日本未発売のEV専用タイヤを試してわかった、グッドイヤーが世界3大タイヤメーカーのひとつであり続ける源とは?

新たに電動化モデル専用ブランドとなるLancia。そのEVコンセプトモデル「Pu+Ra HPE」のタイヤはグッドイヤーが開発を手掛けた。
世界三大タイヤメーカーに数えられ、2023年には125周年を迎えた歴史を誇るグッドイヤー。時代を彩る車と共に走り続け、現在では世界で30社の自動車メーカーで新車装着タイヤとして選ばれている。高い品質と性能が評価され続けてきたグッドイヤーの歴史を支えてきたのはその「技術開発力」である。EV車の普及などクルマ社会が大きく変革している今、この瞬間も未知を切り拓き、次の時代を先駆するためのテクノロジー開発が続けられている。

グッドイヤーの歴史はチャレンジの歴史

グッドイヤーの歴史や技術溢れるタイヤとともに、左からレポーターの横倉典氏、日本グッドイヤーの古谷明弘氏、髙木祐一郎氏。手前はEV対応の新製品「EAGLE F1 ASYMMETRIC 6」。

グッドイヤーと聞いて皆さん何を思い浮かべるであろうか。「自動車のタイヤメーカーじゃない?」と答えられればまずは合格。「NASCARとかF1とかレース用タイヤで有名だよね。」と答えられればきっとクルマ好き。「オールシーズンタイヤを開発した会社だよね。」と答えられれば積極的にリプレースタイヤを選ばれているクルママニアかもしれない。

グッドイヤーはイーグルF1に代表されるスポーツタイヤを作っている会社というイメージが強いが、その起源は1903年に自動車用のチューブレスタイヤの特許の取得と、1916年にトラック用の空気入りタイヤを世界で初めて開発したことに始まる。ロゴのGOODとYEARの間にある翼の付いた靴は、商人や旅人の守護神として知られるローマ神話のメルクリウスがモチーフになっており、このトラック用のタイヤの発明は商人だけでなく人類に革命的な進化をもたらした。その後、航空機のタイヤやアポロ14号の月面探査車のタイヤ、オールシーズンタイヤなども開発。アメリカ大統領の専用車「ビースト」にもグッドイヤー製のランフラットタイヤが採用されていることも公然の秘密として知られている。

グッドイヤーが以前からコンセプトタイヤを開発してきた球体タイヤ「Eagle360」がシトロエンのコンセプトカーに採用された。360度全方向に駆動できる夢のタイヤのひとつだ。
2022年に発表されたEVの車体コンセプト「シトロエン・スケート」。電動プラットフォームに自由な上屋を搭載し、様々な用途に使えるコンセプトとして2022年CESで公開。キャプション入力欄

それらはつまり、グッドイヤーの歴史はチャレンジの歴史だったと言える。例えば航空機の重量はおおよそ400トン。単に機体を支えるだけではなく交換までの約200回におよぶ離着陸の安全を保証しなければならない。
月面探査機は地球の重力の1/6、そして昼間110℃、夜は‐170℃と、280℃の温度差のある過酷な環境下での使用が求められた。
スパイクタイヤに代わる環境負荷低減への答えのひとつがオールシーズンタイヤの開発だった。
ビーストは総重量が8トン。ランフラットタイヤは銃撃を受けても約100kmの走行が可能だという。
F1でも通算368勝しており、このように過酷な環境下で使われるタイヤの開発はグッドイヤーの最も得意とする分野だ。そしてこれらの開発プロセスで得た経験と知識の積み重ねこそが現在のグッドイヤーの財産となっている。

2024年CESで発表、北米で発売したElectricDrive2。テスラやフォードマスタングマッハE、アウディE-tronなど、最新のEVに適合する17サイズをラインアップするEV専用のオールシーズンタイヤ。

最新のシミュレーターが活躍

日本には未導入だが、たまたま中国・アジアで販売されているグッドイヤーの最新EV専用タイヤを履かせてもらう機会を得た。まず、いつもの通勤路を数十分走行しただけで、このタイヤの静粛性、快適性の良さは体感できた。これまでの小さな段差で感じていた「ガツン」という安っぽいとも受け取れるショックが緩和され、驚くべきことにロードノイズもこれまでのスポンジ入りのタイヤより小さく、耳で感じる音質にも不快感はない。接地感はあるが軽快に感じられるハンドリングは正直に言って市街地と高速走行をメインとする私のライフスタイルに合うとても良いタイヤだと感じた。

グッドイヤー「ELECTRIC DRIVE」は中国などのアジア地域ではすでに発売されているEV専用タイヤ。高トルク、重量級となりがちなEVによる高負荷を受け止めるためのエンジニアリングが詰め込まれた製品。
日本未導入であるグッドイヤーのEV専用タイヤ「ELECTRIC DRIVE」を横倉氏の愛車テスラ・モデル3に装着していただいた。

日本グッドイヤー株式会社商品企画部の古谷さんにお話を聞くと、欧州では水ハケを重視して主溝が深く掘られたタイヤを標準採用することが多いが、このアジア向けタイヤでは「パターンノイズを外に出さない」ということをコンセプトに主溝はやや浅く、そしてサイピングがいろいろな方向や長さで細かく掘られたという。また、ブロックパターンについても独自の手法でノイズ軽減を図る。一般的にブロックのピッチが同じサイズで並ぶと音は助長されて大きくなるが、「ピッチ分散」を行なうことで音の周波数も分散される。こうした結果、可聴領域である200-400ヘルツ付近のノイズが抑制されるという。

