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成果はあったが先行きは未だ不透明な部分も
「日本は自動運転の分野で、欧米に比べてすでに周回遅れになっている」。
2010年代前半、当時の第2次安倍政権の関係者の耳にそんな情報がもたらされます。
前回のコラムでも書きましたが、アメリカの国防総省(ペンタゴン)の研究機関が主催する無人カーレースが2000年代に3回開催されているのですが、そのレースに参加した大学の研究者らが、グーグルやドイツ系大手自動車部品メーカーに高給で転職し、自動運転の実用化に向けた研究開発を進めていました。
そうした中、日本政府は次世代産業を育成するため『戦略的イノベーション創造プログラム』という長い名前の国家戦略を立ち上げます。略称をSIP(エスアイピー)と言います。
そのSIPのひとつが自動運転を対象としたものです。
ここでは内閣府が取りまとめ役となり、クルマの技術要件や国際連携については国土交通省、道路交通法などについては警察庁、ビジネス戦略の構築には経済産業省、通信技術に関することは総務省と“霞が関”が一丸となった上で、自動車メーカー、自動車部品メーカー、IT電機メーカー、地図関連企業、そして大学や国の研究機関などが、小委員会のかたちで議論を活発化させていきました。
自動車メーカーはそれまで「法整備など、国が積極的に動いていかなければ民間企業だけでは自動運転の実用化が進まない」という立場でした。ですから、SIPをきっかけに自動車メーカーも自動運転について真剣に取り組むようになったと言えるでしょう。
その上で、SIPで最も重要だったのが、日本が目指す自動運転の絵姿を明確にすることでした。それが、官民ITS構想ロードマップです。ITSとは、インテリジェント・トランスポーテーション・システム(高度道路交通システム)を指します。
まあ、国が決めることなので、こうしたさまざまなキーワードが出てきて、一般ユーザーにはとても分かりにくいと思いますが、これは致し方ないでしょう。
この官民ITS構想ロードマップが、SIPを含めた日本が自動運転を実用化していく上での設計図、または指南書といった位置付けでした。
さて、官民ITS構想ロードマップは2014年以降、グローバルでの動向を踏まえて、ほぼ毎年1回のペースで改訂されてきました。
それと連動して、SIPは第1期(2014年6月〜2019年3月)、また一時期が並存する形で第2期(2018年4月〜2023年3月)が進んでいきます。
その上で、関係各省庁や地方自治体が主体となって、まずは公共交通での自動運転に関する実証実験が行われてきました。
また、自動車メーカー各社も自動運転レベルを徐々に上げる形で量産モデルの研究開発を進めていきます。
成果のひとつが、ホンダが「レジェンド」で実用化した渋滞時に運転の主体がドライバーからクルマに一時的に移行する、自動運転レベル3を実現したことです。
しかしながら、世の中の状況を俯瞰(ふかん)すると、SIPによって自動運転の法整備や技術革新が着実に進んだものの、社会にとって、人にとって、どのような自動運転技術が必要なのか、コスト面やユーザーの受け止めを含めて、再考しなければならない時期になったと言えます。
そのため、国の設計図である官民ITS構想ロードマップの取りまとめ役がそれまでの内閣府からデジタル庁に移り、「デジタルを活用した交通社会の未来2022」という形に抜本的に書き換えられました。
また、SIPも第3期として「スマートモビリティプラットフォームの構築」に代わり、その中で今後は、自動運転の議論が進むことになりそうです。
つまり、日本での自動運転の取り組みが今、大きな転換期にあるということです。
大事なことは、自動運転が、いつ、どのようなところで、何のために、誰のために、なぜ必要なのかという視点を再認識することだと思います。
ユーザーにとっては、なんとも当たり前のように聞こえる話だと思いますが、オールジャパン体制で自動運転を追求してきた結果が、そうした“そもそも論”に立ち返ることの重要性を知ったということなのです。
自動運転はどこまで可能? 進む実証実験
自動運転の開発者の多くが「すでに、一定の条件であれば、自動運転はかなり高い次元で使える」と表現します。
見方を換えると「すべての条件下で自動運転を実現することは難しい」と言えるのではないでしょうか。もう少し踏み込むと「これから起こるであろう、さまざまなことを予見することが難しい」のです。
つまり、予見できないことがあまり起こらない環境ならば、技術的には自動運転のハードルはあまり高くない、と言えるでしょう。
具体的には、例えば茨城県日立市のBRT(バス・ラピッド・トランジット)という、路線バスの専用道路で行われている自動運転実証試験。または、福井県永平寺町の旧電車線路を改修した遊歩道を使った自動運転実証試験などの事例があります。
また、自動車メーカー各社のテストコースには近年、市街地などの交差点を模擬したコースが新設されていたり、既存の周回コースに通信によるコネクティビティ技術施設があり、高いレベルでの自動運転実験が行われています。
筆者が2022年11月に現地取材した例では、ホンダが茨城県常総市と連携して開設した小型モビリティ向けのミニテストコースがあります。そこでは、ひとり乗りやふたり乗りのモビリティが、ドライバーと音声認識によるコミュニケーションを取りながら、ドライバーの前まで迎えにきてくれます。
また、自動運転中にドライバーが車内にあるジョイスティックの操作で、自動運転の途中にドライバーの意思をモビリティに伝えると、その場の状況をシステムが解析し、安全であると判断すればドライバーの意思を尊重した方向に進むといった実験も行われています。
海外では、アメリカのカリフォルニア州が自動運転に関して突出した存在です。公道での自動運転について大幅に法的な緩和をしており、ここではまるでテストコース内のような斬新な自動運転が実用化されていることに驚かされます。日本でも近年中に、そうした実用化が期待されます。
著者PROFILE 桃田健史
1962年8月、東京生まれ。日米を拠点に、世界自動車産業をメインに取材執筆活動を行う。インディカー、NASCARなどーシングドライバーとしての経歴を活かし、レース番組の解説及び海外モーターショーなどのテレビ解説も務める。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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[スタイルワゴン・ドレスアップナビ編集部]