ホンダ・ゴールド ウィングのサスペンション[モーターサイクルの運動学講座・その8]

2018年1月ホンダのフラッグシップ、ゴールド・ウィング(Gold Wing)が17年ぶりにフルモデルチェンジされました。新機構満載のニューモデルですが、ここではそのサスペンションについての講義とともに、なんとスーパーカブとの近似性についても解き明かします。
TEXT&FIGURE:J.J.Kinetickler PHOTO:HONDA

ホンダ・ゴールドウィングの概要

 2018年1月、17年ぶりにフルモデルチェンジしたホンダ・ゴールドウィングです。

通称名:Gold Wing Tour(Gold Wing)
車名・型式:ホンダ・2BL-SC79
全長 (mm) :2,615(2,475)
全幅 (mm) :905
全高 (mm) :1,430(1340)
輪距 (mm) :1,695
車両重量 (kg):389(366)
最小回転半径 (m): 3.4
エンジン型式・種類:SC79E・水冷 4ストローク OHC(ユニカム)水平対向6気筒
総排気量 (cc):1,833
内径×行程 (mm) 73.0×73.0
最高出力 (kW[PS]/rpm):93[126]/5,500
最大トルク (N・m[kgf・m]/rpm) 170[17.3]/4,500
燃料タンク容量 (L):21
変速機形式:電子式7段変速(DCT)
変速比:1速 2.166 2速1.695 3速1.304 4速1.038 5速0.820 6速0.666 7速0.521 後退4.373
減速比(1次/2次):1.795/0.972×2.615
キャスター角(度)/トレール量(mm):30°30´/109
タイヤサイズ:前130/70R18M/C 63H 後200/55R16M/C 77H
ブレーキ形式:前油圧式ダブルディスク 後油圧式ディスク
懸架方式:前リンク式 後スイングアーム式(プロリンク、プロアーム)
フレーム形式:ダイヤモンド

ホンダ・ゴールドウィングの重心位置

 図中の直角二等辺三角形は以前講義した「理想の重心位置」ですが、このようなモデルには適応されていないことがわかります。大排気量の水平対向エンジンを搭載し、足つき性を確保するためにシート位置をその後方の低い位置に置く。必然的にホイールベースが長くなる。重心位置の公表データはないのですが、重心高(含むライダー):600mm、前輪から重心までの距離930mm(前輪荷重配分45%)と仮定し作図を進めます。

 「理想の重心位置」より下の直角二等辺三角形の内側に重心がある場合、この車両の基本的限界モードは加速時リヤホイールスピン減速時2輪スリップです。こんな超ヘビー級のMCがウィリーやジャックナイフするのは願い下げなので、そういう意味では正しい車両パッケージングです。

ホンダ・ゴールドウィングのシャシー

 車両全体のパッケージがよくわかる画像です。

 フロントタイヤの後端までギリギリに詰められたパワープラント、ライダーの前方から尻下まで伸びている大容量の燃料タンク(21L)、その前の大型エアクリーナー、ラジエータはエンジンの真上、エアクリーナの下の左右に1個づつ、電動ファンとともに置かれています。

 最近のMCは燃料タンク風の部分がエアクリーナーなどに置き換わっていることが多いです。騒音規制強化によるエアクリーナーの大型化、重心位置の調整や車両パッケージ上の制約が要因と思われます。

 また特徴的なフロント・ダブルウィッシュボーン式(4リンク式)サスペンション、2軸のステアリング系などの構成をはっきりと見ることができます。特に2軸式のステアリングはキャスター軸と関係なくステアリング軸を後退(赤太矢印)させることができるので車両パッケージデザインに大きく貢献しています。

ホンダ・ゴールドウィングのフレームとサスペンション

 完全に骨格だけになったゴールドウィングの画像にサスペンションリンクとステアリング軸をかさね書きしてみました。フロントのダブルウィッシュボーン(4リンク式)サスペンションと2軸ステアリング機構、リヤのドライブシャフト内蔵の超ロングスイングアームがよくわかります。リヤサスペンションはBMWのパラレバー式と異なり単純なスイングアームですが加速時の極端な尻上がりを軽減するためもあって超ロングアームになっています。

 少し横道にそれますが、リヤのスプリング・ダンパーユニットはプロリンク(プログレッシブレートリンク:バウンドするにつれてホイールレートが段々と高くなるリンク)が使われています。図に示すようにスイングアームが同じだけバウンド(+a) /リバウンド(-a)した時、コイル・ダンパーユニットのストロークを見るとバウンド側が大きく()リバウンド側が小さく()なっていることでわかります。

 同じようなばね特性は不等ピッチスプリングを使っても達成することはできますが、ダンパーの速度までは変えることができません。プロリンクならダンパーの特性もプログレッシブにすることができます。バウンド側でレバー比が小さくなって効きがよくなるだけでなく、ダンパーのピストン速度も高くなるのでさらに減衰力が大きくなります。プロリンクを使う理由はこれです。

