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ベストセラーBEVの駆動系設計はアメリカ
前回取り上げた上海通用五菱汽車のBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)は、最廉価仕様が3万人民元(RMB)以下で買える。日本円に換算すると50万円を切る。この安さがウケて「宏光MINI」は昨年(2021年)、中国国内の車名別BEV販売台数でトップだった。
2022年モデルの「宏光MINI」は3万2800〜4万4800RMBに値上げされた。最廉価版のボディカラーは「星空藍」という淡いブルーのみ。前回、分解した部品を紹介した「マカロン」グレードには5色が設定され、車両価格は4万3800〜4万9800RMB。為替レートではなく生活感レートで考えると80万円弱というあたりだろうか。
その「宏光MINI」とは別に「宝駿」ブランドに「E300プラス」というBEVがある。中身は「宏光MINI」とはかなり違うようだ。1段減速ギヤを持つ後輪駆動という点は「宏光MINI」同様だが、電気モーターの出力は「光MINI」の最高出力20kW/最大トルク85Nmに対し40kW/150Nmとほぼ2倍だ。車両価格は6万9800〜7万8800RMBである。
駆動系はアメリカのAAM(アメリカン・アクスル・アンド・マニュファクチャリング)が設計し、広西汽車集団との合弁事業である柳州AAMの工場で生産される。「宏光MINI」の駆動系もAAM設計である。AAMと五菱工業は2018年に合弁事業を立ち上げ、電動アクスルの現地生産に乗り出した。つまり、大ヒットした「宏光MINI」の駆動システムは中国側の設計ではない、ということだ。
「宝駿E300プラス」は、リヤサスペンションがダブルウイッシュボーンであり、リジッドサスの「宏光MINI」とはレイアウトが異なる。ボディ全幅は1655mmと「宏光MINI」より162mm広い。ホイールベースも2020mmあり、「宏光MINI」より80mm長い。LIB(リチウムイオン2次電池)搭載量は最大で39kWh。車両重量は最大1520kgとなり、約700kgに収まっている「宏光MINI」の2倍以上である。
上海通用五菱のBEV駆動系をアメリカ企業が設計したわけだが、これは珍しいことではない。日本やドイツの企業も中国のBEVにはさまざまな部品を提供しているし、設計を請け負ったり車両実験を行なったりという協力もある。とくに電気モーターの制御系や電子部品、駆動系部品は海外企業の協力例が多い。中国の自動車産業には、さまざまな国が関わっている。
ちなみにアメリカの新興BEVメーカーも日系企業との取引が少なくない。テスラも日系サプライヤーの部品を使っている。1980年代半ばに日本の自動車メーカーとサプライヤーはアメリカ進出を開始した。それから30年以上を経たいま、自動車部品やユニットごとの試作・製造といった取り引きは、複雑に絡まった糸のように「ほどこうと思ってもほどけない」状態にある。
そう遠くない将来、中国と日本もそういう関係になるだろう。すでに中国生産のBEVにも日系企業の部品は使われている。ビジネスチャンスはごろごろしている。あとは日本企業が交渉現場にどれだけの裁量を持たせ、意思決定をスピーディに行なえるか、だ。即答でなければ中国ビジネスはできない。
増加する自立した女性たち カワイイ系が人気だ
2020年の6月に正式デビューした「宝駿E300プラス」の販売はパッとしなかった。そこで昨年8月に「KiWi」と改名された。KiWiとは奇遇の意味らしい。これに合わせ、歌手で女優の宋茜(ソン・チェンまたはヴィクトリア・ソン)をイメージキャラクターに起用し、彼女のサイン入りの写真をウェブサイトにも掲載していたが、なぜかその後、彼女の写真は抹消された。
とはいえ、「KiWi」のターゲットは宋茜のような自立した女性であり、上海宝駿はプレスレリースにわざわざ「高学歴の若い男女」と明記している。「宏光MINI」のように大量に売りまくるのではなく、8万元クラスのBEV市場でステイタス性のある商品という線を狙っているのだろう。
