今回の成果は、レジの自動化や在庫管理の省力化など、小売・物流の効率化が期待されているUHF帯2)RFIDへの適用に加え、偽造防止などのセキュリティー分野や医療・介護現場で活用できるセンサーなど幅広い用途への展開が見込まれる。東レは今後、社外パートナーと連携してシステムやアプリケーションの開発を進め、早期の製品化を目指す。
フィルム上への半導体回路形成は、有機半導体を中心に新しい材料や塗布方法の開発が進められているが、半導体性能を示す移動度3)は20cm2/Vs程度と低く、高性能化が課題だった。
これに対して東レは、2020年に独自の半導体CNT複合体技術により塗布型では世界最高の移動度182cm2/Vsを達成するとともに、低消費電力な相補型半導体(CMOS)回路4)形成に必要なp型とn型両方の半導体形成を実現し、インクジェット法を用いてガラス基板上にRFIDを作製して、UHF帯電波で無線通信できることを実証している。しかしながら、フィルム上に半導体回路を形成しようとすると、工程中にフィルムが伸縮して配線や電極の位置ずれが生じ、性能が低下する問題があった。
今回、各材料改良によるプロセスの低温化・短時間化に取り組み、フィルムの伸縮を抑制するとともに、東レエンジニアリングが開発した形状追従型高精度インクジェット技術を適用することにより、CMOS回路を始めとする様々な半導体回路や整流素子5)、メモリーをフィルム上に精度よく塗布形成する技術を確立した。これらの要素技術とアンテナを組み合わせて、汎用のポリエステルフィルム上にRFIDを作製し、UHF帯無線での通信を達成しました。また、本技術を活用して無線通信機能を有するセンサーを作製し、無線で水分を検出することにも成功しました。これにより、小売・物流分野や偽造防止などのセキュリティー分野のほか、排尿検知など医療・介護現場への適用も期待できる。
本技術はフィルム上に半導体回路を直接塗布形成できるため、設計自由度が高く、小ロットのニーズから対応できる。まずは本特徴を生かした小ロット・近距離無線通信用途から実用化を図り、実績とコストダウンを積み重ねることで、幅広い用途に展開していく計画。
なお、今回の成果は、1月26日(水)~28日(金)に東京ビックサイトで開催される「nano tech 2022(第21回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議)」に出展予定。
1)カーボンナノチューブ(Carbon Nano-Tube)複合体:
直径がナノメートルサイズのカーボンナノチューブと高性能半導体ポリマーとの複合体。東レは、半導体ポリマーを単層CNTの表面に付着させることで、導電性を阻害することなく単層CNTの凝集を抑制できることを世界に先駆けて見出した。
2)UHF帯(Ultra High Frequency):
300MHz~3GHzまでの周波数帯を指し、日本ではUHF帯RFIDで使用できる周波数が920MHzと決められている。携帯電話や電子タグ等、幅広く使用されている。
3)移動度:
半導体中の正孔・電子などのキャリアの動きやすさの指標。
4)相補型半導体(CMOS: Complementary Metal Oxide Semiconductor)回路:
プラス電荷が流れるp型とマイナス電荷が流れるn型の半導体を組み合わせた回路。低消費電力性能に優れ、多くの半導体回路で採用されている。
5)整流素子:
電気を一方向だけ通す性質があり、交流電力を直流電力に変換する素子。テレビ、パソコンなどの各種電子機器は直流で動作するため、コンセントからの交流を直流に変換するために広く用いられている。