4年間で熱効率が10%向上したF1のパワーユニット[内燃機関超基礎講座]

F1は2014年に燃料流量規制が導入されたことにより、エンジン開発は熱効率開発競争へと大きく舵を切った。WECも同じだ。短期間で大幅に向上した熱効率だが、高度な技術と複雑な制御を必要とする現状のフォーマットの開発裏にはコストの問題がつきまとう。
TEXT:世良耕太(SERA Kota)
*本記事は2017年11月に執筆したものです

モータースポーツは技術の壁ではなく、コストの壁にぶつかり、転換期を迎えている。理念は高尚だ。F1は2014年に新しいフォーマットを導入し、それまでの2.4ℓV8自然吸気エンジンから、1.6ℓV6ターボに切り換えた。2.4ℓV8NA時代は出力60kWのモーター/ジェネレーターユニット(MGU)を組み合わせていたが、14年以降はエンジンに、運動エネルギーと熱エネルギーの2種類のエネルギー回生システムを組み合わせる「パワーユニット」になった。運動エネルギー回生システムに組み込まれているMGU-Kは出力が最高120kWに制限されており、1周あたりにエネルギー貯蔵装置(実質的にリチウムイオンバッテリー)を通じて回生/力行できるエネルギー量に制限がある。


一方、ターボチャージャーとセットで機能する、熱エネルギー回生システムに組み込まれたMGU-Hには、出力にも、回生/力行量にも制限がない。よって、いかにMGU-Hを働かせるかが、開発のキーポイントとなっている。

F1のパワーユニット。1.6ℓV6直噴シングルターボエンジンに、運動エネルギーと熱エネルギーの2種類のエネルギー回生システムを組み合わせた構成。最高出力が120kWに規制されたMGU-Kのエネルギーの出し入れには制限があるが、MGU-Hには制限がないのが特徴。エネルギーの回生だけでなく、コンプレッサーの駆動にも使うなど、まさに大車輪の活躍。(ILLUST:イートラビット)

13年と14年で大きく異なるのは、燃料流量規制の有無だ。13年までは燃料流量に制限はなく、パワー空燃比と呼ばれる、出力がもっとも出やすい燃料と空気の比率で運用されていた。ストイキ(λ=1)よりもリッチな領域である。14年からは燃料流量が定められ、最大100kg/hに規制されることになった。また、約305kmのレース中に使用できる燃料は100kgに規制された(17年からは105kg)。

燃料流量が規制された条件でパワーを向上させる手段は、熱効率を向上させることであり、F1のエンジン開発は熱効率開発競争になった。具体的には、圧縮比を高めることと、比熱比を高めることである。比熱比を高めるとは、空燃比をリーンにしていくことだ。フォーマットが切り替わった14年以降、17年に至るまで、技術的優位性を保ち続けているメルセデス・ベンツは、13年まで30%以下だった熱効率が14年には「40%に届こうとしている」と発表した。2年後の16年には「47%に達した」と発表。4年連続でシリーズタイトルを獲得した17年には、「50%に達した」と発表した。じつは50%に達した際、14年の段階ですでに44%に到達していたことを明らかにした。3シーズンで6%の熱効率向上を果たしたわけだ。消費している燃料の量は変わらないのに、75kWものパワーアップを果たしたことになる。

参戦を継続しているからこそ、開発を続けているからこその成果だ。ただし、見方を変えれば、過熱する開発競争が参入障壁になっている。F1に参入したいというメーカーがいたとしても、18年、19年、あるいは20年からF1に参入したとして、いきなりメルセデスと互角に渡り合えるだろうか。答えはノーだ。

メルセデス・ベンツ(開発はイギリスに本拠を置く専門部隊が行なう)のF1エンジン。写真は2015年仕様。パッケージング上の都合から、Vバンクの前端にコンプレッサー、後端にタービンを配置し、その間にMGU-Hをレイアウト。17年には熱効率50%に到達。

