溝呂木 陽の水彩カースケッチ帳 連載・第11回 アヒルのジェイ、イタリアに羽ばたく

溝呂木 陽の水彩カースケッチ帳/連載・第11回 アヒルのジェイ、イタリアに羽ばたく

クルマ大好きイラストレーター・溝呂木 陽(みぞろぎ あきら)さんによる、素敵な水彩画をまじえた連載カー・コラム。今回は数々の奇跡的な出会いから生まれた“アルミのイオタ”と“アヒルのジェイ”のお話の最終回です。
トリノ自動車博物館での『Jダック プロジェクト』展のポスター。

今までお伝えしてきたランボルギーニ イオタJのアルミ製オブジェと、それを作り上げていく過程をもとにした絵本『アヒルのジェイ』。今回は、その『Jダック プロジェクト』のお話の最終回、総まとめとなるトリノ自動車博物館での企画展についてお話です。

それは2019年の暮れ、今から2年前のことになります。9月にフェルッチョ ランボルギーニ ミュージアムでアンベールされた、日本の職人・綿引雄司さんが木型を使わずアルミを叩き、手作りで作り上げたイオタJの原寸大オブジェ。それはともに発表された絵本『アヒルのジェイ』ともども世界的に話題となり、数々のミュージアムから展示のオファーが舞い込みました。中でもイタリア、トリノ市(イタリアでは市区町村の区別はなく、すべて「コムーネ」と呼ばれますが、本稿では便宜上「市」と呼びます)にある国立自動車博物館からのラブコールで、2019年年末から年明けにかけての一大企画展が実現しました。

モーターシティ、フィアットのお膝元であるトリノ自動車博物館は長い歴史のある博物館で、数々の貴重なコレクションに加えてガンディーニ展やセルジオ・スカリエッティ展など自動車文化に光を当てた展示を数多く開催しています。

ありし日の“アヒルのジェイ”の快活な姿をイメージしたカートゥーン。
“アヒルのジェイ”について話し合いを重ねる仲間たち。キジのフランチェスコ(鎌倉在住の元イタルデザインのイタリア人デザイナー)、キツツキのアキラ(ボクをイメージ)、秋田犬のジージー(赤間氏をイメージ)。
サンタアガタでの“アルミのジェイ”の披露を描いたカートゥーン。
2018年のクリスマスカードより。

今回の『Jダック プロジェクト』展では、アルミのイオタJとともに巨大な“アヒルのジェイ”のバルーンと大きく引き伸ばされた『アヒルのジェイ』のストーリーボードが展示されました。『アヒルのジェイ』とはボクが絵を描き、GGF-T代表の赤間保氏がストーリーを書かれた絵本ですが、なんと赤間氏ご自身で歌まで作られてしまうという展開になりました。

――兄弟として生まれたジェイとエスブイ。活発だったジェイは2歳の時に車に轢かれて亡くなってしまい、その心臓は生まれつき心臓が弱かったエスブイに移植され、生き続けることになります。このお話を知った秋田犬のジージー(赤間氏がモデル)が50年後のお祝いにジェイの銅像をイタリアのサンタアガタに建てにいく――というのがストーリーのあらすじです。

トリノ国立自動車博物館での『Jダック プロジェクト』の展示風景。
巨大な“アヒルのジェイ”のバルーンも登場。
プロジェクト関係者らによる記念撮影。左から越湖氏、カマルデッラ氏、フミア氏、赤間氏。

トリノの会場ではもちろん“アルミのジェイ”が、巨大な“アヒルのジェイ”とともに展示。ボクの描いたキャラクターがイタリアの国立博物館で展示されるなんて夢のようです。オープニングイベントではランチア イプシロンやアルファロメオ164などもデザインされた元・ピニンファリーナのデザイナー、エンリコ・フミア氏やピニンファリーナでフェラーリF40をデザインされたピエトロ・カマルデッラ氏、ファブリツィオ・ジウジアーロ氏などカーデザイン界の重鎮達も揃い、赤間氏の子供達へのスーパーカーの持つ素晴らしさを伝えるプロジェクトに対する理解と共感を得ることができたそうです。

赤間氏とマセラティ クラブ オブ ジャパン会長の越湖信一氏に加え、マラネロ在住でフェラーリの開発部署に勤められている石田氏もモデナでのイベントに引き続いてご協力いただき、通訳などを担当していただきました。さらにゲストとして“クローン イオタ”を作り上げたイギリスのピエト・プルフォード氏も参加、このアルミのオブジェを見て「文句ない仕上がりだ」とお墨付きをいただいたそうです。 また、会場内では絵本『アヒルのジェイ』の世界観とともに、当時の日本のスーパーカーブームを伝えるグッズやプラモデルなどが展示されました。