 一方、プロリンクはサスペンション・ジオメトリーに関係があると思われるかもしれませんが実はプロリンクそのものは無関係です。一般的にスプリング・ダンパーユニットの位置やリンク構成、車体側着力点はサスペンション本体の機構や力の釣り合いには無関係なのです。

 目の付け所は「サスペンション・ジオメトリーに関係するのはスピンドル(車軸)とタイヤ接地点の動きだけ」だということ。そういう基準で考えるとプロリンクは無関係だとわかりますね。

ホンダ・ゴールドウィングのフロントサスペンションとステアリング

 フロントのダブルウィッシュボーン(4リンク式)サスペンションと2軸ステアリング機構です。ダブルウィッシュボーンというのは本来上下がAアームで構成されるサスペンションなので、この場合正しくは「上下台形アーム4リンク式サスペンション」です。

 アッパーアームとロアアームで車体側とバネ下のフロントフォークホルダーが支持されています。バネとダンパーはロアアーム上に置かれ、その上部は車体に取り付けられています。フロントフォークがフロントフォークホルダーにベアリングで支持されキャスター軸を構成しています。キャスター軸とは別にステアリング軸を車体側に設け、2本のステアリングタイロッドでステアリングアームにつなげられています。

 この構成、実はリンク機構として「一般的」には成り立っていません。必要な自由度が不足しているのです。こういう場合は「特殊解」をさがす必要があります。ステアリング機構がなければ「車体側とフロントフォーク側のアーム軸がすべて平行」(黄色軸という条件だけで「特殊解」が成立するのですが、ゴールドウィングは2本のステアリングタイロッドがさらに余分な拘束をして動きません。ステアも考慮すればステアリングタイロッドが一本だけなら成り立つのですが、サスペンションの上下動だけでステアしてしまい直進すらできなくなります。

 唯一の成立条件は2本のステアリングタイロッドも含めて「側面視ですべてのアームやリンクが同じ長さ、同じ傾き」であることです。たしかに側面からみるとアームとリンクの長さと傾きがすべて同じに見えます。

 クルマのダブルウィッシュボーンサスペンションの場合は上下アームの長さや傾きが違っていてもステアリング・タイロッドが一本しかないので成立します。いやむしろ上下アームの長さや角度を意識的に変えることによって必要な特性をつくり込みます。

 しかしこの実質「トリプルウィッシュボーン」ともいえるサスペンションで唯一チューニングが可能なのは「アームの長さと傾きを3組同時に変える」ことだけなのです。さらにステアを可能にするためには「ステア軸はキャスター軸と平行」でなければなりません。

フロントサスペンションとステアリングの秘密

 このフロントサスペンションはBMWのデュオレバー(Duolever)サスペンションに似ていますが、大きく異なるのがステアリング系です。デュオレバーは台形アームの代わりにAアームを採用してキャスター軸をつくり、2本のステアリングタイロッドの代わりに飛行機のランディングギア(着陸装置)にみられる「トルクアーム」を使ってステアします。トルクアームを使えば自由度は確保できますが、ステアリング軸とキャスター軸は一直線上に並べないといけません。またトルクアームはステアリング系の剛性にも不安があります。そのかわり上下アームの長さや角度のチューニングが可能なのです。

 ホンダはステアリング系の剛性を優先し、またステアリング軸をライダーに近づけるためキャスター軸とステアリング軸の分離を選んだということでしょう。ホンダの選択したこのリンク形式は面白いけれど面倒な特性があります。それは側面から見た時にリンクとバネ下(車体を支えるばねより下流にあって車輪の上下動と共に動く部分)がすべて同じ軌跡で上下にストロークすることです。この図でいうとAEが全て同じ軌跡で動きます。

 乗心地のためにはスピンドルはタイヤがバウンド(上方にストローク)する時、斜め後方に動かしてショックをかわしたいのですが、そうすると接地点も同じ方向に動いてアンチダイブ率がマイナスになってしまいます。またスピンドルや接地点は上下動で特性を大きく変化させたくないので大きな半径で動かしたいのですが、そのためにはアッパーアーム、ロアアーム、ステアリングタイロッドをセットで長くしなければなりません、しかしこれは車両への搭載が難しい…

サスペンションの作動と特性

 その種々の制約の中でホンダが出した結論がこの配置です。フロントサスペンションは機構の自由度の制約のためアッパーアーム、ロアアーム、ステアリングタイロッドがすべて「後下がりの等長・等角度」になっています。その結果接地点もスピンドルも、バネ下のすべての部分が等長・等角度でストロークします。

 アームが後下がりになっているため、アームの角度から作図するとアンチダイブ高さは-60mmとなり、重心高600mmからアンチダイブ率は-10% (-60mm÷600mm×100%=-10%)となります。この値自体は小さいのですが、アーム長が短いためダイブすればするほど更にマイナスのアンチダイブ(プロダイブともいいます)が大きくなってしまいます。もしかすると、この特性はライダーに感じられるかも知れません。ちなみにBMW K1200Sのアンチダイブ率は+28%でした。

