日産エクストレイルのVCRターボエンジン——安藤眞の『テクノロジーのすべて』第76弾

VCRの基幹部。写真はKR20DDETのもの。
新型エクストレイルに搭載され話題となっているのが、可変圧縮比エンジンのKR15DDT型。可変圧縮比機構(VCR)そのものは、19年に発売されたKR20DDT型(北米向け「インフィニティQX50」に搭載)と同じだが、日本向けには今回が初お目見えとなる。
TEXT:安藤 眞(Makoto ANDO)

リンク機構を使用した可変圧縮比というと、アトキンソンサイクルを連想する人もいるかも知れないが、アトキンソンサイクルは同一工程内で圧縮比と膨張比を可変させるもの。低圧縮比でノッキングを回避し、高膨張比で排気損失を低減させるというコンセプトだ。一方で日産のVCRは、同一サイクル内で圧縮比と膨張比を変えることはできない。ノッキングのリスクが低い低負荷時には圧縮比を高め、ノッキングのリスクが高まる高負荷運転時には圧縮比を下げてパワーを引き出す、という使いかたをする。

どんな機構でどう動いているかについては、文字で説明するよりも、日産のウェブサイト(https://www.nissan-global.com/JP/INNOVATION/TECHNOLOGY/ARCHIVE/VC_TURBO_ENGINE/)を見ていただくのが手っ取り早いのだが、僕が感心したのは、「よくぞこのエンジンの量産化にGOを出したものだ」ということだ。

ひとつ目はコスト。可変圧縮の要となるLリンクは、片側で燃焼圧を受け、逆側を支点にすることで、シーソー運動しながらクランクピンを回している。ということは、クランクピンを中心として、強烈な曲げ応力を受ける。となれば、生半可な材料では持たない。VCRエンジンはここに、炭素鋼に真空浸炭した材料をしており、その硬さはHRc(ロックウェル硬さcスケール)60に達する。これは高速加工用の超硬ドリルより硬いため、切削加工ができず、砥石を使って10μm単位で削りながら、設計寸法を出しているという。

HRcと引っ張り強さは一定値まではほぼ比例するため、換算表があるのだが、近似値があるのはHRc55までで、引っ張り強さは約2060MPa。HRc60ならば、それ以上ということになる。

Lリンクに大きな曲げ荷重が作用するということは、ボルトにも大きな引っ張り荷重が作用する。強度を上げるには太くすれば良いが、太くすれば重くなるため、材料強度を上げるしかないが、塑性域締めに対応しながら高強度化するのは難易度が高い。これは大同特殊鋼に依頼して、16T(1600MPa)という超高強度の塑性域締め対応ボルトを作ってもらったそうだ。

また、可変圧縮機構を駆動する減速機に使用されているハーモニックドライブギヤも、そう安いものではない(サプライヤーのサイトに動画がある)。ロボットアームの制御に使用されているとはいえ、高い燃焼圧力が繰り返しかかるような使い方は想定していないはずで、耐久性の確保にも苦労したのではないか。

ふたつ目は、工場での組み立て性。Lリンクのボルトは向きが反対になっているため、クランクシャフトをジャーナルに載せてしまうとボルトが締められない。そこで、クランクシャフトは宙づりにしておき、Lリンクをクランクピンに締め付けてから、メインジャーナルをシリンダーブロックに締結している。しかもLリンクのボルトは、同時に締めないと真円度が確保できないため、宙づり状態で両側から締める。「そんな複雑な工程を、よく工場が飲みましたね」と突っ込めば、これは工場側からの提案だという。VCRターボエンジンの性能に惚れ込み、生産現場も一丸となって量産に漕ぎ着けたのだそうだ。

こうして生み出されたVCRターボエンジンは、シリーズ式ハイブリッドのe-POWERと組み合わされ、WLTCモード走行の約90%を圧縮比14でカバーできるという。

ならば、ライバル他車と比べても圧倒的な低燃費……、とはなっていないのが、少々気になるところ。特に、シリーズ式ハイブリッドが得意とするはずの低速域。WLTCの市街地モード燃費は16.1km/Lと、RAV4の17.9km/Lに約10%届いていない。エクストレイルのほうが140kg重いことを考慮する必要はあるが、後出しならもう少し肉薄して欲しかった。

なぜか、と考えて思いあたったのが「約30kWまでは圧縮比14でカバーできる」ということ。低負荷領域を最高効率点でカバーできるなら、電気に変換して使うよりも、直接車輪を駆動したほうが効率は良いはずだが、e-POWERは直結クラッチを持っていない。高効率点が低負荷領域から外れている並のエンジンならば、発電負荷をかけて充電に回し、効率を改善することができるが、そもそも低負荷で効率が高いなら、エンジン直接駆動のほうが燃費は稼げるのではないだろうか?

この推理が当たっていれば、というのが前提だが、そこで思い当たるのが、ルノーのe-Tech Hybrid。e-POWERもあれと同じように、ドグクラッチによる直結モードを追加すれば、もっと燃費を稼ぐことができるのではないか。

エンジンが低速高トルクなので、e-Tech Hybridのような多段ギヤにする必要はないし、ドグクラッチなら解放時の引きずり損失も最少。モーター制御で同調を行えば、断続時のショックも出ないはず。e-POWERのギヤボックス構造からすると、全面見直しをする必要があるかも知れないが、この先しばらくはハイブリッド車が主流を占めそうなことを考えると、チャレンジしてみても良いのではないか。

キーワードで検索する

著者プロフィール

安藤 眞 近影

安藤 眞

大学卒業後、国産自動車メーカーのシャシー設計部門に勤務。英国スポーツカーメーカーとの共同プロジェク…