自動運転は『自動車業界の常識』が通用しない!? 海外の最新技術からその謎を紐解く

【これからどうなる自動運転】世界に比肩する成果を上げた、日本の「SIP-adpus」とは? |第5回/日本と海外では異なる自動運転へのアプローチ

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やはり、海外は日本より先に進んでいるのでしょうか。最新技術である自動運転については実際、海外は日本より高度な技術で、
しかも実用化が始まっているのでしょうか。今回はその背景をご紹介するのですが、どうも自動運転は『自動車業界の常識』が通用しない感じがします。なぜ、そんなふうに感じてしまうのか。国や地域、自動車メーカー、そしてIT系企業の動きをチェックしながら、その謎を紐解いていきましょう。

自動運転の実現には自動車部品メーカーの技術がキモ

「日本は海外と比べて、1周遅れのレースをしていた」。そんな表現をするのは、2023年3月に完了した国の一大プロジェクト「SIP-adus(エスアイピー・エイダス)」をプログラムディレクターとして取りまとめてきた葛巻清吾さんです。

彼とはさまざまな会議でご一緒してきましたが、3月後半に都内で実施された「SIP-adus」最終取りまとめの会では「なんとかここまでやってこられて、ホッとした」と話していたのが印象的でした。

「SIP-adus」は、民間からは自動車メーカーや自動車部品メーカー、電気メーカー、地図メーカーなどが参加し、公的機関からは経済産業省や国土交通省、警察庁、総務省などの中央官庁、そして各種研究所なども加わって、まさにオールジャパンの体制で「自動運転の分野において、日本の未来をなんとかせにゃいかん」という立場で、都合9年間に渡りさまざまな試みをしてきました。

23年の9年前、つまり14年の時点で海外では、自動運転に関する基礎研究や実用化に向けた実証実験などが盛り上がっていたのです。

「このまま行ったら、日本は完全に負け組になる」という強い危機感から、首相官邸を中心に日本の自動運転に関する政策が始まったのです。

そんな危機感をベースに始まった「SIP-adus」によって、日本の自動運転技術は世界と肩を並べる、または分野によっては海外を凌ぐほどの実力を持つようになりました。

見方をかえると日本は、海外で技術進化や法律の整備などについて同じテーブルで議論することによって、グローバルで自動運転のルール作りができるようになったと言えるでしょう。

その上で海外では、さまざまな自動運転の試みがなされているのです。

自動運転については、これまで本連載でご紹介してきましたように、乗用の「オーナーカー」と公共的な「サービスカー」という2つの道筋があります。

オーナーカーでは、完全自動運転を実現するというよりも、自動ブレーキやアクセルとブレーキの踏み間違い防止装置など、先進的な運転支援装置(ADAS:エイダス/アドバンスド・ドライバー・アシスタンス・システムズ)が主体となります。ADASは、自動運転レベルの1から5までのうち、レベル1〜2に当たります。

このADASについては、海外自動車メーカーが日本の自動車メーカーに比べて優れているかどうか、という尺度で語ることが難しいと思います。

なぜならば技術のキモは、海外の自動車メーカーにとっても、また日本の自動車メーカーにとっても、自動車部品メーカー側にある場合が多いからです。

さらにいえば、部品というハードウエアよりも、それに組み込まれている半導体の設計技術に特化した企業は世界でも限定的なので、結果的に海外の自動車メーカーも日本の自動車メーカーと「元々の技術の出所は同じ」という場合が少なくないからです。

その上で自動車メーカーとしては、自社のブランドイメージや、自社の“走りの味付け”という観点で、自動車部品メーカーと話し合いながら自動運転技術の量産化を進めています。

業界常識「ドイツが一番偉い」は通用しない?

自動運転では、日本と海外との関係を従来のような“クルマの世界”として扱うことが難しいと思います。

どういう意味かと言いますと、従来は新しい技術については、多くの場合はドイツが世界をリードしてきました。メルセデス・ベンツグループ、BMW、VWグループというジャーマン3と、ボッシュ、コンチネンタルなどの自動車部品大手が世界自動車業界に対して影響力が強かったからです。

そのため、日本の自動車メーカー技術者や経営幹部は、常にドイツでの最新技術開発やそれに関連する欧州での法整備の動向をウォッチしてきたのです。

実際、筆者はさまざまな会合や意見交換の場で日本の自動車関係者と接していて「で、メルセデス・ベンツは今、どうなっているんだ?」とか「ボッシュの考えはどうなりそうなのか?」といった感じで、そこまで日本はドイツを気にしているのかと驚く場面が過去に何度もありました。

ところが自動運転については、こうした“ドイツが最先端”という、これまでの業界常識が当てはまらないケースが多々あります。

確かに、これまでどおりメルセデス・ベンツが自動運転や先進運転支援システムで新しいシステムを積極的に量産する動きはあるものの、日本メーカーがそれを最重要な対象として見ているとは言えない状況なのです。

その上で、ジャーマン3はそれぞれ、大手半導体メーカーなどと連携して独自の自動運転技術の構築を目指しています。

アメリカとの付き合い方が変わった?

