フロンクスの全長×全幅×全高は3995×1765×1550mmで、全長が4mを切っているのがポイントだ。コンパクトSUVといえば、同じインド生産のホンダWR-Vが思い浮かぶが、このクルマの全長×全幅×全高は4325×1790×1650mmで、長さが330mmも違う。フロンクスの全長はトヨタ・ライズ/ダイハツ・ロッキー(3995×1695×1620mm)と同じで、フロンクスのほうが70mm幅広だ。
グローバルに展開するフロンクスの開発当初はまだ、日本に展開するかどうか決まっていなかったという。だが、日本に入れてもいいように、日本のニーズに合わせた要素をあらかじめ織り込んでおいた。「私自身の構想の中には入っていた」と話すのは、チーフエンジニアの森田祐司氏である。
森田氏はバレーノのアシスタントチーフエンジニアを務めていた。憶えているだろうか、コンパクトハッチバックのバレーノ(1.0L直3ターボ+6ATを搭載)。今回のフロンクスと同様にインド生産で、2016年から2020年まで国内で販売された。新型フロンクスは2022年にデビューした2代目バレーノ(国内未導入)をベースにしたSUVである。
「バレーノはさまざまな方面から高い評価をいただいたのですが、一般の方に浸透しなかった。その悔しさがありました」と、森田氏は話す。いいクルマだったが、思ったように数は出なかったということだ。いいクルマをどうやって広く浸透させるか。
森田氏には、コンパクトで扱いやすいサイズのSUVが求められているという実感があった。それもクーペスタイルが流行っている。いい例がホンダ・ヴェゼルだ。調べてみると、ヴェゼル(4330×1790×1590mm)では大きすぎるという声があることがわかった。調査データが日本導入を後押しした。
カッコ良さが大事なので、スタイリングは凝った。デザイナーには制約を設けず、「大きく見えて、最先端に見えるデザインにしてほしい」と依頼した。エクステリアデザイン上のハイライトは、ダブルフェンダーと呼んでいる、下側を通常のフェンダー、上側をブリスターフェンダーとした筋肉質な表現だ。他社では(フロンクスよりも価格帯が上のクラスであっても)コストの観点からリヤのウインカーだけを電球にするケースが散見されるが、フロンクスはウインカーも含めてフルLEDである。
バレーノが広く浸透しなかった理由を森田氏は、「安心・安全機能の装備を抑えたこと」と分析する。その反省から、フロンクスには最新の予防安全機能と運転支援機能を備えた。また、日本仕様には本国に設定のない電動パーキングブレーキ(EPB)を付けた。これにより、アダプティブクルーズコントロール(ACC)に全車速追従かつ停止保持機能を付加することができた。また、信号待ちなどでの停車中にブレーキペダルから足を離しておけるオートブレーキホールドも適用できている。
4WDの設定も安心・安全の観点からだ。実際には2WD(FF)でも機能上問題のないシチュエーションがほとんどだが、降雪地域では4WDの設定がないとわかった時点で購入希望リストに載せてもらえず、スタート地点にさえ立つことができない。少なくともスタート地点に立つために、フロンクスはインドでは設定のない4WD(ビスカスカップリング式)を設定した。
細かなところでは、ETC機器を収めるスペースをあらかじめステアリングホイール右下に設けておいたことだ。日本への導入が決まってからの仕様変更は難しいので、あらかじめ想定して織り込んでおいたというわけである。同様に、グローブボックスはティッシュボックスが入るスペースを確保しておいた。機械式立体駐車場に対応する1550mmの全高も、「後からでは変更できない」ため、日本市場のことを考えてあらかじめ織り込んでおいた。
フロンクスはインド生まれだけど、日本のニーズにぴったりなサイズと装備、それに取り回しのしやすさ(4.8mの最小回転半径はスイフトと同じ)を備えたコンパクトSUVである。もうひとつ、日本導入にあたって割り切れなかったことがあり、それは走りの楽しさだという。しかも、ドライバーだけでなく乗員すべてにとっての。
「走りの楽しさであれば、スイフトがあります」と森田氏。フロンクスで重視したのは、家族や友人を後席に乗せたときに、しっかり会話ができるうれしさである。そのため、会話と重なる1kHz付近の周波数帯のノイズを低減するよう、遮音・吸音にこだわった。リヤの遮音性を上げるため、リヤドアガラスの板厚はフロントと同じにしたという。
リヤホイールハウスのライニングは樹脂を使うクルマが多いが、フロンクスの日本仕様は不織布を使っている。砂利や水を跳ね上げた際の音を緩和するためだ。クローズドのコースで後席乗車を体験したが(車速はmax60km/h程度)、身長184cmの筆者でも居住性面では充分だった。決して広々とはしていないが、窮屈ではない。ドライバーとは声を張り上げることなく会話ができた。
遮音・吸音性能を高めると、乗り味が上質になる効果が確かめられているというが、確かにそのとおりだ。もちろん、価格帯が上のクルマには敵わないが、フロンクスの走りに安っぽさはない。後席乗員との会話を楽しむだけのSUVではなく、ドライバーが走りを楽しめるクルマになっている。サスペンションはコイルスプリング、ダンパー、バンプストッパー、タイヤ、電動パワーステアリングの仕様や制御が日本仕様専用だ。
パワートレーンも日本仕様専用に設定した。インドでは1.0Lターボと1.2L自然吸気エンジンの設定だが、日本仕様は1.5L直列4気筒自然吸気エンジンと6速ATの組み合わせとした。排気量を増やし、余裕のある走りを実現する狙いである。ISG(モーター機能付き発電機)とリチウムイオンバッテリーを組み合わせたマイルドハイブリッドシステムを標準で装備する。
ステアリングホイール裏側のパドルは標準装備。ノーマルモードは燃費を向上させる狙いもあり、早めに高い段に変速してエンジン回転数を低めに保つ変速プログラムとしている。いっぽう、日本仕様専用にスポーツモードを設定しており、このモードを選択すると、エンジン回転を高めに保って走る。
エンジンは低回転から充分な力を出してくれるので、アクセルペダルを少し踏み増した程度ではシフトダウンせず、現行段を維持したままトルクを増やして加速してくれるため頼もしい。高車速域からブレーキを踏んで急減速する際は、自動的にダウンシフトしてエンジンブレーキを利かせてくれるのも頼りになる。急な下り勾配では安心感につながる制御だ。
バレーノが狙いどおりに浸透しなかった反省から、同じインド生まれのフロンクスを日本に導入する際には、日本のユーザーのニーズを入念に調査・研究し、諸元や装備に織り込んだ。その気づかいのおかげで、フロンクスはスタイリッシュで、使い勝手が良く、安心・安全装備が充実しており、満足感の高いコンパクトSUVに仕上がっている。第一印象はすこぶるいい。