80年代らしいウエッジシェイプがたまらない! 希少車ならではの苦難を乗り越えて維持されるアルシオーネ愛に溢れた1台!

今ではアウトバックを筆頭にアメリカで売れに売れているスバル車だが、その足がかりになった1980年代はスバルにとって苦難の道のりだった。その象徴が対米輸出の目玉となるはずだったアルシオーネの販売不振。国内販売も好調とはいかず今ではめっきり希少車に。それゆえ維持する苦労は想像を絶するが、今なお極上コンディションを保つために苦労してきたオーナーの愛を感じる1台に巡り合った。
PHOTO&REPORT●増田 満(MASUDA Mitsuru)
1990年式スバル・アルシオーネVR。

ブラットという輸出専用車を別にすれば、1980年代のスバルはレオーネ、ジャスティ、レックス、それにサンバーとドミンゴしかラインナップしていなかった。モデル数の少なさは販売台数の規模に直結する時代だったため、新規車種が必要だったことは言うまでもない。さらに言えば国内市場はもとより対米輸出が大きくクローズアップされた時代でもあり、国際的な競争力を備えることも急務。そこでスバルはレオーネをベースにした2ドアクーペのスペシャルティカーを新たに開発することになる。ちなみにアルシオーネと基本構成がほぼ同じレオーネクーペRX-Ⅱが発売されたのは、アルシオーネより遅い1986年になってからのことだった。

メリハリの効いた上ッジシェイプスタイルが特徴だ。

アルシオーネは1985年にデトロイトショーで発表されると、国内より先にアメリカでXTクーペという名前により市販が開始された。どれだけアメリカ市場を重視していたかを物語るエピソードで、国内では半年後の6月から発売が開始された。国内名であるアルシオーネとは、エンブレムにもあしらわれている昴(すばる=プレアデス星団)で最も明るい恒星から命名されたもの。当時のスバルを代表する車種に育て上げたいという意志を感じるネーミングで、スバル初となるリトラクタブルヘッドライトを採用したことでもアルシオーネにかける期待の大きさが感じられたもの。期待の大きさはリトラ以外でもスタイルに表現されていて、国産車として初めて空気抵抗係数がCD値0.3を下回ることに成功。極端なウエッジシェイプスタイルにはこのような理由があり、ドアノブにカバーが備わるほど徹底して追求されたものだった。

リトラクタブルヘッドライトを上げると独特の表情になる。
デカールはデータを作って複製されたもの。
カバーがついたドアノブ。
特殊なP.C.D.であるため社外ホイールはほぼない!
ストライプも見事に再現した。

発売当初は1.8リッターターボエンジンのみで、4WD方式を採用するVRターボとFF方式になるVSターボの2グレード展開でスタートした。当初こそアメリカで好調な売れ行きを示したものの長くは続かず、販売不振を払拭するため新たに水平対向6気筒エンジンを開発。アメリカでXT6、国内でアルシオーネ2.7VXとして追加発売された。この時から1.8リッターモデルのグレード名からターボが外され、単にVR、VSと名乗るようになる。新グレードの2.7VXだが起死回生とはならず、モデル末期まで販売台数が回復することはなかった。いわば当時から希少車なわけで今となっては中古車市場に出回ることすら稀で、街でもめっきり見かけることが少なくなった。ところが8月21に東京・奥多摩湖畔を舞台として行われた東京旧車会で、真紅のボディが美しいVRを発見した。同じスバル系オーナーから紹介してもらってお話を聞くことができた。

独創的なデザインのステアリングホイール。

1990年式というからアルシオーネとして最終年になるモデルで、オーナーは53歳の吉野雄一さん。なんでも運転免許を取得した30数年前から憧れていた車種だそうで、2015年にインターネットで売り物を見つけて手に入れた。真紅のアルシオーネだけでなくレガシィB4ブリッツェン(こちらもボディカラーはレッド)も所有されているということで、熱心なスバルマニアであるようだ。憧れていた期間が長いだけに実際乗り始めてからの印象はどうだったのかといえば、リトラクタブルヘッドライトであることや独創的なデザインが今なおお気に入り。ただし、4WDモデルであるVRにはエアサスペンションが装備されているのだが、ここからのエア漏れがどうしても治らなかった。修理したくても希少車らしく補修部品を入手するのは絶望的。そこでエアサスペンションを取り去り、一般的なコイルバネに変更されるという思い切った手術を行っている。

デジタルメーターはしっかり実動。
純正のカセットステレオが残るセンターコンソール。

外装同様にインテリアも個性の強いデザインとなるアルシオーネ。個性を尊重されてノーマルを維持してこられたが、困ったのはイグニッションスイッチの故障。こちらは修理が可能だったが、意外なことにデジタルメーターなどは手がかからず今も液晶切れを起こしていない。2本スポークの特徴的なステアリングホイールやガングリップタイプのシフトノブなど、アルシオーネの特徴を損なうことない抜群の程度を維持していることも素晴らしい。

後継車アルシオーネSVXのカバーを被せたフロントシート。

コンディションを損ないたくないからだろう、フロントシートにはカバーが被せられていた。被せたカバーはアルシオーネ純正とはいかなかったが、後継車のアルシオーネSVX用を選ぶあたりにスバルマニアらしさが感じられる。内外装とも極上コンディションにあるが、外装は新車時の塗装ではなく全塗装されたものだとか。80年代の希少車を全塗装する場合で問題になるのがボディに貼られたデカール類をどうするかということ。人気車種なら純正品もしくは複製されたものが市販されているケースもあるが、さすがにアルシオーネ用はみたことがない。そこで吉野さんは実物からデータを作成して複製することで対処された。ただ、すべて純正のままではなく一部に遊び心が発揮されて本来ないロゴがある。どこだか見分けられたら、アルシオーネマニアといえるだろう。

伝統の水平対向4気筒エンジンは1.8リッターSOHCターボだった。

走行距離は年式を考えたら少ない16万キロオーバー。ターボエンジンだとエンジンオイルをこまめに交換すれば、まだまだ元気に走ってくれるところだろう。実際にこのアルシオーネもエンジンをオーバーホールしたことはなく、今でも普通に乗られている。エンジンルームで見えるストラットアッパーに被せられたハイトコントロールと文字が入るカバーは、コイルサスペンションに変更してもそのまま残されている。ノーマルにこだわるオーナーのアルシオーネ愛がそこかしこから感じられる1台だった。

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著者プロフィール

増田満 近影

増田満

小学生時代にスーパーカーブームが巻き起こり後楽園球場へ足を運んだ世代。大学卒業後は自動車雑誌編集部…