクスルを本当に共通化するなら車両側の搭載スペースの大きさを日産とホンダで同じにする必要がある。プラットフォーム共通化が手っ取り早いが、これはホンダと日産の2030年代のBEVからでないと無理だ。協業メリットを出すまでには時間がかかる。

ソフトウェア領域も、そう簡単には共通化できない。ホンダは国内発売された「アコード」に新しいインフォテイメントシステムを搭載するという。このシステムをOTA(オーバー・ジ・エア=空中を飛ぶ電波の意味)でソフト更新できるようにすれば、SDV(ソフトウェア・ディファインド・ビークル=ソフトウェアが価値になるクルマ)の入り口になる。

カーOSは全体を統括するソフトウェアであり、これをホンダと日産とで共通化する場合は、すべての電子部品、電動動作部品(ステアリングやパワーウィンドウも含めて)について共通のコンピューター言語と通信プロトコルを使わなければならない。このすり合わせ作業は膨大だ。末端のサプライヤーまで巻き込んだリセットになる。

日産は20年以上前からカーOSのようなものを考えていた。筆者がOTAでのプログラム修正やリコール対策の可能性や必要な技術について当時の担当者(現在は役員)に尋ねたのは2002年だった。すでにそのころ構想があった。「ルールさえ統一すればいい」という声も聞くが、その作業をホンダも日産も行なうとすれば、本当に開発時間を短縮できるのか疑問だ。

軽自動車の共通化は?

手っ取り早いのは、軽自動車を共通化することだ。日産の軽は三菱チームが開発の主体だが、日産かホンダか、どちらかのプラットフォームとパワートレーンを残し、ほかは捨てる。これは通常の開発工数と大して変わらないように思う。軽BEVは日産・三菱のシステムをそのままホンダが使えばいいし、その逆でもいい。

いまの時代、プロジェクトごとの協業が果たしてどれくらいの成果をもたらすだろうか。もっとも大きな障害は「仕事の進め方の違い」「企業文化の違い」であり、これを乗り越え一蓮托生となるには相当な覚悟がいる。互いに一定のパーセンテージの株を持ち合うか、あるいは経営統合するか、そのほうが早い。

それと、日産は米国で噂になっているBEV専業フィスカーへの出資を本当に実行するのか。フィスカーの状態は1999年の日産に近い。その弱みにつけ込んで不平等条約を締結させたのがルノーだった。日産にフィスカー救済のメリットがあるとは思えない。

ひとつ、筆者が思うことは、日産とホンダの協業は「働き方改革の穴埋め」でもあるということだ。残業が制限され、しかし自動車のエンジニアは高度プロフェッショナルには指定されず、開発工数が増えているにもかかわらず国が「働くな」と理不尽なことを言っている。

会社ではなくどこかに集まって仕事を……と思っても、データセキュリティの問題から会社以外ではノートPCを開くことが許されない。コロナ禍でのリモートワークもそうだったが、エンジニア諸氏は手計算で設計したり、手書きで図面を起こしたりしていた。「働き方改革の対象から除外してほしい」と、筆者が直に声を聴いたエンジニア氏は多かった。

日本は水平分業型で欧米や新興勢は垂直統合型(ウォーターフォール)。だから開発スピードが違う……こう言われるが、自動車は少なからず水平分業が必須だ。こういう「後付け」のネーミングが仕事の速さを決めているのではない。速さを左右するのは経営判断であり、日本は意思決定までが長い。

中国の新興OEMで「仕事が速い」のは、寝ないで仕事をしているエンジニアが多いからにほかならない。仕事をしなければクビになる。実績のある日本企業から中国企業に「すぐ転職できる」理由は、「代わりはいくらでもいる」からにほかならない。BYDオートでも吉利汽車でも、昔の日本のように会社に寝泊まりして仕事をしている。

欧州はもっとえげつない。インターンシップの学生に面倒な計算や確認シミュレーションをタダでやらせている。エサは「就職」だ。中国がこの方法に目をつけ、大学からスピンアウトしてESP(エンジニアリング・サービス・プロバイダー=開発支援会社)という欧州のシステムも含めてすっかり真似た。

それを思うと、日産とホンダの提携は、いまの日本が抱える問題を物語っている。同時に「話し合った結果、やめました」という結末も考えられる。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…