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イベントのあり方の変化
2019年末に始まった新型コロナ感染症の蔓延で3年にわたって大勢の人たちが集まるイベントがことごとく中止になり、音楽イベントも演劇や博物館も動物園も中止や閉鎖を余儀なくされてきた。毎年恒例と開催されてきたモーターショーも例外ではなく、中止が相次いだ。
だが、ここにきて徐々にイベントの復活・再開がなされるようになってきた。
昨年秋にはドイツのミュンヘンでコロナ以前とは開催の方法を変えた形で、久しぶりにワールドモーターショーが開催されたのを皮切りに、いくつかのモーターショーが開催された。
そして、今年以降は世界主要国で行なわれてきたモーターショーも復活し開催される段階へと近づきつつある。2023年に開催すると予定されている東京モーターショーもそのひとつだ。
これまでいろいろなイベントが中止になり、展示会の類の多くはオンライン開催へと変わってきた。そうなると不思議なもので「オンラインでも充分に情報は展開できる」とまで言われるようにもなってきた。
たしかに、中止以前までは開催するのが当たり前だと思われていたモーターショーも毎年エスカレートする出展展示費用が問題視され、その費用対効果を問われて参加を控えるメーカーも出てきていたことも事実。それと同時にマンネリ化されたショー形式、そしてクルマへの価値観の変化もともない来場者は年々減少、モーターショーのあり方そのものが問題視されていたことことも事実なのだ。
コロナ禍を経てイベントを客観的・俯瞰的に検証した結果、コロナが収まっても再び大規模なモーターショーは開催されなくなるのではと危惧されていたが、昨年来徐々にイベントが復活・再開されるようになってきた、僕としてはとてもうれしく思っているところだ。
展示方法の変化
イタリアのミラノで毎年開催されているミラノ・サローネ(Salone Internazionale del Mobile di Milano)という世界最大の家具ショーがあるのをご存知だろうか。
このショーではミラノの郊外にある見本市会場を使用したもともとの展示以外に、ミラノの市街地でサローネに訪れたデザイナーや来場者を対象にした、自由な発想と自由な形で行なわれるフォーリ・サローネ(Fuori Salone)が開催されているのだが、このフォーリ・サローネの在りかたが、たいへん参考になる。
「本会場」はもちろんサローネの中心地だ。
広大な会場のなかをコマで仕切り開催される従来的な方法で、その展示センスが最高なのは言わずもがな。だが、基本的にはいわゆる見本市という体裁である。それに対して市街で行なわれるフォーリ・サローネの展示では、
参加ブランドのやりたい方法で、
やりたい大きさ(規模)で、
やりたい場所で、
自分たちのコンセプトとテーマを来場者に提示し訴求する。
そこには自分達の製品の新たなデザイン展示だけでなく、そのブランドのその年のコンセプトやデザインテーマを、最大限に表現する手法や、会場作りを、時代の最先端のアーティストや建築家・デザイナーが創りだすのだ。
そうすることで単なる製品展示だけでなく、そのブランドの総合的な最先端のデザイン・コンセプト展示となり、それがブランドイメージの向上にも繋がっていくのである。
60年余りの歴史を持つこのフォーリ・サローネを含んだミラノ・サローネは、現在では家具の展示ショーというレベルを超えて、デザインショーとして世界中から注目されるようになった。フォーリ・サローネでは家具メーカーだけでなく、ファッションブランド・自動車・IT企業なども参加し、自らのブランド提示を行なうようにまで育ってきているのだ。
しかもそれが国際観光都市であるミラノで開催されているというところにも相乗効果がある。非常に重要なミラノの観光資源となっていることは間違いない。
単なる1製品の展示会ではなく、ミラノをさらに魅力づける地域と製品を相互に高め合う展示会にもなっているのだ。
今年は例年よりも開催時期を2ヵ月ほど後ろにずらし6月初に開催されたが、世界中から来場者が訪れていた。
変化を恐れてはいけない
こういう新しいブランド訴求の方法は自動車ショーの今後のあり方にも大いに参考になるところなのだが、じつはもうひとつとても参考になると思っているイベントがあるので紹介したい。それがミラノの西に位置するトリノで2015年から開催されてきたパルコ・ヴァレンティーノモーターショーだ。
