戦車はどんな場所でも走れる印象を筆者は持っていた。大パワーに加え、キャタピラの走行装置は鬼に金棒、とくにオフロードの走破性は恐いものなしだと思っていた。10式戦車の乗員に取材をすると「未舗装路や不整地での戦車の走破性は自動車のそれとは比べようもないほど高いです。たいていのオフロードでは何をすることもなくそのまま走り抜けますね」という。路面の凹凸や地隙、傾斜、泥濘など低μ路、渡河(川など水場の走行)など全地形で無敵の走りを示すのが戦車、そうした筆者の戦車に対する従来からのロマン溢れるイメージはこれでより固まった。
しかし、戦車がスタックすることもある。
乗員の操作だけでは脱出できない状態やエンジントラブル、被弾による損傷などだ。キャタピラが外れることもある。無敵に思えたキャタピラも駆動輪や転輪から外れてしまえば路面をグリップすることができないのだから無力状態。2015年の富士総合火力演習で、高速走行ののち急制動・急発進、スラロームやタイトターンを展示した10式戦車のキャタピラが外れ、その場で沈黙したことがあった。クルマでいうパンクや脱輪などを起こせば当然だが戦車といえども走行不能になることを知り、窮地に陥った10式の悲惨な状況を見て少し涙目になったことがある。
そんな戦車のピンチを救うのが戦車回収車である。部内広報用の愛称は文字通りの「リカバリー」だそうだ(この愛称は90式戦車回収車で付けられたもよう)。メカトラブルやスタックした戦車を脱出させ、牽引するなどの方法で回収、修理や必要な処置を施せる場所まで移動させる装備である。陸上自衛隊の師団や旅団の後方支援部隊、その整備隊・戦車直接支援隊や機甲教育部門に配備されている。導入・配備数は意外と少ない。
戦車回収車は陸自の歴代主力戦車の登場に合わせて開発導入されてきた。各主力戦車の車台をベースに不要な砲塔などの代わりにクレーンやウインチなどの回収器材を搭載してある。
基本的に同じ重量の戦車を曳けなければならないから、主力戦車と同じ車体を使い、同様な走行性能でほぼ同時期に登場させてきたわけだ。初代・国産戦車61式戦車には70式戦車回収車が、74式戦車には78式戦車回収車が、90式戦車には90式戦車回収車、そして新鋭の10式戦車には11式装軌車回収車が用意されてきた。戦闘地域で活動可能なように装甲が施されてもいる。戦車など機甲戦力に随伴し、支援活動を行なう能力があるわけだ。
78式戦車回収車を例に見てみると、その車体構成は先に紹介したように車台に74式戦車のものを使い、ほぼ同等のパワーや走行性能を持たせている。車体右側にはブーム式のクレーン、前面には強力なウインチを搭載する。クレーンは約20トンの吊り上げ能力、ウインチは約38トンの牽引能力を持つ。左側車首部分に搭乗室(戦闘室)がある。
車体後部上面には積載運搬スペース(架台)があり、エンジン故障などを起こした戦車から取り外したエンジンや変速装置などを積んで運搬する。交換用のエンジンを積んで運び、現場でクレーン操作してエンジン交換作業も可能だ。
車体前面下部にはドーザーブレードを装備するが、これは排土板としての用途よりも、牽引時の自車固定用として池面に突き刺す「駐鋤(ちゅうじょ、スペードとも呼称)」として使い、車体を安定させるために用いられる機能部品だそうだ。
極太のワイヤーやチェーン、巨大な滑車やシャックルなどが車体前面などに取り付けられ、戦車の脱出・回収、牽引に使われる。実際の使用頻度が高いのはこれらのリカバリー器材のようだ。滑車やワイヤーを複数利用すれば倍以上の牽引力を生み出すことができ、自車以上の重量物を操作できるのは理屈。四駆車のクロカン走行やオフロードトライアルなどで「達人」らが車載携行する各種リカバリー・レスキュー装備と同じだ。