今度の黒船は中国・韓国か? BEVで日本上陸の意図を探る・中編

Made in Chinaをバカにしていると日本は痛い目に遭う

Zeekr (ジーカー)001
去る7月21日、中国の比亜迪汽車(BYDオート)は日本で初めての記者会見を開いた。2023年1月から順次、BEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)を日本で販売するという。そのBYDの話題はいずれお伝えするとして、今回は吉利汽車について書いておきたい。6月の下旬、筆者は日本にサンプル輸入された「Zeekr (ジーカー)001」を取材した。浙江吉利控股集団(ジーリーホールディングス)傘下の極●(气の中に克)新能源が2021年に発売した上級BEVである。ほんの少し動かした程度なので「走り」はレポートできないが、あちこちの仕上がりが相当にいいレベルだった。吉利は日本上陸の意図は表明していないが、中国自動車産業のレベルを伝える1台として注目した。
TEXT & PHOTO:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

ジーカー001に見る中国製BEVのレベル

ジーカー001を1台だけサンプル輸入したのは広島県福山市の株式会社くるま生活という会社だ。以前は日本から撤退する前のヒョンデ販売店もやっていた。同社の井上康一社長とは知人を通じて知り合った。「めずらしいクルマを入れた」と連絡をいただいた。

全体のイメージはポルシェ・パナメーラだ。いまや中国車のスタイリング(いわゆる目に見えるデザイン)は侮れない。吉利グループは2010年にスウェーデンのボルボ・カーズ・コーポレーション(VCC)を買収し、VCCのデザイン部門責任者だったピーター・ホルベリー氏を吉利グループ全体のデザイン総責任者に迎えた。以降、吉利のスタイリングはどんどん洗練されてきた。

【写真1】
【写真2】
【写真3】
【写真4】

エンブレムは2層重ねの樹脂【写真1】。見てくれは新鮮だが耐候性は確保されているのだろうか。ヘッドランプ【写真2】とリヤコンビネーションランプ【写真3】は、いまどきのクルマらしくギミック感たっぷりだ。オーナーに「普通じゃないクルマに乗っている自分」を感じさせる手段でもある。ただし「少しやりすぎ」の度合いは上手く、やり過ぎ手前で寸止めしている【写真4】ような印象だ。

パワートレーンは日本電産製のeアクスル(電動モーター、減速ギヤ、制御系を一体化した駆動ユニット)を前後に搭載する。最高出力400kWと強力なAWD(オール・ホイール・ドライブ)だ。タイヤは独・コンチネンタルのプレミアムコンタクト6が標準でサイズは255/45R21。21インチを履きこなすのは難しいが、どうだろうか。

車両寸法は全長4970mm×全幅1999mm×全校1560mmと大きい。車両重量2290kg、最大重量2780kgと重たい。100kWh分のLIB(リチウムイオン2次電池)を積むBEVは、その車格も含めてこういう重さになる。乗用車が2.5トンというのは考えもので、これがBEVの弊害である。

【写真5】

ボディ下面はほぼ全体が樹脂製パネルで覆われ空気抵抗を低減しているため、サスペンション部分はわずかに確認できる程度だが、基本的なレイアウトはボルボに似ている【写真5】。オプションのエアサスペンションが装着されていた。

ADAS(先進運転支援)のためのセンサーは前6個、後方6個の近距離ソナー、前側2個(ひとつは室内)、側面左右3つずつ【写真6】、後面3つの合計11個の光学カメラ。室内にある前方用カメラはモービルアイ製だ。レーン逸脱や車間距離の警報、エマージェンシーブレーキなどひととおりのADAS機能を備え、自車を真上から見たような合成画像も当然表示できる。

【写真6】
【写真7】

充電口は前後に1ヵ所ずつあり、リッドを押すとモーターで開く。【写真7】がフロントタイヤ後方で【写真8】がリヤタイヤ後方のリッド。閉めるときもボタンを押せば閉まってロックがかかる。ルーフは液晶調光ガラスによるグラスルーフ【写真9】が装備されていた

【写真8】
【写真9】
【写真10】
【写真11】
【写真12】

ドアの開錠はプラスチック製のカードキーで行なう【写真10】。Bピラーにかざすと隠れていたドアハンドルがスッと出てくる【写真11と12】。ただし反応は「瞬間」ではない。やや間がある。ドアを開けると5秒ほどメロディーが流れる(OFFも可能だった)。室内に入り運転席に座る。

かつてのような中国車特有の臭さ、接着剤や樹脂、離型剤などの匂いが混じった臭さはまったくない。良い意味での「新車の匂い」がする。ビニールや不織布で作られたカバーの類も臭くない【写真13】

【写真13】

1990年代の中国製の安い工具のなかには「人糞」のような匂いがするものがあった。自動車ではツーンと鼻を突く匂いのするものが多かった。現地のモーターショー会場で、中国メディの友人たちに「この室内、臭くない?」と中国ローカルブランド車の室内臭について尋ねると「いや、気にならない」と言われた。しかし2014年ごろから匂いが薄れ、現在はほとんど気に障る臭いのするクルマはなくなった。中国車のグローバル化は、この「匂い」の変化だと筆者は思う。

【写真14】
【写真15】

インテリアはなかなか落ち着きがある【写真14】。そのなかにアクセントになる要素を入れている。ステアリングホイール(ハンドル)越しに見える目の前のディスプレイには、車速や航続距離など必要最小限の情報が投影される【写真15】。詳細情報は巨大なセンターインパネのディスプレイに表示される。縦240×横350mmの大きなディスプレイだ。