自動運転について、世界をいち早くリードしてきたのは、アメリカです。

「ついに、グーグルカーがクルマの世界に入ってくるのか!?」。グーグルの共同創業者のひとり、ラリー・ペイジ氏が自動運転仕様のトヨタ「プリウス」を「グーグルカー」と呼び、新たなるビジネスとして公表したのが、いまから10年ほど前の2010年代前半でした。 

これが大きなきっかけとなり、日本でも自動運転の話題がテレビやネットに登場するようになります。

グーグルカー登場の背景には、アメリカの国防総省が2000年代に3回実施した、無人カーレースがあります。今ではすっかりお馴染みになった人工知能(AI)を活用したクルマの基礎研究が大学などの研究所で盛んになっていきました。

そうした研究者が、グーグルや海外の自動車メーカー、または自動車部品大手にヘッドハンティング(引き抜き)されていきました。

IT系企業による自動運転は、アップルなどにも波及し、「自動車産業はIT産業界に乗っ取られてしまうのではないか?」という心配が、日本を含めて欧州にも飛び火していきました。

そんな心配が、日本の自動車メーカーの場合、「対岸の火事」というイメージで、自社のビジネスに直接関係するとは考えてこなかったようです。

とはいえ、世界的なIT系企業の集積地である、北カリフォルニアのシリコンバレー地域に、トヨタ、ホンダ、日産、そしてマツダは2010年代半ばには、自動運転やスマートフォンとクルマとの連携など、自動車産業とIT産業との接点を肌感覚で知るための拠点を設けました。

時代をさらに振り返ってみますと、80年代から日本メーカーはアメリカで自動車の現地生産を本格化してきましたが、その中で労組関係や貿易関係について、アメリカ政府の動向を気にしてきました。

また90年代に入ると、カリフォルニア州が世界で初めて定めた次世代環境車に対する法規制「ZEV法(ゼロエミッションヴィークル規制法)」への対応が、同州での新車販売台数が多い日本の自動車メーカーにとって必須事項になりました。

そうしたこれまでの、日本とアメリカとの付き合い方が、自動運転では様相が違ってきているのです。

IT産業は、自動車産業の2次下請けにあらず

「これじゃ、2次下請けが一番偉いことになる」。自動運転の世界では、自動車産業界での“これまでの常識”がまったく通用しなくなってきました。

トップは、最終的に部品を組立てて、1台の新車に仕立てる自動車メーカー。その下に、1次部品メーカー(通称ティア1)、2次部品メーカー(ティア2)…という感じの、業界ピラミッド構造が現在の自動車産業界の全体図式です。

そのため、例えば電気業界大手のパナソニックも、自動車業界ではティア1の立場にいます。

さらに、昨今「半導体不足で新車の納期が遅くなっている」という表現でネットのニュースでよく登場する半導体ですが、自動車業界ではティア2の立場になります。

自動車向けの半導体関連では、日米欧を主体にさまざまな企業があります。しかし、自動運転の領域になると、アメリカの半導体関連メーカーで、インテルやエヌビディアなどの存在感が目立つようになりました。

例えば、インテルは自動車産業界に対する影響力を強めるため、イスラエルのベンチャー企業であるモービルアイを、なんと当時の為替レート1兆7500億円で買収しました。

モービルアイは、アウディ、GM、日産など、多くの自動車メーカーや自動車部品メーカーに対して、自動運転に係る半導体技術を提供してきました。こうした、モービルアイによるビジネスをベースに、インテルはさらに自動運転における自動車業界内での影響力を高めていきました。

つまり、自動運転について半導体関連メーカーは2次下請け(ティア2)ではなく、自動車メーカーと対等な立場で次世代技術を話し合うようになっているのです。

ここに、IT超大手のGAFAMや中国IT大手のBATが複雑にからんでいます。

著者PROFILE 桃田健史
1962年8月、東京生まれ。日米を拠点に、世界自動車産業をメインに取材執筆活動を行う。インディカー、NASCARなどレーシングドライバーとしての経歴を活かし、レース番組の解説及び海外モーターショーなどのテレビ解説も務める。日本自動車ジャーナリスト協会会員

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[スタイルワゴン・ドレスアップナビ編集部]

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