ネピア・デルティック:対向ピストンをトライアングルで配置(4-4)【矢吹明紀のUnique Engines】

1954年、ネピアはデルティックで最初の民間向けであるE169ことD18シリーズIの製造と販売を開始した。これは基本的に軍用バージョンのディチューン版である。その最高出力は1900hp/1500rpmに抑えられており燃料消費率も毎時0.363ポンド/馬力に向上していた。また低出力に抑えたことで耐久性は大幅に増加し、オーバーホールまでの稼働時間は5,000時間が保証された。この仕様はさまざまな船舶のほか、発電機、ポンプなどの汎用機器駆動用にも供給された。
TEXT:矢吹明紀(YABUKI Akinori) PHOTO:Wikimedia Commons

4-3から続く

もうひとつ、ある意味一般人にとって最も身近だったデルティック採用機はイギリス国鉄のディーゼル機関車だった。1955年、デルティックの初期型バリエーションの一つだったE158ことD18-12型の民間向け試作型がイギリス国鉄用ディーゼル機関車のプロトタイプだったイングリッシュ・エレクトリックDP1に搭載され運用試験が始まった。このエンジンに接続された発電機は1基で合計6基のイングリッシュ・エレクトリックEE829-1Aモーターを駆動し、合わせて50000ポンドもの牽引力を発生させることができた。このDP1は成功を収め、1960年代初頭には量産型のデルティックE169ことD18-25を搭載したイギリス国鉄のクラス55機関車22両が製造された。「デルティックス」という愛称で呼ばれたこれらの機関車は、最高速度が110mph(177km/h)を超え、その高性能を評価され1980年代初頭まで活躍した。

D18-12型(ILLUST:Napier)

また1955年頃にはネピアはより小型機での使用を想定し、デルティックのシリンダーをD18の半分の3気筒×3の9気筒としたバージョンも開発した。これらはE159/E165デルティック9と呼ばれ、排気量は2692cu in(44100cc)。遠心過給機が小型化されていた以外はデルティックD18の本体と補機をそのまま半数にしたものだった。シリンダー数が半分となったことで点火間隔も半分のクランクシャフト角で40度ごととなったが、作動に特に問題は無く、その最高出力はフルパワー仕様で1250hp/2000rpm、低出力仕様で950hp/1500rpmだった。これらデルティック9はイギリス国鉄の機関車にも採用され、ターボ過給機付きの1100hpのE172デルティックT9-29を搭載したクラス23型機関車は1959年から実用に供され「ベビーデルティックス」として人気を集めた。しかし主として短距離区間に充てられたため燃費とパワーのバランスに優れたデルティックのメリットを発揮できず、ランニングコストに見合わないとして1971年という比較的早い時期に全機が退役している。

デルティック9(PHOTO:Napier)

1956年、ネピアはデルティックの性能向上型として新たにターボコンパウンドを導入したE185デルティックC18を試作した。この背景にあったのは、1955年にネピアの航空機用コンパウンドディーゼルである「ノマドII」の開発が中止となったことだった。デルティックC18は、8段もしくは12段の軸流コンプレッサー+同軸排気タービンをエンジンの逆三角形内に配置。排ガスで駆動するパワータービンで発生させた出力はギアボックスでクランクからの出力にプラスされた。吸気は軸流コンプレッサーから遠心コンプレッサーへと送られ、二段過給された後にシリンダーに送り込まれた。

デルティックC18(PHOTO:Napier)

デルティックC18のスペックは、最高出力2500hp/2000rpm。全長124インチ(3.15m)、全幅65インチ(1.65m)、全高77インチ(1.96m)。重量は約10700ポンド(4853kg)とコンパウンドタービンが追加されていた分わずかに大型化していた。ただし性能向上が想定よりは低く、製造コストも運用コストも標準のデルティックよりも上昇することが確実だったため1基の試作のみで中止となった。ただしターボコンパウンド自体の限界性能は関係者全てが注目するところでもあったことから、試作過程での出力試験中に敢えて限界オーバーブーストでの運転を実施、5600hp(ブースト圧などの条件は不明)という驚異的なデータを記録したものの、記録後にエンジンはブローしたと言われている。すなわちこのパワーレンジがデルティックのメカニカルコンポーネンツの物理的限界だったということである。

デルティックT18(PHOTO:Napier)

量産型デルティックD18の性能向上型は、1956年中までにネピアはシリーズIIデルティックとしていくつかのマイナーチェンジを行った。その中のメインかつ実用機としても成功したのは排ガス駆動の軸流タービンを既存の遠心コンプレッサーの追加動力として導入した仕様であり、機械駆動+排ガス駆動で過給機の能力を大幅に向上させていたのが特徴だった。E171/E239デルティックT18と名付けられたこの仕様は、最大過給圧が19psi(1.31bar)に高められていたことに加えて基本となる燃焼解析が進んだ結果、圧縮比も17.9:1に高められた。燃焼温度が上がったことに対応するためピストンのデザインが強化型へと一新され、インジェクターも気筒当り3本となった。デルティックT18の出力は、フルブーストで3100hp/2,100rpm、巡航定格で2400hp/1800rpmだった。燃料消費率はそれぞれ毎時0.414ポンド/馬力、0.404 ポンド/馬力である。エンジンのサイズは全長118インチ(3.00m)、全幅75インチ(1.91m)、全高84インチ(2.13m)。乾燥重量は、舶用逆転ギアボックス付きで約13630 lb (6183 kg)、ギアボックスなしで11050 lb (5012 kg)だった。ターボ付きの9気筒仕様であるE172/E198デルティックT9も製品化され、こちらの最高出力は1100hp/1600rpmだった。

デルティックCT18(PHOTO:Napier)

ネピア・デルティックの最終進化型となったのは1966年に完成したシリーズIII E263デルティックCT18だった。ターボチャージャー付きのT18の吸気マニホールド部に水冷アフタークーラーを取り付けたこの仕様は、吸気温度がクーラー無しの259°F(126°C)から144°F(62°C)へと大幅に低下し充填効率が向上していた。デルティックCT18の最高出力は3700hp/2100rpmに達しており、燃料消費率は毎時0.403ポンド/馬力に増加していたものの許容範囲だった。巡航時定格出力も2750hp/1800 rpm、燃料消費率は毎時0 .395 ポンド/馬力と、初期型D18の最高出力に匹敵していたことからも進化レベルが理解できた。この仕様は二年後の1968年には、さらなる手直しを経て最高出力4000hp/2100rpm、燃料消費率毎時0.401ポンド/馬力に、定格出力もまた3000hp/1800rpm 、燃料消費率毎時 0.399 ポンド/馬力となった。この仕様は1968年から1970年代を通じて数多くのイギリス海軍艦艇に搭載され、その多くが1980年代まで現役の座にあった。近年は数が減ってはいるものの、一部の掃海艇の中にはまだ現役を務めている個体もある。また前述したイギリス国鉄の機関車は既に全機現役を退いているものの、現在でも数台がイギリス国内の保存鉄道において動態で維持され、イベント等でその特徴的なエンジンを始動しては熱心なファンを喜ばせている。
ネピア・デルティックは2ストロークサイクルゆえの排気ガス対策の問題から現時点では営業機としての存在は難しいかもしれない。しかし限られたスペースで最高の出力を発揮させるというその設計思想は、内燃機関の歴史において一つの時代を作ったことは間違い無い。【完】

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著者プロフィール

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矢吹明紀

フリーランス一筋のライター。陸海空を問わず世界中のあらゆる乗物、新旧様々な機械類をこよなく愛する。…