ホンダが北米で躍進、19年で北米での4輪車生産累計1000万台を達成【今日は何の日?4月17日】

アメリカン・ホンダ・モータ
1959年に設立されたアメリカン・ホンダ・モーター
一年365日。毎日が何かの記念日である。本日4月17日は、1982年に始まった「アコード」の米国現地生産以来19年間で、4輪車の北米での生産累計台数が1000万台を突破したことを、アメリカン・ホンダ・モーターが発表した日だ。
TEXT:竹村 純(Jun TAKEMURA)

アコードの生産以来、北米での4輪車生産累計台数が1000万台達成

2001(平成13)年4月17日、ホンダの米国現地法人であるアメリカン・ホンダ・モーターは、北米におけるホンダの4輪車生産累計が日系メーカーとして初めて1000万台を突破したと発表。1982年に日本メーカーとして初めて「アコード」の米国生産を始めて以来19年間で達成した。

HONDA2代目「アコード」
1982年に日系自動車メーカー初の米国生産を開始した2代目「アコード」

米国現地生産の先陣を切ったアコード

ホンダの米国進出は、1959年の米国法人“アメリカ・ホンダ・モーター”設立から始まり、「ホンダ50(スーパーカブ)」などの2輪車の販売を開始。1968年までにホンダのバイクは総数約100万台を売り上げ、アッという間に米国一の販売を誇るようになった。

アメリカン・ホンダ・モータ
1959年に設立されたアメリカン・ホンダ・モーター

一方4輪車の販売は、1970年に「N360」に600ccのエンジンを搭載した「N600」から始まり、翌年には「Z600クーペ」を販売。1973年には、世界一厳しいとされた排ガス規制“マスキー法”を、世界で初めてクリアした「シビック」の販売を始めて大ヒット。1976年にはワンランク上のアコードも加わり、米国でのホンダ人気を決定的にした。

ホンダ 600 セダン&クーペカタログ
ホンダ 600 セダン&クーペカタログ【米国向け/昭和46年】(HONDA Webサイトより)

さらにホンダブランドを確立するために、ホンダが取った次の戦略は米国での現地生産だった。1978年、オハイオ州に“ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング(HAM)メアリズビル工場”を設立し、1982年には2代目「アコード」ベースの現地生産を開始。これが、日系自動車メーカー初の米国での乗用車生産だった。

HONDA初代「シビック」
1973年に米国へ輸出された初代「シビック」。低排ガスと低燃費で人気を獲得

カナダ、メキシコでも現地生産を始め生産増強

1986年には、高級車ブランド「アキュラ」を設立し「MDX」などの生産を開始。さらに、1989年に“イーストリバティ工場”でシビックの生産も始めて、生産台数は飛躍的に増えた。

アキュラMDX
2001年にデビューしたアキュラMDX

カナダでは、1986年オンタリオ州アリストンの“ホンダ・オブ・カナダ・マニュファクチュアリング(HCM)”でアコードの生産を始め、以降1980年代後半からはシビックを中心に生産を拡大。1998年秋には、第二生産ラインで「オデッセイ」の生産を開始、2000年秋には同ラインで「MDX」の生産も開始した。これにより、年産能力17万台の第一生産ラインと合わせて、カナダの4輪車生産能力は年産35万台となった。

メキシコでは、ハリスコ州エル・サルトの“ホンダ・デ・メヒコ(HDM)”で1995年よりアコードの生産を開始。このように北米でのホンダ車の生産台数は飛躍的に伸び、2001年のこの日、累計製台数は1000万台を超えたのだ。

その後、2023年には3000万台を達成

その後もイーストリバティ工場に続いて、アラバマ州、インディアナ州と米国での生産拠点を拡大するとともに、カナダやメキシコでの生産も増強し、2023年1月には米国での4輪車生産台数が累計3000万台を達成。現在、米国での4輪車販売台数における北米地域生産車比率は9割を超えている。

NSX
米国で生産していた1990年発売のNSX

今後の本格的なEV生産に向けては、オハイオ州内の3つの既存工場の生産設備を更新し、これらの工場を北米におけるEV生産のハブ拠点として進化させ、また同州内ではLGエナジーソリューションとの合弁によるリチウムイオン電池生産工場の建設に着手した。
さらに、これまでNSXを生産していた“パフォーマンス・マニュファクチュアリング・センター(オハイオ州メアリズビル)”では、「CR-V」をベースとした新型FCEVの生産を本年2024年に開始するなど、ホンダは2050年のカーボンニュートラル実現に向け、北米を拠点に取り組みを加速している。

米国進出の先陣を切って成功を収めたホンダ、北米だけでなく、その他の地域でも現地生産を積極的に進めている。現地生産を進めれば、雇用を生み、ブランドが根付くことに大きく貢献する。これが、商品力や技術力とともに世界のホンダとなった原動力になったのだろう。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれない。

キーワードで検索する

著者プロフィール

竹村 純 近影

竹村 純

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までを…