20歳の青年が430型セドリック・ハードトップのディーゼル車を購入した理由とは? in『KAZOクラシックカーフェスタ』

石原都知事(当時)の黒い煤の入ったペットボトルを振り回したパフォーマンスをきっかけに首都圏・中京圏・関西圏の8都府県で始まったNOx・PM規制により、2000年代初頭に多くのディーゼル車が姿を消した。愛好家の多い三菱ジープやランクルを除くと、今やディーゼルエンジンを積む旧車は大変希少な存在となってしまった。そんな逆境の時代を生き残った430型セドリック・ディーゼル6を、2024年5月3日(金)に埼玉県加須市で開催された『第12回KAZOクラシックカーフェスタ』で発見した。驚くべきことにこのクルマのオーナーは20歳の青年。生まれる遥か以前のディーゼルセダンのどこに彼は惹かれたのだろうか?
REPORT:山崎 龍(YAMAZAKI Ryu) PHOTO:山崎 龍(YAMAZAKI Ryu)/日産自動車

昭和のクラシックカーと巨大鯉のぼりが共演!?『KAZOクラシックカーフェスタ』で超希少車を見た!白洲次郎が乗ったベントレーも展示!!

毎年ゴールデンウィークに埼玉県加須市にある利根川河川敷緑地公園で行われる『第14回加須市民平和祭』。この祭りは全長100mに達する巨大な鯉のぼりが大空高く上がることで全国的にも有名だ。そんな加須市民平和祭のサポートイベントとして開催されるのが『KAZOクラシックカーフェスタ』だ。 REPORT&PHOTO:山崎 龍(YAMAZAKI Ryu)

旧車イベントでもなかなかお目にかからない
LD28型直6ディーゼル搭載の430セドリック・ハードトップ後期型

ランクルやパジェロ、三菱ジープなどのSUV系のミーティングでもなければ、クルマのイベントなどでディーゼル車のクラシックモデルはなかなかお目にかかる機会はない。が、『第12回KAZOクラシックカーフェスタ』では、珍しい日産セドリック(430型)のディーゼル車がエントリーしていた。しかも、営業車や社用車としての需要から販売台数が多かった4ドアセダンではなく、4ドアハードトップの後期型である。

1979年に登場した五代目セドリック・ハードトップ(430型)は、ふたつの日本初を実現した日産にとっては記念碑的なモデル。そのひとつ目がターボエンジンの搭載、もうひとつが直列6気筒ディーゼルエンジンの設定にある。

セドリックとしては五代目となる430型が登場したのは1979年6月のことで、ディーゼルエンジン搭載車が追加されたのは、それから4ヶ月後の同年10月のこととなった。

直線基調のスタイリングはトランクがなだらかにスラントした、いわゆる「尻下がり」のデザイン。430型セドリックのデザイナーは二代目バイオレットなどを手掛けた山下敏男氏。フロントの押し出し感のあるマスクに対してリアビューはエレガントだ。

LPGスタンドのない地方でのタクシー・ハイヤー需要を満たすため、セドリックには初代からディーゼルエンジンの設定があったのだが(グロリアはプリンスと日産の合併後となる四代目から設定)、ハイオーナーカーの4ドアハードトップにディーセルモデルが設定されたのはこのモデルから。しかも、搭載されたのは日本初の直列6気筒ほディーゼルエンジンとなるLD28(最高出力91ps)だ。組み合わされるトランスミッションは、5速MTのほか3速ATも選ぶことができた。

セドリック・ハードトップに搭載された「ディーゼル6」ことLD28型2.8L直列6気筒SOHCディーゼルエンジン。ディーゼルエンジンながら6気筒としたことで、経済性、動力性能、ドライバビリティ、防振・防音、排出ガス低減を兼ね備えたエンジンとなった。最高出力は91ps/17.3kgmと車格を考えるとパワー不足のようにも思われるかもしれないが、ディーゼル特有の豊かなトルク特性により1.5tの車体を過不足なく走らせる。

開発元の日産にとってLD28は当時の技術の粋を集めた自慢のディーゼルだったようで、従来までの経済性に加えて、動力性能、ドライバビリティ、防振・防音、排出ガス低減などガソリン車に匹敵する性能を実現したとメーカーは主張した。そして、そのことを裏付けるようにディーゼル車を「Vシリーズ」(Valuable Vehicleの略で「「大切な車両」の意味)との名称を与えて、4ドアハードトップにはVX-6、VL-6、VS-6(セダンにあった廉価グレードのVO-6の設定はなし)の3種類が用意されていた。

コークボトルラインが特徴のオールズモビル442を縮小したかのような330から一転し、エクステリアはエクステリアは直線基調のクリーンなものになったが、インテリアに目を移すとフェイクウッドを多用したインパネにフカフカのモケットシートの組み合わせという、どこかアメ車を思わせるものを採用している。

オーナーは昭和のセダンを愛する20歳の青年?