トリノの中心地区の東を流れるポー川沿いの公園を会場として地元の自動車販売店がオープンエアでクルマを展示する、というやり方なのだが、広い公園の緑のなかで、のんびりと家族連れでクルマを見ることができるモーターショーとなっている。
これはクルマに感度の高いトリノだからこその発想で開催できるのかもしれないが、できるだけ費用をかけずに、しかししっかりと実車を展示するということを、展示側も一般市民も望んでいたということが底辺にあったからに違いない。第1回開催こそ小ぢんまりとしたものだったが、2019年には70万人もの来場者が訪れる規模にまでなったことでも、それは明白だろう。
そのショーがコロナ禍での開催中止を挟み昨年から場所を移してミラノで開催されている。
ミラノの中心Duomo広場とその周囲を使用して開催されたイベントは、今年はMIMO(Milano Monza Motor Show)と名称を変え、6月16日~19日までミラノ市街と隣町のモンツァで開催された。
ミラノ市街では自動車の展示、モンツァではサーキットを利用した走行会という組み合わせだ。
世界的な観光名所であるミラノの大聖堂ドゥオモ(Duomo)を取り囲むように各々のメーカーから新型車やスーパーカーが展示された。
そして18日にはモンツァサーキットで、ちょうど同時期に開催されていた1000miglia(ミッレミリア)の最終コースにモンツァを組込んで合体させる試みもなされるなど、自動車のショーとしての魅力づくりもしっかりと考えられていた。
デザインの真の実力
60を超えるメーカーから130台がオープンエアで展示され、スーパーカーからガソリンエンジン車、ハイブリッドカー、BEV車まで、いまの自動車の過渡期を象徴するような展示が行なわれた。
日本ではまったくお目にかかれない中国製のEVも非常に多く展示されていたのだが、これらのスタイリングのレベルは高く、鮮度があり、とても魅力的だ。
価格まで調査してはいないが、もし日本車よりも安価で提示されていたなら、ユーザーにとっては魅力的だし、良い買い物になるに違いない。
「いま、日本車を選ぶ理由づけは果たしてどこにあるのか」
それが厳しく問われていることが本当によくわかる。
これらのクルマたちも含めて実際に目にすることで、クルマのデザインを肌感覚で感じることができる。一堂に会するからこそ、その実在性を比較することも非常に容易だ。しかも屋内展示でなく、太陽の光にさらされてのオープンエア展示はなにもごまかしが効かない。
これまで屋内展示で特別な照明が施され、見栄え良く演出されていたクルマの本当の姿が見えるのだ。屋外は、デザインの真の実力が見られる場、なのだ。
こういうショーを体験すると、やはりクルマはネットでは買えない、と強く感じるのである。
既知のクルマであればそれもあるだろうが、新型車ではそうはいかない。立体の発する力の凄さは、ネットではわからないのだ。
そしてモーターショーの良さは一気にたくさんのクルマを見て比較することが可能なところにある。残念ながらそれは、VRでもわからない。リアルに近い説明はこれまで以上に緻密にはできるのだが、結局はそこ止まりなのだ。
これからの展示はどうあるべきか
僕の個人的な意見としてはこれからのモーターショーは是非とも屋外で行なっていただきたいと願う。晴天ではなく曇天や雨天もあるだろうから展示側にとっては厄介な開催方法であるとは思うが、一番大事なことはクルマが正確に見える、ということではないだろうか。
これまでは展示側の策略の元、さまざまな演出含みのメーカー視点で展示されていたが、これからは「正しく見て」「評価していただく」というお客さま視点での開催こそが必要だろう。もう建物のなかに専用のブースを大金をかけて製作することはやめたらどうだろうか。
屋外で余裕をもったスペース展示を行なうことで、日本車のデザインレベルが明確に問われることになる。それも日本国内という小さな市場ではなく、グローバルマーケットで問われることになるだろう。
実力で掴み取らなければ日本車の居場所はなくなる。とくにEVの時代に入って、その地位は既に安定ではなくなっている。
日本の自動車メーカーの経営者たちも投資家ばかり気にしていないで、クルマがどう見えているかを外に出てもっと見ても良いのではないだろうか。
デザインが経営にどれほど密接であるかをもう少し肌感覚で感じても良いように思うのである。
もちろんその責任部署であるデザイン部門は、言うに及ばない。