日本グッドイヤー 商品企画部 技術・品質保証グループ マネージャーの古谷明弘氏。

乗り心地はどうであろうか。乗り心地を大きく左右するのはタイヤの構造と部材だという。特に影響が大きいのはサイドウォールとトレッドの剛性で、剛性が変わることで伝達係数が変わり乗り心地に影響するという。

EVの高負荷を支えるタイヤには、サイドウォールの剛性など、内部構造の設計にも大きなノウハウが必要となる。グッドイヤーの紡いできた綿々たる歴史があってこその技術だ。

EV用タイヤの開発は相反する条件を両立させる戦いでもある。主には耐荷重性、モーターによる高トルクへの対応、摩耗、転がり抵抗、静粛性、快適性などであろうか。一例を挙げればEVはそもそも重量があるためタイヤの内圧を上げて耐荷重性を高めるというのが常套手段だが、これは乗り心地にダイレクトに影響してしまう。また、剛性を高めるために多くの重い部材を使ってしまっては、市場の要求を満たすことはできない。そのため、耐摩耗性の高い素材開発や接地圧の均一化、内部構造とパターンデザイン、柔軟性のあるコンパウンドの採用など様々な要素と条件をバランスさせることが最も重要な仕事となる。

日本グッドイヤー マーケティング部 部長の髙木祐一郎氏。

グッドイヤーではこのような構造や素材の研究開発やチューニングを100年以上続けてきた。そして現在、その一部は2020年にタイヤメーカーとしては初めて導入された「DiM250ダイナミックドライビングシミュレーター」を使って行なわれる。このシミュレーターの導入で、開発の早い段階でタイヤモデルの開発、テスト、検証を可能にし、最初のプロトタイプを作る前に最高のパフォーマンスを発揮するタイヤを特定できるという。つまり、自動車会社の求めるスペックやパフォーマンスに細かく対応できるだけではなく、他社との開発速度競争にも大きな優位性を発揮しているという。これならクルマに合ったタイヤのみならず、今回のアジア向けタイヤのような市場のニーズに合ったタイヤの開発もフレキシブルに行なえるのではないだろうか。

ルクセンブルクのイノベーションセンターに設置された最新のダイナミックドライビングシミュレーター「DiM250」。これにより、市場や自動車メーカーのニーズにいち早く対応した環境でシミュレーションが可能となる。

古谷さんによればタイヤは決して目を見張るような新しい素材や画期的な技術だけで品質を向上させてきたわけではなく、技術の蓄積によって進化しているという。圧倒的な研究量とトライアンドエラーの繰り返しが今のグッドイヤーの技術を支えている。そしてこれまでの知の蓄積と最新テクノロジーの融合こそが、現在世界中で新車装着タイヤとしてグッドイヤーが選ばれ続けられる信頼の源になっていると感じる。

EV対応タイヤ「アシメトリック6」

今回試してみたアジア向けEV専用タイヤは私のクルマ生活にはとても合っていた。しかし残念ながらこのタイヤの日本での発売は未定だと言う。EV専用タイヤに求められる条件やモデルが多種多様で、すべてのクルマのニーズをカバーできないというのが理由らしい。そこでグッドイヤーはこれまでのスポーツタイヤの延長線上にEVへの要件も満たすことのできる「アシメトリック6」という新しいタイヤを発表した。従来品のアシメトリック5と比較して、運動性能、快適性、ドライ性能、安全性の項目で性能が向上している。

日本でも発売となったEV対応のEAGLE F1 ASYMMETRIC6。ハイパフォーマンスカーに求められる性能を満たすスポーツタイヤながら快適性もバランスさせたウルトハイパフォーマンススポーツタイヤ。

この「アシメトリック6」では重量のあるEVの瞬発的な高負荷を分散するためにタイヤの接地面積を変化させる「ドライコンタクトプラステクノロジー」やタイヤ自体の軽量化、転がり抵抗を抑える新樹脂配合コンパウンドを採用している。
EV専用にすることでパフォーマンスの一部を妥協するのではなく、これまで同社で培われてきた運動性能、快適性、安全性に「EV対応」という新たな価値を加えた画期的なタイヤと言えよう。

グッドイヤー+EVというイメージはまだまだ薄いかもしれないが、例えばポルシェ、BMW、メルセデス、アウディ、ジャガー、フィアット、ボルボ、テスラなどのEVモデルにはグッドイヤーのタイヤが純正採用されており、欧州を中心にEVにはグッドイヤーという認知も確実に進んでいるという。

テスラ・モデル3+グッドイヤーELECTRIC DRIVEの組み合わせは、軽快に感じるハンドリング、静粛性、快適性などすべての点で満足いくものだった。

日本のオフィスを訪れると、航空機のタイヤと初代のオールシーズンタイヤ「ベクター」がお出迎えしてくれる。そこにはグッドイヤーのゆるぎない自信と製品に対するプライドが表現されているように感じた。

グッドイヤーのロゴには、GOODとYEARの間に翼の付いた靴がある。時代のニーズに合わせ進化を止めなかった同社は、これからも新しい技術を追い求め羽ばたき続けることだろう。

次のEVのリプレースタイヤにはそんな確かな技術力持ちフロンティアスピリットに溢れたグッドイヤーのタイヤを試してみてはいかがだろうか? 私のような新たな発見があるかもしれない。

日本グッドイヤー株式会社ホームページ:https://www.goodyear.co.jp/

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著者プロフィール

小林和久 近影

小林和久

子供の頃から自動車に興味を持ち、それを作る側になりたくて工学部に進み、某自動車部品メーカへの就職を…