国産車初のエアバッグを採用したホンダ「レジェンド」

国産車初のエアバッグを採用したホンダ「レジェンド 」

1987年、ホンダは自社のフラッグシップセダン「レジェンド」に、日本車として初めて運転席エアバッグを搭載した。これは安全装備の歴史における大きな転換点であった。

レジェンドはホンダが海外市場も視野に入れて開発した高級セダンで、高級志向と先進安全を前面に出した広告展開が行われた。

メルセデス・ベンツやBMWといった欧州高級車に対抗する存在として投入された。そこに最先端の安全技術であるエアバッグを採用することは、ホンダが「世界の安全基準に挑む」という強い意思を示すものでもあった。

エアバッグは事故時に瞬間的に膨らみ、ドライバーの頭や胸を守る仕組みである。当時のカタログでは「シートベルトとともに乗員を守る二重の盾」と表現され、単なる便利装備ではなく“命を守る技術”として強調された。

もっとも、当初はオプション扱いであり、装着には追加費用が必要だった。価格は数十万円単位と高額で、実際に選択するユーザーは限られていた。それでも「安全のためにお金を払う」という価値観を広めた点で、この試みは画期的だったといえる。

1987年の時代背景と流行

Sクラスセダンおよびクーペの量産車に運転席エアバッグと助手席シートベルトテンショナーを組み合わせたシステムを導入。1981年2月、メルセデス・ベンツはアムステルダム国際モーターショーでこのシステムを発表した。

1987年は、日本経済がバブル景気へと突入し始めた時期である。株価や地価は上昇を続け、都心には次々と高層ビルが建設され、街全体が「拡大」と「豊かさ」を象徴していた。

ファッションでは肩パッド入りのジャケットやワンレン・ボディコンといった華やかなスタイルが流行し、夜の街ではディスコ「マハラジャ」やカラオケボックスが若者の社交場となった。消費意欲が旺盛だったこの時代、人々は「最新であること」「高級であること」に強く価値を感じていた。

自動車市場も同様である。トヨタ「ソアラ」や日産「レパード」といった高性能クーペが人気を集め、国産車の高級化競争が進んでいた。車は単なる移動手段ではなく、所有者のステータスやライフスタイルを映し出す存在だったのだ。

その流れの中で登場したホンダ「レジェンド」は、ホンダも欧州勢に肩を並べる高級車を開発するという宣言でもあった。そして最新装備であるエアバッグを採用したことは、単に安全性能を高めただけではなく、「先進的でハイセンスな車」という時代の価値観に合致していた。

レジェンドのエアバッグは、安全技術であると同時に、バブル時代の「最新=魅力」という消費心理を象徴する装備でもあったのである。

高額オプションから必需品へ、エアバッグ普及への道程

運転席と助手席に加えてカーテンエアバッグなども登場

1987年にホンダ「レジェンド」がエアバッグを採用した時点では、この装備を選ぶ人はごく僅かだった。オプション価格は数十万円と高額で、一般ユーザーにとっては手が届きにくい存在だったからである。さらに「本当に役に立つのか?」という疑念もあり、広く受け入れられるには時間を要した。

しかし1990年代に入ると状況は変わっていく。トヨタ「クラウン」や日産「セドリック/グロリア」といった国内の高級セダンにエアバッグが次々と搭載され、安全のために必要な装備という認識が広まり始めた。1990年代半ばには助手席エアバッグも普及し、家族全員を守るための装備として価値が高まっていく。

警察庁や国土交通省のデータによれば、1996年には新車販売時点でのエアバッグ装着率が約30%に達している。さらに2000年代に入ると軽自動車にも標準化が進み、都市部だけでなく地方のカーライフにも当たり前のように組み込まれていった。

現代では、運転席と助手席に加えてサイドエアバッグ、カーテンエアバッグ、さらには膝部を守るニーエアバッグまで登場し、乗員保護の範囲は広がり続けている。1980年代には一部の高級車にしかなかった装備が、いまや大衆車や軽自動車にも標準で備わっているのが当たり前だ。

その原点に、1987年のレジェンドがあったのである。

日本車の安全装備史を変えたホンダ「レジェンド」の一歩

1987年に登場したホンダ「レジェンド」は、日本車として初めて運転席エアバッグを搭載したモデルであった。まだ装着率が低く、未知の装備として受け止められていた時代に、安全技術を前面に押し出したその姿勢は革新的だった。

バブル景気のまっただ中、華やかさや高級感がもてはやされていた社会において、ホンダは「安全」という目に見えにくい価値を商品として提示した。その挑戦が後の国産車全体に波及し、やがてエアバッグは家族や自分の命を守る当たり前の装備へと変わっていった。

今、何気なく乗っている軽自動車やコンパクトカーに標準で付いているエアバッグ。その出発点には、一台のレジェンドが切り拓いた道がある。

安全装備の歴史を振り返るとき、1987年のその一歩は決して忘れてはならない出来事なのだ。