トヨタ、ホンダ、日産の電池投資発表 続・この裏側には何があるのか

BEVはどうなるか? 鍵を握るのは電池 日欧中、自動車メーカー、電池メーカーの思惑

BYDが開発したもっとも新しいLIB「ブレードバッテリー」は、薄型の極材と大型のタブを組み合わせ、車両の床下に収納する際の強度・合成も充分に確保している、という。
8月末から9月上旬にかけてトヨタ、ホンダ、日産が相次いで車載用電池についての投資計画を明らかにしたことを前回は報じた。BEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)を動かす動力源としての電池は世界中で品不足の状態であり、電池を確保しなければBEVの製造計画が進まない。そのための投資計画である。これはつまり、日系OEMが中期的なBEV需要を見極めた、ということにも思える。しかし、難しい判断を迫られるのはこれからだ。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

LIBがBEVの性能を左右する

日本のOEM(オリジナル・エクィップメント・マニュファクチャラー=自動車メーカーを指す)は電動車のための電池調達で迷い続けてきた。トヨタはパナソニック1社との蜜月を改め、GSユアサや東芝、中国のCATL(寧徳時代新能源科技)、中国・比亜迪(BYD)子会社である弗迪電池(フィン・ドリームス・バッテリー)などとも連携することを決めた。

日産は、NECと共同で立ち上げたオートモーティブ・エナジー・サプライ(AESC)を中国の遠景集団(エンビジョン・グループ)に売却したが、今度は日立グループや官民ファンドINCJが出資するビークルエナジージャパン(VEJ)を買収すると発表した。

日産が開発しNECとの合弁会社であるAESCで生産した薄型のラミネート電池。電力を取り出すタブを大きく取れ、同時に使用時の発熱によるパックの膨張をある程度許容できる点が特徴。

ホンダは韓国のLGエナジー・ソリューション(以下=LGES)と共同で米国にLIB工場を建設すると発表した。ホンダは米・GMからも次世代電池の供給を受ける。トヨタ、日産同様に、車載電池を1社から買うのではなく複数社から買う方針である。

三菱自動車がi-MiEV(アイミーブ)のリース販売を開始し日産がリーフを発表した頃、欧州OEMは、「電池は安いところから買えばいい。提携先を1社に絞る必要はない」と語り、日系OEMの方針を批判していた。トヨタがパナソニックからしかNiMH(ニッケル水素)2次電池を買わないことに対しても批判的だった。

「我われは違う方法を選択する」と。

その一方で、LIBの材料を供給する日系化学メーカーを取材すると「日本のOEMは自社専用仕様の材料ばかりオーダーするから単価が高くなる。全社が電池の仕様を共通化すれば値段は一気に半分になる」というコメントをよく聞いた。「自前スペックにこだわりすぎる」と。

しかし、欧州各OEMがBEV量産を開始する2017年ごろまでには、彼らも電池調達を特定の電池メーカーに絞っていた。その理由は、LIBはガソリンICE(内燃期間)車にとってのガソリンのような単なる燃料ではなく「電気モーター+制御+電池」がBEVの性能を左右するためだった。調達先は中国のCATL、GHT(国軒高科)、FDB(フィン・ドリームス・バッテリー)、韓国LG系のLGES、サムスンSDI、鮮京財閥系のSKイノベーションといった顔ぶれだった。

そもそも欧州には車載用LIBを安定的に量産できる電池メーカーがない。しかも欧州系サプライヤーのうちの何社かはLIBをパック化する下請け仕事を「儲からない」という理由でやめてしまった。パナソニックはトヨタ向けとテスラ向けで手一杯。日系メーカーは生産設備が乏しい。そのため、LIB調達先を特定の中国・韓国企業に固定せざるを得ない状況だった。

VWがザルツギッターに建設を開始した「PowerCo」電池工場の完成予想図。すでにバッテリー・リサイクル実験プラントなど一部設備は稼働している。

そして現在のBEVバブルである。VW(フォルクスワーゲン)やメルセデス・ベンツ、ルノーといった欧州OEMは、これら中国と韓国の企業から調達を続け、同時に中韓のLIBメーカーが欧州への工場進出を決めた。しかし、パナソニックのテスラ向けLIB事業もLGESのLIB事業も、黒字化するまでには10年を要した。電池は「なかなか儲からない」事業である。

LIBは日本が世界に先駆けて1991年に実用化し、量産体制を整えた電池だ。最初は半固体電解質を持つリチウムポリマー電池でスタートし、やがて高性能車載LIBを完成させる。しかし肝心のBEVが日本では量産されず、日本のLIBメーカーは「設備投資しても回収できない状況」が続いた。その一方で中韓勢は、国の補助金を利用して生産設備を拡張し、日本製LIBに対抗して「安売り攻勢」をかけてきた。日本勢はこれに太刀打ちできなかった。

とはいえ、前述したようにVW向けの大量受注を獲得したLGESも、そこに至るまでの約10年間はLIB事業の累積赤字を抱えた。これは筆者の私見だが、BEVは「LIBメーカーの薄利多売に支えられてきた」商品であり、LIBメーカー同士が厳しい競争にさらされているという点が、LIBの単価を引き下げる最大の要因だった、と思う。

