今度の黒船は中国・韓国か? BEVで日本上陸の意図を探る・前編

BYD AutoのHan EV
中国と韓国がBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)で攻めてくる。韓国・ヒョンデはサブスクリプション形式で「BEVだけを日本で売る」ことを発表した。中国国営第一汽車は用心御用達のセダン「紅旗」で、比亜迪汽車(BYDオート)はタクシーで、それぞれ日本でのナンバープレート取得実績を作った。いよいよ中韓が日本市場に攻め入ってくるのか。その背景は何なのか。ここを探る。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

中国製BEVが日本に入ってくる?

BEV販売台数が伸びている欧州に中国製BEVが輸出されている。しかし、EU(欧州連合)の認証を取得している例は、筆者が調べたかぎりではゼロだ。アメリカのFMVSS(連邦自動車安全基準)取得例が第一汽車の「紅旗」には存在するが、これ以外ではBYDの「e6」が「もしかしたら取得済みか」と思われる程度である。EU向けは少数台数によるスポット輸出であり、EU認証ではなく国別認証でナンバーを取得している。このほうが、はるかに条件が緩いためだ。

第一汽車(FAW)の紅旗H9

欧州各国は「自作車(いわゆるキットカー)」を認めており、国別認証がこれに対応している。普通に道路を走れる4輪車なら、まず間違いなく国別認証はパスできる。それくらい緩いのが実情だ。ちなみに日本は自作車の類は認めていない。

2020年5月に中国国営の上海汽車は、パリにショールームを開設した。扱う車種はMGであり、これは英・MGローバーが経営破綻した際に知的財産を上海汽車が買い取ったといういきさつからの実現だった。

欧州でのMGブランドは年配者を中心に知名度が高く、中国ブランドよりずっとビジネスはやりやすい。上海汽車はイギリス国内の旧MGローバーの開発拠点と工場、スタッフをそのまま買収したため、資金を投じて新型車の開発を行なってきた。現在はBEV商品群の拡充を進めており、ASEAN(東南アジア諸国連合)でのMGブランド展開にも着手した。欧州でのBEV販売台数は「近い将来に年間10万台レベルにする」という。

MGブランドのBEVがEUあるいはFMVSSの認証と取得しているのであれば、日本でもナンバーを取得できる。しかしMGは日本にはまだ入って来ない。

自動車の基準認証は、アメリカのFMVSSが商品発売後に当局が市場から抜き取り調査を行なうという事後認証である以外は、日本、EU、インドなどほぼすべての国が事前認証制を敷く。当局に書類または現物車両を提出し、製造・販売の認可を得るという方法だ。中国も事前認証制である。

中国はGB(Guo jia Biao zhun=国家標準)という日本のJISに相当する規格を制定しており、そのなかに自動車が含まれている。GBは中国国内で販売されるあらゆる商品について「これを守りなさい」と規定している。自動車についての基準内容はまるごとEU基準のコピーであり、その点では「中国でナンバーを取得できるクルマは日本でのナンバーを取得できるはず」なのだが、そうはなっていない。

EUで「このクルマは社会的性能を満たしています」「排ガスも衝突安全性も充分なレベルです」と認められたクルマは、ECE(国連欧州経済委員会)の1958年協定に加盟している国同士なら無条件で可能だ。しかし中国、アメリカ、インドは1998年協定だけしか批准していない。なので、中国とインドのローカルメーカーが日本に完成車輸出を行なう場合は、あらためて調整が必要になる。

アメリカは1958年協定を批准していないが、日本の自動車産業にとって重要な地位を占めるため、日本は運輸省の時代から国内基準である「道路運送車両の保安基準」の微調整を行ない、日米間の完成車輸出入はスムーズに行なわれている。中国とインドはそれぞれまるごとECE基準を採用しているが、国際条約の性格上、1958年協定批准国と同じ扱いにするわけにはいかない。

中国の場合、衝突安全基準については、正面衝突基準はGB11551-2014、側面衝突基準は車両対車両を想定した自走台車直角衝突試験がGB20071-2006、電柱や木立を想定した斜めポール衝突試験がGB/T37337-2019にそれぞれ試験内容と「満たすべき性能」が定められている。その中身はEU基準と同じだ。しかし、中国車を日本に輸入しナンバーを取得するためには「中国のこの基準はEU基準のこれを同じです」という基準のすり合わせ作業をしなければならない。これを「読み替え」と言う。

国土交通省は中国に対し「基準読み替え作業にはいつでも応じる」と通知しているが、中国側がまだ動かない。「読み替え」作業さえ終われば、日本がアメリカ車を「ほぼアメリカ基準のまま」で輸入しているのと同じことが実現する。

そもそも、中国が自動車の国内基準を作る準備を始めたのはWTO加盟前の2000年だった。重要なのは「排ガス」と「衝突安全」なので、この部分は日本が基準づくりに協力した。日本自動車研究所や自動車事故対策センターなどが試験設備の作り方、測定機材の購入、試験実施時の留意点などを指導した。経験豊富なOBも派遣し協力した。そのころの話は、筆者も実際に担当者から聞いている。

BYD AutoのTang EV

いっぽう、中国は排出ガス規制と衝突安全基準をすべて欧州式にすることを最初から考えていた。日本側もそれは内々に聞いていた。当時、日本が率先して進めていた基準認証の国際統一運動は進展を見せており、いずれ日本とEUの基準は同じになるから、中国がEU基準を導入しても不都合はない、という判断が国交省にはあった。中国側も日本が音頭を取っている基準の世界統一を支持することを日本側に伝えていた。

しかし、実際にはまだ、中国のGBと日本の「道路運送車両の保安基準」は読み替えが行なわれていない。その一方で、部分的にFMVSS認証を取得している「紅旗」は少数が日本に輸入され始めた。BYDもおそらくこれに続くだろう。ただし、いかにFMVSSをパスしていても、日本への輸入は並行輸入または少数台数輸入制度(PHP)の適用までだ。1車種で年間5000台以上を輸入する場合にはPHP適用外となり、日本の型式認証または型式指定を取得しなければならない。

ヒョンデのクルマはほぼすべてFMVSSをパスしている。だから日本でもナンバープレートの交付を受けられる。では、それ以外は?

その話は次回に。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…