目次
概要
非破壊検査は“物を壊さずに”内部の傷の有無およびその大きさや形状を調べる検査で、検査手法として人体にも無害で安全性の高い超音波が幅広く使用されている。超音波検査では、人体の検査を中心に、超音波伝搬性と滑らかな操作性を高いレベルで両立する液体の接触媒質が広く用いられている、インフラの保守点検分野では、検査対象の内部に液体が浸みてしまい構造物・機器等の不良や劣化等につながる懸念が残ってしまう。この影響を最小化するための追加作業が必要となり、現在インフラ分野では、固体の接触媒質である粘着性シートの利用が進められているが、固体の接触媒質は、超音波伝搬性と滑らかな操作性がトレードオフの関係にあり、作業時間が増えてしまうことが課題となっている。
今般、東芝は“柔らかいシート”と“滑り材”の独自構成からなる「滑る超音波透過シート」を開発し、超音波伝搬性と滑らかな操作性の両立を実現させた。検査位置の変更時には構造物・機器表面を低摩擦で移動し、検査時には荷重を加えてシートを検査対象に押し付けることで、超音波を伝搬させる機構を有し、その応答性を高速化。超音波非破壊検査では、検査対象の表面をなぞるような多点測定が必要なため、従来の固体の接触媒質である粘着性シートを用いた時の検査時間と比較すると大幅な時間短縮が見込まれている。また、現在広く普及する液体の接触媒質を用いた超音波非破壊検査方法と比較すると、点検時に液体の塗布のため必要だった検査部位以外の部分の養生や検査後に塗布した液体の接触媒質の除去が不要となるため、保守点検の効率向上や自動化に貢献する。さらには、これまで液体が除去しづらいため、超音波非破壊検査の実施が難しかった検査対象への適応も可能になる。
開発の背景
産業プラントやインフラなどの構造物や機器を対象とする非破壊検査の世界市場は2018年度の3兆1,194億円から2028年には4兆9,237億円と年平均成長率(CAGR)4.7%で伸長すると予測されている。世界的にインフラの老朽化と人材不足の課題に直面する中、現在、非破壊検査のプロセスの改善・効率化が進められている。非破壊検査の検査手法として超音波が幅広く使用されており、中でも、超音波パルスを送信し傷などからの反射波を受信する「パルスエコー法」が簡便な手法として広く用いられている。
超音波は伝搬しやすさが異なる物質の間では反射してしまう性質がある。そのため、超音波を送受信するセンサー(探触子)と検査対象の間に、センサーや検査対象の構造物や機器よりも超音波伝搬性能が低い空気が存在すると検査がしづらくなってしまう。そこで、人体の超音波(エコー)検査を中心に、超音波を検査対象に伝搬させるためのゼリーをはじめとする液体の接触媒質が広く用いられている。インフラ保守点検においても同様に接触媒質が必要となる。
液体の接触媒質を塗ると、超音波は検査対象に伝搬するようになり、かつ探触子の滑らかな操作性の両立が実現されるが、検査対象の内部に液体が浸みてしまい構造物・機器等の不良や劣化等につながる恐れがある。この影響を最小限に抑えるため、検査前に検査部位以外の部分の養生や、検査後に塗布した液体の接触媒質の除去が必要となり、検査業務が煩雑となり効率化に課題が残っていた。また、液体の吸収性が高い素材や多孔質の材質には使いづらく、そもそも接触媒質を塗布することが構造物や機器そのものを傷め使用できない場合もある。
こうした課題に対応するため、インフラ分野では、近年、固体の接触媒質である粘着性シートの利用が進められている。粘着性シートはシリコーンゴムシートなどの高分子弾性体で、固体であるため、浸食により検査対象を劣化させる可能性が低くなるが、粘着性が高いため、探触子の滑らかな操作ができず、検査部位ごとに都度、スタンプのように引きはがす必要があり操作性の課題が残っている。
こうした状況下、超音波伝搬性と滑らかな操作性の両立を実現する固体の接触媒質の開発が求められていた。
「滑る超音波透過シート」の技術的特長
上記の課題を解決するため、東芝は、液体の接触媒質のように検査対象への超音波伝搬性を維持したまま操作性を向上させる「滑る超音波透過シート」を開発した(図1)。「滑る超音波透過シート」は“柔らかいシート”と“滑り材”からなる独自の構成となっている。超音波伝搬性を維持させるため、検査対象と探触子間の空気層を除去し、検査対象や探触子表面にある凹凸にも対応できるように、自在に形状を変え密着する柔らかいシート状のものを採用、シートの下には検査対象との摩擦が小さい滑り材が設けられている。
この「滑る超音波透過シート」を探触子に装着すると、滑り材により検査対象の表面を滑らかに移動しながら、検査時には、荷重を加えてシートを検査対象に押し付けることで、滑り材がシート内部に押し込まれ、空気層を除去し検査対象に密着させることができる。検査後は荷重を解除すると押し込まれた滑り材が元の状態に戻り、探触子を再び滑らかに移動させることができるようになる。
東芝は「滑る超音波透過シート」を用いてインフラ構造物に多く使用されるステンレス鋼の検査を行ったところ、荷重を加えてから超音波が十分に検査対象に伝搬するまでの応答時間が50 ms以下となり、粘着性シートと比較して高い応答性が確認された(図2)。また荷重を解除すると滑り材が速やかに元の状態に戻り、滑らかに移動できるようになる。この「滑る超音波透過シート」を用いると検査対象の表面をなぞるように移動させることができ、短時間に多点の検査が可能なため、検査時間の大幅な短縮が可能であると試算されている(図3)。さらに、液体の接触媒質を用いた場合と比較しても、検査前の養生や検査後の接触媒質の除去が不要となるため、保守点検作業の簡略化により検査時間の短縮と、将来的な保守点検作業の自動化の促進に貢献する。