プラモデルのような水転写デカールを自作、ボディも塗装して仕上げられた『スーパーカー消しゴム』。
絵本『アヒルのジェイ』のキャラクター消しゴム。

実はもう一つ、この時にアンベールしたものがありました。それは赤間氏が情熱を持って作り上げた、『スーパーカー消しゴム』の現代版です。『スーパーカー消しゴム』とは1970年代に日本で起こったスーパーカーブームの時に、駄菓子屋などで一つ10円ほどで売られていた、スーパーカーの形をした小さな消しゴムで、とても数多くの種類が様々なメーカーで作られました。

たいていは零細企業が自動車メーカーの版権無視で勝手に作ったものだったため、モデルとした車名が明確なものなどほとんどなかった、いささか怪しげなグッズではありますが、ボクも数多く集めて学校の机でボールペンで弾いたものです(ノック式ボールペンの尻に仕込まれたスプリングの力で消しゴムをはじき、より遠くに飛ばした者が勝つ。あるいは一定の距離をゴールするまではじいた回数の少なさや、ゴールまでのタイムを競うというルールのゲームが考案されて小学生の間で大流行したのです)。

赤間氏はこの『スーパーカー消しゴム』を現代の技術で復活させたいという強い思いをお持ちだったため、ボクの友人で3Dデザイナーでもある秋葉征人氏をご紹介させていただき、小さいながらもとても特徴をつかんだ現代版『スーパーカー消しゴム』の小さな原型が次々に出来上がっていきました。パソコンの『FUSION360』というソフトで一つ一つレンダリングされていくスーパーカーたち。3Dプリンターで出力されたアクリル樹脂製の試作品は消しゴム色に塗られ、様々なフェラーリやランチア ストラトス、デ・トマソ パンテーラなど、その数を増やしていきました。

その中からランボルギーニのイオタJ、ミウラ、カウンタック アニバーサリー、カウンタックLP400S、ウラッコの5車種が選ばれて商品化が決まり、原型の形状をそのまま実際に使うことができる消しゴムへとつくり上げるために、日本の消しゴム会社の世界一の技術が使われたそうです。さらに越湖氏のパイプによりランボルギーニ本社と直接交渉。当時のゲリラ的商品とは違い、ロイヤリティーを支払うことで正規ライセンス商品としての販売にまでこぎつけたのです。そのパッケージはボクが水彩画で描いたもので、イタリアで発表、日本での発売品にも使用されています。 さらにボクがデザインした絵本『アヒルのジェイ』のキャラクター達まで消しゴム化され、ボクはそれぞれを特別に彩色していき、ランボルギーニの消しゴムたちも模型用の技術を使って窓やホイール、ライト類などを表現する水転写デカールシートを印刷してミニカーと見まごうばかりに作り上げ、トリノへ旅立つ赤間氏に託したのでした。

消しゴムのパッケージにも使われた、プロジェクトJのストーリーイラスト、その1。
消しゴムのパッケージにも使われた、プロジェクトJのストーリーイラスト、その2。

会場で展示された“アヒルのジェイ”とアルミで叩き出されたイオタJのオブジェ、そしてスーパーカーやキャラクターの消しゴムたち。会場内では毎週末にスーパーカー消しゴムを弾くオリジナルのボードゲーム(“アヒルのジェイ”がプリントされています)、絵本の読み聞かせなどのファミリーイベントが開かれ、子ども達の笑顔が広がって行ったそうです。消しゴムやイタリア語版の絵本の販売も行なわれ、大成功のイベントとなりました。さらに今、消しゴムは次なる車種、メーカーへと新たな展開が準備されているそうです。

2020年の年明けに綿引さんも単身イタリアに渡り会場を訪れたそうです。暗がりの中にスポットライトでアルミのイオタが浮かび上がる展示の様子が印象的で、ちょうどスカリエッティ展との併催であったため、スカリエッティが手がけた名車たちとコラボレーションできたことが強く印象に残ったそうです。

先日、赤間氏と銀座でお会いし、このイタリアでの一大プロジェクトの話になりました。アルミのイオタJはまだフーノのフェルッチョ ランボルギーニ ミュージアムに置かれているそうで、コロナ禍のためにこちらに帰ってくるめどが立っていないそうです。この一大イベントの直後に世界中で猛威を奮ったコロナウィルス……。

「あの時にしかできなかった、奇跡的なイベントだったんだよなぁ」と、赤間氏は感慨深げでした。そしてこのコロナ禍になってからも精力的に動かれて、ランチア ストラトス やロータス ヨーロッパ、マセラティ メラク、ランボルギーニ ウラッコなど次々にイタリアなどからコレクションを増車され、コロナ後の新しいイベントに向けて走り始めたようでした。

世界中の子ども達に夢を届けるための『Jダック プロジェクト』に、絵本や水彩画など様々な形で協力できたのは、貴重な体験でした。イタリアとの深い絆。これからも大切にしてきたいものです。

次回はちょっとイタリアとランボルギーニから離れたお話をさせていただくことにしましょう。

著者プロフィール

溝呂木 陽 近影

溝呂木 陽

溝呂木 陽 (みぞろぎ あきら)
1967年生まれ。武蔵野美術大学卒。
中学生時代から毎月雑誌投稿、高校生の…