F1のエンジンは短期間に10%の熱効率向上を果たしたが、今後、同じペースで熱効率が向上するとは思えない。費やした開発費に対する取り分は、どんどん少なくなっていくだろう。同じペースで伸び代を確保するには、開発費の上乗せが必要になる。現在、F1にパワーユニットを供給しているメーカーはメルセデス、フェラーリ、ルノー、ホンダの4社だが、これらのメーカーは今後も激しい開発競争を続けていくことができるだろうか。疲弊しやしないか。

ルールを統括するFIA(国際自動車連盟)は、2021年に導入するレギュレーション変更案を10月末に示した。それによれば、1.6ℓV6ターボをベースにしたハイブリッドであることに変わりはないものの、「MGU-Hを廃止する」案を提示している。現行フォーマットのキー技術であると同時に、もっとも開発負荷の高いアイテムを取り去ろうというわけだ。そうすれば、既存メーカーの負担は減り、新規参入を目論むメーカーにとっての障壁が低くなるという算段だろう。量産車への適用を目指す技術をレースで磨くという高尚な理念は挫折することになるが、背に腹はかえられないということだろうか。

もちろん、17年10月にFIAが提示したのは「プラン」であり、18年末にレギュレーションが確定する際はMGU-Hが残っている可能性はある。だが、高度な技術と複雑な制御を必要とする現状のフォーマットを「軽く」する方向で協議が進むのは間違いない。

ポルシェ919ハイブリッド2014年仕様のスケルトン。2.0ℓV4直噴ターボに、運動エネルギー回生システムと熱エネルギー回生システムを組み合わせる構成は、17年仕様まで不変。MGU-Kはフロントにのみ搭載。エンジンに載る円筒形の着色部分がMGU-H。

燃料流量に規制を設けて熱効率の競争を促しているのはル・マン24時間レースをシリーズの一戦に含むWEC(世界耐久選手権)も同じだ。WECは13年まで吸気量を規制してエンジン出力を制限していたが、14年に燃料流量規制に切り換えた。F1のようにMGU-KとMGU-Hの同時搭載は義務づけではないが、ポルシェは参戦を始めた14年から双方とも搭載している。

17年6月、ル・マン24時間を統括するACOはFIAと共同で、2020年に最上位カテゴリーのLMP1-Hに導入するレギュレーションを発表した。変更点はいくつかあるが、ハイライトは「ゼロエミッションと急速充電の導入」だ。つまり、プラグインハイブリッド機能を盛り込むと明言したのだ。具体的な技術の内容は発表されなかったが、燃料を給油する際に急速充電を行ない、充電した電力で最初の1kmをEV走行する。ACOはEV走行距離を段階的に延ばす構想を温めていることも明らかにした。

だが、レギュレーション変更はいったん棚上げとなっている。なぜなら、20年のレギュレーション発表後、ポルシェが17年シーズン限りでの撤退を表明したからだ。18年にWECに残るのは(本稿執筆時点では「残る」と表明していないが)、トヨタだけになってしまう。競争を前提としたレギュレーションを導入する意味がない。現在はやはり熱効率を向上させる開発が行なわれているが、相手がいないなら努力する必要がなくなってしまう。トヨタはどうするか。

ひと足先にWECから撤退したアウディも、17年限りで撤退するポルシェも、活動のステージを、電気自動車によるレースカテゴリーのフォーミュラEに移す。量産車だけでなくレースも、時代はピュアEVなのか。

2014年から始まったフォーミュラEが活況を呈している。アウディは17年12月から始まるシーズン4からワークス参戦を開始。ポルシェは19年から始まるシーズン6から参戦する。また、メルセデス・ベンツは18年限りでDTMから撤退し、シーズン6から参戦。BMWはシーズン5から参戦する。日本からは、日産がルノーと入れ替わる格好で、シーズン5から参戦する。シャシーは共通で、パワートレーン(MGU/インバーター/ギヤボックス)の独自開発が認められている。

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…