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4G63を1034馬力へと導いた若きチューナーの熱意と技術
最速8.8秒の驚速ドラッガー!
日本や欧州ではラリーの印象が強い歴代の三菱ランサーエボリューション。アメリカでの正規輸入が開始されたのは、2003年発売のランエボVIIIからと意外に遅かった。その同じ年に公開されたワイルド・スピードの2作目に登場したことで人気に火がつき、今でもランエボ=スポコンというイメージは根強い。
だが、もともとパワーアップに向いた鋳鉄ブロックを持つ4G63型2.0L直4ターボとフルタイム4WDのポテンシャルを骨の髄まで楽しんでいるのは、全米各地に住むドラッグレーサー達と言えるだろう。カリフォルニア州サンディエゴでDr.boost(ドクター・ブースト)というショップを経営しているスティーブン・サワヤも、その一人である。
父親がランエボを購入したのを機に三菱車と4G63型エンジンに興味を持ち、自分は当初エクリプスを乗り回していたというスティーブン。ドラッグレースにハマってからは、ほどなくして「4G63はイージー・トゥ・メイク・パワーな夢のパワープラントだ!」と覚醒し、ランエボをレースで速く走らせることに没頭。遂には地元で専門ショップを開業するに至るほど、4G63ひと筋の人生を送ってきたのである。
スティーブンは、アメリカ西海岸で日本車ベースのドラッグレースシーンを長年牽引してきたIDRC(インポート・ドラッグ・レーシング・サーキット)にも参戦。ここ数年は中部オハイオ州のサミットモータースポーツパークで開催されている大舞台、“THE SHOOTOUT(ザ・シュートアウト)”でも名を挙げ、ショップの知名度を州内外に広めてきた。
スティーブンが所有するランエボの中でも、特に大幅な軽量化が施されたレース専用仕様が今回の車両。最高出力はなんと1034ps、最大トルクは99.3kgmという驚異的な動力性能を誇る。全米トップレベルの猛者たちが1/4マイル7秒台後半から8秒台前半のタイムを叩き出し、9秒を切ることがひとつのマイルストーンと言われる中、パーソナルベスト8.8秒、終速268km/hをマークしている激速ドラッガーだ。
チューニングの下敷きにしているのは、スティーブンが敬愛するアメリカの4G63レジェンド、Buschur Racing(ブシャール・レーシング)のマシンメイク。9秒の壁を超えるノウハウの多くをブシャールから学び、エンジンには同社が手がける2.0Lショートブロックとステージ3シリンダーヘッドを使用している。
これは、内部に鍛造ピストンなどの強化部品を組み込み、バランサーをデリートしてあるレーシングユニットだ。
日本のチューニングと比べて、見た目にも違いが分かりやすいのはタービンのレイアウトだ。タービン前置きを実現するEXマニと周辺パーツで構成されたフォワード・フェイシング・ターボキットを使用し、T3フランジのフォースド・パフォーマンス製スーパー99ターボチャージャーをフロントにマウント。グリルからコンプレッサーホイールが丸見えになる無骨さが、なんともアメリカ臭い。
E98というレース専用エタノール燃料を使用し、純正ECUをベースにした独自のチューニングも施してある。かなり小さいラジエターを使っているが、容量はこれで十分とのこと。電動のウォーターポンプも使用している。
足元には、ビーラック製レーシングホイールにミッキートンプソンのドラッグタイヤを装着。空気圧を落とした際のタイヤの脱落を防ぐビードロックも装着されている。駆動系はファイナル4.30のドラッグレース用ドグミッションとLSD、カスタムメイドのカーボン製プロペラシャフトと強化型ドライブシャフトを使用し、トラクションを確保。
下回りにはマグナス・モータースポーツ製チューブラーサブフレーム、ファットレース製4ガロン(約15L)燃料タンクが見える。燃料タンクにはトリプルフューエルポンプも内蔵されている。
一方の室内は、不要な部品は徹底して取り外して軽量化を図り、レースレギュレーションに準じたロールケージを装備。アルミパネルを曲げたシンプルこの上ないダッシュに計器類、電動ファンなどを作動させるスイッチ類をマウントする。
パイプでがっちり固定したコラムにMOMOのステアリングを備え、カーキーの軽量フルバケットシートも装備。シフターは純正のHパターンを使用している。助手席の足元に見えるのは、室内側に設けられたオイルキャッチタンクだ。
外装は、カーボン製トランクフードとレキザン(ポリカーボネート)製ウインドウを使用して軽量化。レースに不要なヘッドライトは取り外し、バンパー両サイドの開口部と同様にパネルで塞ぐことで空気抵抗を抑制している。
バンパー右サイドに出口を設けたワンオフのエキゾーストは途中でバイパスさせた2本出しだ。片側にウエストゲートバルブが設けられ、ブースト圧1.75キロ付近で開放する。
将来的にはビレットブロックを導入して、さらなるパワーアップとタイム更新を目指したいと話すスティーブン。その一方で、ドラッグレースで培ったノウハウをストリートマシンにフィードバックするクルマ造りにも積極的で、SoCal周辺に住むカスタマーからの信頼も厚い。まだ28歳(取材時)と若く、今後の展開が楽しみなスティーブン率いるDr.boost。日本のランエボ乗りにも、ぜひ注目してもらいたい存在だ。
PHOTO:Akio HIRANO/TEXT:Hideo KOBAYASHI