新型シビック・タイプRはサーキット走行だけをターゲットにしたトラックエディションではない! 開発者かく語りき

新型シビック・タイプR
ホンダ・シビック・タイプRはシビックシリーズの頂点に立つモデルだ。開発責任者を務める柿沼秀樹氏は「ホンダスポーツの熱い想いを象徴するモデルとして、先代シビック・タイプRがコンセプトとしてきた“アルティメイトスポーツ”を改めて前面に打ち出し、ピュアエンジンのタイプRの集大成として究極のFFスポーツを目指す」と説明した。
TEXT & PHOTO:世良耕太(SERA Kota)

ホイールサイズが前型の20インチから19インチになった理由

新型シビック・タイプRト開発責任者の柿沼秀樹さん

その柿沼氏にいくつかの質問をぶつけてみた。なぜ、ベース車に比べて太いタイヤを履いているの? なぜ、FFにこだわるの?と。

タイヤは265/30ZR19サイズ
銘柄はミシュラン・Pilot SPORT4S

──ベース車のタイヤサイズは前後235/40R18なのに対し、タイプRは前後265/30R19サイズを装着しています。タイヤが持つ能力以上のパフォーマンスは出せないので、まず接地面積を増やそうというこということでしょうか。
柿沼さん 先代タイプR(前後245/30R20を装着)にお乗りのお客さまが、純正装着タイヤが減ったり、サーキットを走ったりするときに265の19インチにしたり、18インチにしたりしている例が多かったのです。265サイズがタイプRユーザーに浸透しているのだなと。そのあたりも参考にしました。

──265サイズを履くために、ボディを拡幅した?
柿沼さん
 先代も、ベースのシビックに対して拡幅していました。

前型と違って後付け感はなくボディそのものが拡幅されている。

──拡幅ありきということですか?
柿沼さん
 ベースのボディのままタイヤを太くすると、(太くしたぶん)タイヤが内側に入ってしまいます。そうするとトレッドが狭くなるので、かえってポテンシャルが下がる。ですから、トレッドは拡げたい。ホイールベースはベースモデルで先代比35mm延びている(2735mm)ので、(長くなったホイールベースに合わせて)なおさらトレッドは拡げたい。実は今回のタイプRではフロントとリヤのフェンダーのトリムにヘミング処理(端末を180度折り曲げる溶接処理技術。ベース車はリヤにのみ適用)を取り入れ、フェンダーに対してタイヤをより外に出せるような技術を採用しています。

──タイヤの拡幅が大きいので、ボディを拡幅したとしてもタイヤが内側に入ってしまう。
柿沼さん
 はい。タイヤが内側に入るので、ハンドル切れないじゃないかと。ならば265は諦めようかという話になるのですが、現行世代のシビックからヘミング処理が適用になった。生産技術の進化があって、やりたいことができることになりました。

──今だからできた?
柿沼さん
 そうなんです。先代ではできませんでした。

リヤをどう使うか、それが問題だ

リヤサスペンションを下から覗き込んでみる

──FFで速く走ろうと思ったら、リヤタイヤはどう使ったらいいのでしょう?
柿沼さん
 FFのリヤに全然仕事をさせないようにして走るのは、オールドタイプの考え方です。私が(開発責任者として)預かった先代のタイプRからは、リヤタイヤをしっかり使う考えです。リヤタイヤにも仕事をさせて、フロントを助ける。これまでのFFはフロントの邪魔をしないのがリヤサスペンションの役割でした。それではもう限界があるので、リヤサスもしっかり仕事をするべきところは仕事をさせて、フロントをカバーして走る考えです。

──リヤもしっかり接地させる?
柿沼さん
 そうです。例えば、高速スタビリティを出すにはリヤをバシッとさせなければいけないし、そこから舵を入れた際も後ろがなくて動く応答性と、後ろがしっかりしていて動く応答性ではまったく安心感が違います。後ろをしっかり使うのが、ホンダが作るFFスポーツの基準になります。