そもそも「宝駿E300」からしてシトロエンC3のイメージだったが、「KiWi」の立ち上がりには、これもC3がやったようにファッションブランドの「ELLE」との限定コラボレーション・モデルを設定していた。車両価格9万RMBと割高だったが、実際の販売はどうだったのだろうか。
少々私的な話題で失礼する。筆者が中国取材に出かけた際、運転手役をやってくれたキャロル・ワンという女性がいた。彼女も思い切り自立した女性だった。しばらく会ってないが、以前はメディアの記者をしていた。彼女はクルマ好きで、彼女の友人たちもかなりの割合でクルマ好きだった。
中国へ出かける前に「お土産は何がいい?」と尋ねると「資生堂かSKⅡ」と答える普通の女の子であり、日本のことは大好きだ。「普通の女の子って、何?」「普通じゃない女の子って、どういう娘?」などと訊かれたこともある。しかし「友達とは、よくクルマの話題になる」と言う。欲しいクルマは「大きすぎないコンバーチブル」と言っていた。
彼女のようなクルマ好きの女性は「普通だよ」と言われた。「上海や北京にはたくさんいる」と聞かされた。たしかに、中国のモーターショーを取材していると女子チームを多く見かける。いずれ年間3000万台と予測されている中国の自動車市場では、女性の購入者がどんどん増えるのだろう。
黒猫という名前だが、白猫のほうが「ちょい悪」のイメージだ。横から見たときのプロポーションはなかなかいいのに、どうしてこういう顔つきにしたのだろうか。某に本社に似せたかったのか……。
意外なのは「かわいい系」への支持もあることだ。その代表が長城汽車の「猫」シリーズである。長城汽車は国産SUVのトップメーカーであり、人民解放軍向けの車両も製造し、近年はピックアップトラックにも力を入れているメーカーだが、女性層開拓のために「欧拉(オラ)」ブランドを立ち上げ「猫」シリーズのBEVを展開している。最初は「黒猫」、続いて「白猫」「好猫」と、ラインアップを増やしている。
いかにも日本の軽自動車のカスタム系からモチーフをいただいたという印象。長城のデザイナー氏は「これも意識したのは女性」だという。
見ればおわりのように、モチーフはいろいろな日本車だ。Hondaeだったり、かつてのトヨタbBだったり(かつて長城はbBのまるまるコピー車「酷熊」を持っていた)、軽自動車のカスタム系だったり、である。以前、長城のデザイナーと話をしたとき、彼はこう言っていた。
「日本の微形車(軽乗用車)と、その上のクラス、小さなクルマがとても刺激的だ。個人的にインスパイアされた。モチーフはたくさんもらった。とくに微形車はディメンション(ボディサイズ)が規制されているのに、いろいろな手で差別化している。日本人は規制で縛られたクローズド・アーキテクチャーの世界で創造力を発揮する」
中国かわいい系の元祖は、おそらく吉利「熊猫(パンダ)」だろう。2008年のオートチャイナ(北京国際汽車展覧会)でデビューし、吉利汽車の地元である浙江省を中心に結構な数が売れた。筆者は中国の路上で何度か「熊猫」を見かけたが、ドライバーは確実に女性だった。
以前、筆者が仕事をしていた某中国メディアの女性が「あまり走っていない中古のBEVを買った」とメールしてきた。購買動機を尋ねたら「都市中心部への乗り入れ規制対象外だという点はメリットがあるけれど、それよりたまたまいいなと思ったクルマがBEVだっただけ」という答えだった。ただし、街中の充電スポットは「半分近くが故障していて使い物にならない」と言う。
すでに中国には、日本の人口を上回る数の女性ドライバーがいる。この市場は巨大だ。「性別は関係ない」は正しいが、女性が「乗りたくないと思っているクルマはけっこうある」という話も筆者は聞かされた。これも正しい。「日本車は保守的だけれど清潔感があっていい」とも聞いた。さて、日本車は彼女たちの選択肢にどれくらい残れるだろうか。