運転席と助手席の間のコンソールは「橋」のように宙に浮いている。VCC(ボルボ・カーズ・コーポレーション)のチーフデザイナーだったピーター・ホルベリー氏は、2010年に吉利ホールディングスがVCCを買収して以降、吉利グループ全体のデザイン総監督に就任した。現在の吉利モデルは洗練されている。意図的に「中国市場の好み」を入れたりするのも確信犯だ、この、宙に浮いたようなセンターコンソールは、かつてVCCが世界で初めて量産化した手法である。

シートの座り心地もなかなかいい。シート骨格とシートレールへの締結はしっかりしている。クッションの沈み具合から想像すれば、乗員体重は80kg以上が設計中央値だろうか。運転席と助手席は、筆者の体重で(68kg)では座面があまり沈まない。後席【写真16】は、やや肩甲骨付近の形状が後方に逃げているが、尻から骨盤にかけてをしっかり支えるという欧州車的な設計だ。

【写真16】

吉利は日本のシートメーカーであるタチエスと2010年に合弁会社を設立し、タチエスのシートづくりを学び、VCC買収後はボルボのシートづくりも学んだ。VCCを通じ欧州のシートメーカーとの関係も築いた。長距離移動を体験してみないとわからないが、すくなくとも第一印象では「Zeekr 001」のシートはグローバル・スタンダードな仕上がりと言える。

【写真17】

細かい部分をチェックすると、ドアを開けたときに見える内装部品の端面や、室内に貼られた化粧パネルの「チリ」の合いは日本の上級車と同等である【写真17】。ドアやボンネットフードなど開閉部分とボディとの隙間も幅が均一だ。作りは全体的に丁寧で、2000年に初めて筆者が体験した吉利とはまるで違う。

純正オーディオ装置は日本のヤマハ製である【写真18と19】。国営上海汽車系の荣威(Roewe)およびMGブランドの3モデルに続く5例目の採用だ。現在のカーオーディオは、モデルごとに車室内の音場測定を行ない、スピーカー取り付け位置による音の指向製の弱点や内装材による特定周波数の吸収・反射を補正する専用のセッティングが行なわれる。DSP(デジタル・シグナル・プロセッシング)必須だ。

【写真18】
【写真19】

ヤマハはホームオーディオ用DSPを1980年代半ばに開発し、この分野は得意中の得意だ。デフォルトの設定では少々子供っぽい音色だが、調整すると聴き疲れしない音になった。耳障りな音は出ない。このあたりのセンスもいい。

今回は「Zeekr 001」をいろいろな道で、いろいろな速度で走らせることはできなかったが、実車をいじまわして資料を読み込むかぎり、吉利がBEV専用に仕立てたSEA(サスティナブル・エクスペリエンス・アーキテクチャー)は多品種展開ができそうであり、衝突荷重は3トン超でもOKと思われ、プラットフォームとしての応用範囲は広いだろうという印象を得た。安く作れるところは安く作るというメリハリも効いている。

日本が50年間で経験したことを中国は15年で経験した

中国車もここまで来た。そんな印象だ。欧州とアメリカの自動車産業はすでに120年の歴史を持つ。日本は約80年だ。中国も60年ほどの歴史を持つが、産業と呼べる規模と内容になったのは21世紀に入ってからである。それまでの40年ほどは、最初のうちは旧ソ連、その後は西側の自動車産業からの生産移転に過ぎなかった。

これは、言い換えれば「しがらみがほとんどない」ということになる。自動車を構成するさまざまな部品の国内生産は外資の指導で始まり、外資自動車メーカーが中国に車両工場を建てたことで部品産業が拡大した。自動車販売店は、初めのうちは沿岸部の大都市にしかなかった。その理由はメーカーごと、車種ごとに販売許可の申請が必要だったためだ。

都市戸籍と農村戸籍があり、農村に生まれたら農村から出られない。都市は1級から5級まで等級付けされ、地方都市は低い等級。そして沿岸部と内陸部とでは所得格差が大きく、自動車を持てるだけの財力がある人は沿岸部に集中。そういう中国だが、自動車という新しい商品は着実に浸透してきた。米中経済摩擦が起きる2017年までは、世の中の隅々にまでお金が回っていた。それが自動車市場を押し上げた。

最初はセダン。つぎにSUV。その少し後にミニバン。いまや主流は完全にSUV。この間、約15年だった。どんどん新しいクルマが登場し、流行が生まれ、クルマに対する人々の価値観は多様化した。日本が50年間で経験したことを中国は15年で経験した。

そのなかにBEVやPHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)という新しい動力を(これを新能源=ニューエナジーと呼ぶ)搭載したクルマ=NEV(ニュー・エネジー・ビークル)が登場した。なので、BEVやPHEVは新しい商品のひとつに過ぎない。買う人はそれほど特別な思いを抱かない。「新しい商品だからから買う」のだ。高くて買えないなら買わない。自分にも変えるのなら買う。中国NEV市場はそういう印象である。

これは、筆者が25年間中国に取材で通い、中国メディアに寄稿し、彼らと意見交換したり、試乗したりして得た感触だ。このところはガソリン価格が値上がりしているが、中国政府は以前から燃料価格を一定水準に抑えるための補助金を使ってきた。その補助金を減らしたい。原油輸入量も減らしたい。だから中国政府はNEVを推奨した。しかし、電池が思ったほど進歩せず値段も思ったほど下がらない。だからHEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)も推奨する。それが現在の中国である。

Zeekr 001に垣間見たいまの中国自動車産業の実力。メイド・イン・チャイナをバカにしていると、日本は痛い目に遭う。自動車産業に従事するすべての人だけでなく、日本の社会全体がそれを認識しなければならない。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…