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キモは純正の限界を超える切れ角アップとトラクション
ヴィトー博貴選手が駆るワンビアの全貌に迫る!
2021年のD1ライツにシリーズ初参戦すると、圧倒的な強さでシリーズチャンピオンを獲得。そんなヴィトー博貴選手のS13シルビアだが、最高峰のD1GPへ戦場を移してからもベース車両は同じまま。マシンスペックの差に苦戦していたD1GP初年度から試行錯誤を繰り返してきたという、ライツ仕様からGP仕様に変わっていく現在までのアップデートの数々を探っていこう。
ヴィトー選手の名前を一躍有名にしたのは2011年の全日本ドリフト王座決定戦、通称“学ドリ”の東西統一王者に輝いたことだった。だが、それからのヴィトー選手は表舞台での活躍から少し離れた存在へ。大会へ出場を願う競技志向ではあったものの、資金面などのハードルでD1地方戦やMSCチャレンジで腕試しをする程度に留まっていた。
大きな転機が訪れたのは2018年。マシンを用意してくれるというチームのもとで、フォーミュラドリフトジャパン(FDJ)にフル参戦した。この時はマシントラブルが続き不本意な結果に終わったものの、翌年はプライベーターとしてFDJにスポット参戦したいという気持ちになったそう。
だが、マシンがS13、エンジンがSR20という組み合わせは、早くもパワー的に限界を感じる内容だったと当時のことを話すヴィトー選手。思い切って2JZエンジンへの換装を模索し、パーツを集め出した頃にやってきたのが新型コロナウイルスの世界的流行だった。自身のお店の経営も大きな影響を受け、2020年は一度もドリフトをする余裕がなかったという。
しかし、その一方で前向きな話もあった。2019年までFDJで柳杭田選手(現・KANTA選手)をサポートしていたTOPTULから、それまで柳杭田選手が乗っていた2JZ換装のS13でD1ライツへ参戦しないかという提案があり、それがそのまま参戦初年度での2021年シリーズ優勝へ繋がったのだった。
シリーズタイトルを獲得し、同じくTOPTULのサポートのもと2022年はD1GPへステップアップすることが決定。そこで話し合われた内容は、ロールケージなどの安全規定をD1GPに合わせる他は、冷却に有利だがD1ライツで違反となり使えなかったリヤラジエター化をするのみで2022シーズンへ挑むという方針だった。
元々、エンジンはHKSの3.4Lキャパシティアップグレードキットを組んだ2JZで戦闘力は十分。タービンはギャレットGTX3584RSを用い、柳杭田選手が乗っていた頃のFDJではレースガスによるセッティングで830psを出していたものを、ライツ規定のハイオク燃料に合わせ690psに抑えていたこともあり、大きな仕様変更は不要と考えていた。足回りも同様にNスタイルの中村直樹ナックルと、リヤは日産純正マルチリンクの調整式ピロアームというセットは変更せず。
「だけど、D1GPに上がって一番に感じたのはクルマのポテンシャルの差でしたね。単走はコースに合わせてDOSSの評価をなんとかすればまず通ってたんですけど、追走はヨーイドンで置いてかれる。オートポリスでダイゴ選手と当たった時なんてあっという間でした」と2022シーズンを振り返るヴィトー選手。
なんとか1年間を戦い抜きシリーズ11位の成績となったが、これ以上を目指すのであれば翌年へ向けて、『D1ライツマシンの延長』から『本物のD1GPマシン』へのアップデートがマストであった。
まずは、重量規定はクリアしていたものの、ホイールの関係もありライツ同様の265幅に留めていたタイヤのサイズアップ。リヤタイヤを265/35-18から285/35-19へ、フロントを245/40-17から265/35-18へと大径化を図った。
エンジンパワーはタービンをビッグサイズのG40に変更。スノコGTプラスとE85エタノール燃料のハーフミックスにより最大ブースト圧1.8キロで980ps、トルク110kgmを発揮する。
タービン交換と同時に電子制御スロットル化も実行。クラッチや左足ブレーキは多用せず、右足の感触でアクセルコントロールを微調整するのが好みなヴィトー選手としては、エンジンブレーキが効きづらくなるアンチラグは機能させていないという。
D1GP初年度に実施されたリヤラジエター化。ウォータースプレーと二基掛け電動ファンにより床下へ熱気を排熱する。ライツ時代はハイオク燃料だったこともあり温度管理には苦労したが、現在はアルコール燃料も使用しているためトラブルフリーだ。
ビッグパワーを活かすためのメカニカルグリップの高さと、より深く安定した角度をキープするために、前後ワイズファブのアングルキットを導入。最大アングルを求める上で大きな武器になったようだ。
車高調はレーシングギアにオーダーしたフォーミュラXベースのヴィトー仕様(ベステックス製スプリング F11kg/mm R4kg/mm)を装着。トラクションを最大限に稼ぐためリヤの沈みを早くした上で、伸びづらい減衰特性になっている。
リヤもワイズファブに変更したことで、純正と比べとても良く動く足になったと太鼓判。リヤアライメントはあまりイジらず、一度セットが決まってからは空気圧と減衰でコースに合わせていくことが多いという。
D1ライツ参戦当時からミッションはTTIのシーケンシャルドグ、デフにはファイナル変更が容易なクイックチェンジを使用するなど、参加者の平均よりワンランク上のスペックだった。
助手席にあるのはトップツール池本社長のお手製というシート用クーラー。運転席シートの背面に冷却パイプをレイアウトしてあり、モーターでクーラーボックス内部の水を循環させる仕組みだ。
これだけの仕様変更を行なったことで、絶対的なポテンシャルの高さが上がった実感はあったと話すヴィトー選手。しかし、ワイズファブの導入によって格段に自由度が上がったサスペンションセッティングには1年間苦労し続けたようだ。
「とくにフロントのセットが決まらなかったですね。D1ではメカをやってもらってる横田卓三に“こういう動かし方をしたいけど、外から見てどうなってる?”と伝えて、“ヴィトーの乗り方やったらこうしたほうがええんちゃう?”みたいなやり取りを練習でも本番でも繰り返して。最初の方は全然ダメで純正に戻すことも考えたけど、エビスあたりからコツを掴み始めました」。
そうした苦戦がありつつも10位で終えた2023年のシリーズランキング。マシンの手応えは良好で、2024年に向けてもこれ以上に改善すべき点がほとんど見つからないという状態だった。
オートポリスまでの6戦で予選通過は3回、ランキング15位に付けている2024シーズン。「あとはもう少しトラクションを増やせないかと、ゆっくりですがリヤの足回りを煮詰めています。とりあえず、表彰台に上がってまず一勝するのが目標ですね」と後半戦に向けた準備を進めている最中だ。
TEXT:Miro HASEGAWA (長谷川実路) PHOTO:Miro HASEGAWA (長谷川実路) &Daisuke YAMAMOTO(山本大介)