迫力ある430型セドリックのフロントマスク。マイナーチェンジによって後期型はフロントグリル周りが変更されている。姉妹車のグロリアとは細部の意匠が異なる。

希少な430型セドリック4ドアハードトップのディーゼルが美しいコンディションで残っているだけでも驚きだが、さらにびっくりさせられたのがオーナーだ。このクルマを所有する内藤巧汰さんだ、なんと年齢はハタチ、この渋いセドリックを所有するのは20歳の青年なのだ。

ドアミラー解禁前に登場したモデルということもあり、サイドミラーはメッキ仕上げのフェンダーミラーとなる。ミラー部は電動角度調整式だ。

なぜ430のセドリックを愛車に選んだのか内藤さんに尋ねると、「昭和の時代のセダンが昔から好きだったので、免許取得後に最初の一台にこのクルマを選びました」と答えが返ってくる。とは言っても、希少な430型セドリックのディーゼルだ。どのように入手したのだろうか?

センターピラーを持たない4ドアハードトップだけあって、サイドウインドウを下ろすと、側面衝突対応が厳しくなった現代のクルマでは味わえない開放感を満喫できる。

「業者オークションで中古車店が見つけてくれました。幸い僕の済んでいる場所はNOx・PM規制の対象外地域ですので、登録も問題なくできました」という内藤さん。「購入してから故障もなく、調子よく乗れているので満足しています」とのことだ。

ホイールは社外品のアルミホールを装着。塗装のハゲと腐食がやや見られる。

じつは内藤さんのセドリックの取材を推薦してくれたのは、『KAZOクラシックカーフェスタ』にエントリーした日産車のオーナーたちだった。「若いのに430セドリックのディーゼルに乗っている子がいるから、ぜひ取材してあげてよ」と言うのだ。そんなことからも同好の先輩たちにもかわいがられている様子の内藤さん。彼のような若手旧車オーナーがもっと増えれば、日本のモーターカルチャーの未来は明るいものになるだろう。

日本でディーゼル乗用車が少ないのはなぜ?
石原都知事の排ガス規制で所有が難しくなる

ガソリンエンジンに比べてディーゼルエンジンは3割程度燃費が良いという利点はあるものの、同時に環境面で問題の多いエンジンでもある。かつては振動や騒音の大きさ、排気ガスの臭い、パワー不足がディーゼル車の課題であったが、近年それらの問題はかなり改善されている。しかし、ディーゼルエンジンはNOx(窒素酸化物)を減らせばPM(粒子状物質)が増え、PMを減らせばNOxが増えるというトレード・オフの関係にあり、この問題は依然として抜本的な解決には至っていない。

その経済性からヨーロッパではVWの「ディーゼルゲート事件」が発覚するまで人気の高かったが、日本市場では昔から盛り上がりに欠ける。おそらくは欧米と違って日本のユーザーはクルマでの移動量が少なく、その燃費性能と燃料代のメリットを享受する機会が多くない割に車両価格は高く、ディーゼル特有の騒音や振動などが問題になりやすい周辺環境から、ことさらネガティブな印象で受け止められた結果だと思われる。乗用車生産から撤退する前のいすゞなどは主要車種すべてにディーゼルモデルを設定するなど頑張っていたが、SUVやワンボックスなどの大型乗用車を除くと普及率はわずかなものだった。

日産の乗用車用ディーゼルエンジンはL型エンジンの流れを組む直列4気筒のLD20と直列6気筒のLD28を用意。ターボを追加したLD20TとLD28Tも開発された。LD28は今回紹介したセドリック以外に、姉妹車のグロリア、ローレル(C31型、C32型前期)、スカイライン(C210型、R30型)、ダットサン810マキシマ(G910型/北米)に搭載された。

国内市場におけるディーゼルエンジンの死命を制したのが、2002年に石原都知事(当時)が黒い煤の入ったペットボトルを振り回したパフォーマンスだった。これをきっかけに始まった東京都の「ディーゼルNO作戦」により、2003年から基準に満たないトラックやバス、特殊用途車などの域内走行および登録が禁止され、首都圏・中京圏・関西圏の7府県もこれに続き、東京都にほぼ準じた規制を実施した。

C210型スカイラインの280D GT及び280D GT-Lに搭載されたLD28型ディーゼルエンジン(1980年)。

規制の範囲が事業用の大型車に限ったものなら良かったのだが、個人所有のディーゼル乗用車やSUV、小型貨物車にもその範囲が及んだことで、古いディーゼル車を所有するオーナーは、高価なDPF(ディーゼル微粒子捕集フィルター)を装着してNOx・PM規制に対応するか、泣く泣く愛車を手放すかの二者択一を迫られることになった。

R30型スカイラインの280D GT-Lのエンジンルーム。LD28型ディーゼルエンジンを搭載(1981年)。

こうした経緯もあり、三菱ジープやトヨタ・ランドクルーザーなどの人気車を除くと、ディーゼルエンジンを搭載した旧車がこのときに数多く処分されてしまった。何かしらの救済策を取ることもなく、行政が率先して「ディーゼル車は悪者」とのレッテルを貼って排除の論理を振りかざしたことは、返す返す残念でならない。

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著者プロフィール

山崎 龍 近影

山崎 龍

フリーライター。1973年東京生まれ。自動車雑誌編集者を経てフリーに。クルマやバイクが一応の専門だが、…