 逆にスピンドルはバウンド時に斜め後方へストロークするので乗心地の上では大変好ましい。このわずかに後傾したリンクの角度がホンダの出した乗心地・操縦性をバランスさせた結果だと思われます。つまり機敏な操縦性よりも安定性・乗心地を重視した設計です。このMCの位置づけやオーナーの特性を考えると当然の方向です。

 次にリヤですが、シャフトドライブ式なのでスイングアームの車体側ピボットが加速、エンジンブレーキ、制動のすべての荷重を受ける点になります。後輪接地点とスイングアームピボットを線で結び、それを前輪の真上まで延長します。その線が制動力配分の垂直線を横切る交点がアンチリフト高さ(280mm)、前輪の接地点から上に伸ばした垂直線を横切る交点がアンチスクォート高さ(935mm)です。

 アンチリフト高さと重心高さとの比が制動時のアンチリフト率で47% (280mm÷600mm×100%=46.6%)、アンチスクォート高さと重心高さの比が加速時のアンチスクォート率156% (935mm÷600mm×100%=155.8% )になります。この値は加速時に荷重移動とは逆にリヤがかなり大きく持ち上がる設定です。

 しかしこれでもスイングアーム時代のBMWの200%よりはマシな値で、超ロングスイングアームの効果だといえます。BMWのパラレバーのような4リンク式サスペンションにすれば設計自由度は向上しますが、ホンダはそれを潔し(いさぎよし)とはしなかったのでしょう。

ホンダ・ゴールドウィングのアンチダイブ/アンチリフト・マッピング

 以上の結果をアンチダイブ/アンチリフト・マッピングに示しました。図中右下のAがマッピング位置です。この領域()は一般的なMCのフロントテレスコピック/リヤスイングアームと同じです。この領域は制動時にフロントは少し大きめに沈み込み、リヤがやや持ち上がるというキャラクターになります。

 BMW K1200Sが中央の黄色い領域にあるのに対して、ゴールドウィングはフロントがテレスコピック式よりは控えめですがアンチダイブ率がマイナスというのはフロントサスペンションの構成による制約と乗心地とのバランスをとった結果だと思います。

ゴールドウィングとスーパーカブの意外な共通点

 ホンダ スーパーカブ・スーパーカスタム(SC)と2代目ゴールドウィングについて2回にわたって講義しましたが、これらの時代も、位置づけも、大きさも、質量も、価格も…すべて異なる2台のMCに意外な共通点を見つけました。

 フロントサスペンションのコンセプトが全く同じ「平行等長リンク」なのです。違いはスーパーカブSCが「ばね上」(*1)でステアするのに対してゴールドウィングは「ばね下」(*2)でステアするところです。その違いによりゴールドウィングは全てのリンクが「等長/等角度」でなければならず、ステアリングリンクもリモート式などリンク機構として制約が大きいのに対しスーパーカブSCはその制約がないのです。

 実はスーパーカブSCは上下リンクの長さや角度をそれぞれ自由に設定でき「平行等長リンク」でなくても成り立ちます。またばね下質量(*3)もスーパーカブSCがハブとブレーキ、タイヤ・ホイールだけなのに対しゴールドウィングはそれに加えてフロントフォーク、フロントフォークフォルダーも加わるので、サイズの違いを考慮してもスーパーカブSCの方が小さめです。

 ただフロントブレーキをディスクにする場合、ステア軸回りの慣性モーメントを減らす(キャスター軸になるべく近づける)ためキャリパーを車軸の後側に取付けたいのですが、リンク配置から車軸の前側に付けるしかありません。スーパーカブのフロントサスペンションはドラムブレーキだから成り立つ設計です。

 ホンダがゴールドウィングで実現しようとしたことはまず車両パッケージ向上です。大きく長い水平対向6気筒エンジンと前輪を限りなく近づけること。そのためにテレスコピックのようにバウンドでタイヤが後方に大きく移動しないようにすることと、ステア軸を後方に乗車したライダーに近づけるためにステアリング軸とキャスター軸を分離すること、そして当然ながら乗心地と操縦性を両立させることだったのでしょう。

 それにしても、ホンダ創業期のスーパーカブと最新のフラッグシップMCたるゴールドウィングという、古いものと新しいものが不思議な糸で結ばれていたのは興味深い発見でした。

(*1) ばね上:車体を支えるばねより上流にあって車輪の上下動に対して動かない部分
(*2) ばね下:車体を支えるばねより下流にあって車輪の上下動と共に動く部分
(*3) ばね下質量:ばね下部品の質量。車輪より少なく動くものはその割合で質量を小さく計算する。

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著者プロフィール

J.J.Kinetickler 近影

J.J.Kinetickler

日本国籍の機械工学エンジニア。 長らくカーメーカー開発部門に在籍し、ボディー設計、サスペンション設計…