1980年代を象徴する現象がバブル景気だろう。日に日に高まる地価や株価、さらには一般家庭でも収入が右肩上がりで一億総中流などと表現されるほど豊さを謳歌した時代。当然自動車も次々と新型車が発売され、高額車がもてはやされた。輸入車では500万円台で買えるメルセデス・ベンツとして190Eが人気を博し、トヨタ一連の白いハイソカーたちが街中に溢れていた。この時代に求められていたのが3ナンバーの税制で、当時は3リッター以下の排気量であっても3ナンバー車には8万円を超える自動車税が課せられていた。輸入車の販売台数が伸びるにつれ税制の不利さが顕著となり、またバブル景気が後押しとなって税制が改正される見込みとなる。これを見据えた日産は、「きっと、新しいビッグカーの時代が来る」というキャッチコピーに象徴される3ナンバー専用車を開発する。それが1988年に発売された初代シーマだった。
全長4890mm全幅1770mmと3ナンバー専用とされたボディはセンターピラーのない流麗な4ドアハードトップを採用。エンジンは3リッターV6DOHCであるVG30DE型とターボを装備するVG30DET型の2種をラインナップ。ライバルだったクラウンは3ナンバー車を用意していたものの、5ナンバーボディをベースとしていたことと差別化を図ったのだ。初代シーマはセドリック/グロリアの両車に設定されたが、発売時期をずらしたこともあり「シーマ」という独立車種のような印象を与えたことも要因となって発売直後から爆発的なヒットとなる。大きくスタイリッシュなボディと豪快な加速力はバブル景気という時代と重なり、加速時に見せるリヤを沈めた姿が人々のハートを射抜いたのだ。
シーマという名前はスペイン語の頂点や完成という意味に由来している。国産高級車にふさわしいネーミングと感じさせるもので、ボンネットの先端には南ヨーロッパ原産の多年草で、古代ギリシャ・ローマ時代の建造物にモチーフとして数多く採用されたアカンサスの葉を模したエンブレムが輝く。ドライバーにとって運転のしやすさになるサイズながら、見るものに高級車の証として印象付けるアイコンのようなもの。開発者たちのプライドを感じさせる装備といえるだろう。大ヒットして「シーマ現象」などと呼ばれることさえあったシーマだが、時代とともに販売台数は下落を続け、2010年に一旦生産を終了してしまう。現在ではフーガをベースにしたハイブリッドモデルとして存続しているが、バブル景気の時代を知る世代にとってシーマは初代にとどめを刺すのではないだろうか。
8月21日に東京の奥多摩湖畔にある大麦代園駐車場で行われた東京旧車会へ、1台の初代シーマが現れた。このイベントは参加車に対して年式の縛りがないため、多種多様なクルマが集まることでも知られる。とはいえ初代シーマと対面できるとは思いもしなかったので、クルマのそばにいたオーナーに話を聞いてみた。オーナーは現在61歳になる梅本正美さん。ちょうどバブル景気の時代を20代として謳歌した世代で、やはりシーマといえば初代と感じる人だろう。でもなぜ、今になって初代シーマを選ばれたのだろう。
お話を聞けば車検を切らした状態ながら、同時に2代目レパードも所有されているとか。さらに以前はY31セドリックに乗っていたこともあり、歴代の日産車に深い思い入れがあるようだ。「昔、Y31セドリックに乗っていましたが、今度はY31シーマに乗ってみたかったので」と語られている。梅本さんのシーマは1991年式のセドリックシーマでグレードはタイプLセレクション。初代シーマはエンジンがNAのモデルをタイプⅠ、ターボモデルをタイプⅡとしていたが、モデル末期にはターボモデルのタイプⅡをベースに装備を簡素化して買いやすい価格としたタイプLセレクションを追加設定していた。91年式ということはフルモデルチェンジ直前に登録された個体ということになる。
モデル末期といっても今から31年も前のクルマ。入手されたのは2013年ということだから、すでに9年ほど前のことになる。ちょうど22年落ちの状態だった頃で中古車の数も日に日に減っていたと思われるが、中古車情報を探していて見つけることができたそうだ。最近では芸能人オーナーがレストアしたことで話題となり中古車の数も増えているような印象だが、その分相場も上がっていることを考えると良い時期に入手されたといえるだろう。しかもオドメーターを見て驚くのだが、走行距離がなんといまだに6万キロ台でしかない。それだけに内外装は極上レベルと表現していいだろう。
いくら走行距離が伸びていないからといって31年も前のモデルだからトラブルは避けて通れないと思える。そう話を振ってみると、これまで経験したトラブルはエンジンからのオイル漏れ程度とあっけない答え。普段は別のクルマに乗られているから距離が伸びないということもあるだろう。またタイプⅡに設定されていた電子制御エアサスペンションではないタイプLセレクションというところにもトラブルの少なさに繋がっているのかもしれない。経年劣化によりエアサスペンションはどうしてもトラブルの原因になるもの。発売時は廉価版としてのグレードだったが、これから維持するのであれば逆に良い選択だと考えられないだろうか。