──リヤをしっかりさせる技術上のポイントはどこにあるのでしょう?
柿沼さん
 私はホンダに入社して31年になります。入ったときからFFがメインでした。途中、(FRの)S2000や(MRの)NSXの開発もしたので、いろんな車両諸元やパッケージのクルマで運動性能を経験しました。後輪駆動やミッドシップは黙っていても後輪に荷重がかかるので、最初からタイヤが力を出してくれる。そういう経験をしたうえで、改めてFFスポーツとしての速さなり、パフォーマンスなり、プレジャーなりを突き詰めていこうとしたときにどうするのか。

──どうするのでしょう?
柿沼さん
 限られた人しか運転できないクルマは、ホンダの思想にはありません。運転スキルの高い人も、そうでない人も安心して、信頼してクルマを操れる。間口を拡げつつ、より速く、より楽しく走ろうとしたときに、クルマを信頼しきって一対一の関係でそのときの状態を把握し走りたい。そのためにはリヤがないとダメなんです。リヤがなくて操るには、相当な腕が必要です。

──速く走るためと、安心感のためにリヤタイヤをしっかり使う?
柿沼さん
 そうです、その両方です。

前型に引き続きシビック・タイプRの開発責任者を務める柿沼秀樹さん

──柿沼さんがそこに気づいたのですか?
柿沼さん
 FF車も含めた操縦安定性はかくあるべしと、若い頃からいろいろ迷いながらクルマの開発を経て現在に至るなかで、僕のなかで形成された考え方です。あるタームでは、ホンダの車両運動性能を司る開発部隊にいたこともあります。現在ではホンダの操縦安定性の思想になっています。

──リヤにも太いタイヤを履いている意味がきちんとある。
柿沼さん
 そうです。タイムだけを狙うなら、違う考え方があるかもしれません。でもそれは、“点の性能”でしかありません。我々はナンバー付きの車両で、世界中のあらゆるお客さんに、ホンダが考えるドライビングプレジャーを提供したいと考えている。それがタイプRの役目ですから、点の性能でしか走れないセットアップでは困ります。

──シビック・タイプRはサーキット走行だけをターゲットにしたトラックエディションではないと?
柿沼さん
 違います。

──ちょっと意地悪なことを言わせていただくと、ホンダはいい4WDシステムも持っています。それを使えばリヤタイヤだって上手に使えるだろうし、間口の広さにもつなげやすいのではないでしょうか?
柿沼さん
 別のバランス点で見たときには、その手はあるでしょう。だけど、タイプRでそれをやったときに何キロ重くなるんだとか、レイアウト的にどうするんだとか、いくらかかるのとか……。重く、大きく、高くなる。それってシビック・タイプRの生き方なのかと。

──何を作っているのかわからなくなると?
柿沼さん
 そうなんですよ。昔のタイプRは、要らない物を全部剥ぎ取って、潔く速さとプレジャーを目指した。ただ、時代は変わってきて、そういう乗り物はガラパゴス化してきているのも事実。とはいえ、ホンダが未来永劫、操るよろこびを商品として届け続けるためには、タイプRを消してはならない。そうなったときにどういう乗り物であるべきか考えた結果が、「第2世代タイプR」と呼んでいる今回のタイプRです。己を超える進化を目指したのがこのモデルです。

──まわりの期待値が大きいから、タイプRを作るのは難しいでしょう?
柿沼さん
 それだけやりがいがありますし、開発者たちのモチベーションは高いです。期待されているし、ストイックに速さとプレジャーを追求できる。「こんなもんでいいか」というわけにはいきません。

──とはいえ、予算はあるので、あれもやりたい、これもやりたいというわけにはいかない。
柿沼さん
 もちろん(笑)。4WDがある、何があると言い出したら、最終的には戦車みたいなクルマになってしまう。その役回りはもしかしたら、他のスポーツカーでやるのが、ホンダとしてはいいのかもしれません。

──展示車両を見ただけですが、いいクルマ感は充分に伝わってきますね。大人っぽくなった感じがします。
柿沼さん
 ありがとうございます。まずは見た目が大事だと思っています。

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…