日本のメディアはとかく「欧米は進んでいる」と礼賛するが、実態はそうでもない

日系OEMはこの数年、中国、欧州、米国のBEV市場の規模と、そこから上がる利益を見極めようとしてきた。そのなかでLIB生産工場への出資が必要と考え、量産規模を推定し、特定のLIBメーカーとの合弁事業立ち上げや自前のLIB工場建設に踏み切った。欧米OEMにやや遅れた形だ。しかし、欧州OEMは、ある意味で「先に風呂敷を広げた」に過ぎない。あとから修正を迫られる形になり、筆者が聞いている範囲でも電池工場計画の修正は2、3カ所にとどまらない。

ひと足先に「〇〇年までに年産〇〇ギガWhのLIB工場を建設する」などと華々しく発表した欧州各OEMも、そのすべてが計画どおりに動いているわけではない、ということだ。そもそも、電池そのものの需要をまだ読み切れていないうえ、昨今の資源価格高騰がBEV普及に与える影響は短期的ばかりではなく中長期的にも読みづらい。ウクライナ戦争の終結時期さえ予測できない。欧州のLIB工場の建設予定地が住民の反対運動に直面している例もある。日本のメディアはとかく「欧米は進んでいる」と礼賛するが、実態はそうでもない。

そして、OEM各社が電池工場投資をためらうもうひとつの要因が、次世代電池の姿である。SSB(ソリッド・ステート・バッテリー=全固体電池)の開発がとりあえず終わり、市場での性能確認と量産準備を並行して進めても、SSBが研究室を出たのち、量産開始までは短くても3年かかる。

OEMと電池メーカーが一対一でやる場合は、電池の形状(丸か、角か、薄っぺらか)、大きさ、セル当たり容量を決め、それに合わせて量産設備を整える必要がある。一度決めたら、なかなか変更はできない。おそらくトヨタ、ホンダ、日産など日系OEMは、今後10年くらいのスパンで電池仕様を考え、決定したのだろう。あるいは柔軟路線を選択した。だから電池工場建設に踏み切れたのだと考える。

もうひとつある。LIBは現在主流のNMC(ニッケル/マンガン/コバルト)系だけでなくLFP(オリビン酸鉄)系も確実に増える。すでにテスラが取り組みVWも方向を決めたように、高性能・高額モデルには最高性能のNMC、価格を抑える必要がある普及型にはLFP、その中間のモデルでは適宜工夫するといった電池選択になるだろう。その割合が動けば量産にも影響が出る。

テスラは上海工場で生産するモデルの7割近くがLFP系を積む。これは中国政府の方針に沿ったもので、テスラは中国政府の要望をほぼすべて受け入れる代わりにさまざまな恩典を手にした。中国政府は中国製NMC電池を高付加価値商品にしたい。そのためにはLFP生産を増やし、LFP単価を引き下げ、同時にLFPの性能向上を促すという施策をセットで電池メーカーに命じ、LFPの地位向上を図らなければならない。BEVメーカーの協力も要る。

中国のGHTは最近、次世代LFPの性能を喧伝しているが、そのGHTを中国政府は裏で支援している。世界最大の電池メーカーであるCATLはNMC系、GHTとBYDはLFP系。はっきりと線を引かないまでも、世界シェアのどの程度を取るかについては目算があるだろう。

昨年の中国市場でベストセラーになった上海通用五菱の「宏光MINI」はLFP電池を積んでいる。安くて小型のBEVはいまや、LFP必須である。LFPは急速充電による電池劣化がNMCより少なく、同時に発火の危険性も低い。だから中国政府は「LFP推し」なのである。

VWのID.シリーズに採用された韓国LGES製のLIBセルは床下に敷き詰められている。バリエーションとしてLFP電池を積む仕様も追加される。

ちなみに日本には、NMCでもLFPでもない、東芝のLTO系電池「SCiB」がある。この電池を積んだ仕様の三菱i-MiEVは、10年落ちの中古車でも「電池容量95%」を維持している。セル当たり容量は小さいが、急速充電耐性と充電サイクル数ではダントツの性能を誇る。これを使わない手はない。

BEVはけして特別なクルマではない。何らかの車載動力で走り、曲がり、止まる、サスペンションもデファレンシャルギヤもある。ICE車と変わらない。違うのは動力源だけだ。移動手段という意味では完全に自立できる。ICE車は給油ステーションを必要とし、燃料の流通を必要とする。BEVは家庭や出先で充電さえできればいい。電気は世の中の隅々にまで流通している。

BEVを「特殊なクルマ」に仕立て上げたのは政治だ。世の中に普及目標を押し付け、価格競争力を補助金(つまり税金)で補填し、無理やり自動車販売の表舞台に引っ張り上げた。同時に、世の中にはさまざまな軋轢が生まれた。BEVを走らせるために石炭火力発電を総動員する。これが合理的とは、とうてい思えない。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…