路線バスは天塩高校生たちのスクールバス



しょさんべつ温泉岬の湯バス停を通過し明里へ。吹きすさぶ寒風のなかでバスを待ち焦がれていた女子高校生ふたりが乗ってくる。バス停まで家の人がクルマで送ってくれたのだろうか。札幌周辺や道南の高校生は冬でもコートを着ないでやせ我慢を競うものだと聞いたが、さすが道北ではそうもいかないらしく、天塩へ向かう高校生は分厚いダウンに温かそうなマフラーを巻いていた。通学リュックサックに「ちいかわ」やら「おぱんちゅうさぎ」やらのバッグチャームをぶら下げた女子高生の姿は、日本全国、どこも変わりはない。
対向車線を見馴れたバスがやってきた。幌延深地層研究センター前を早朝6時に発車した始発バスだ。留萌市立病院まで3時間48分の長丁場である。
遠別市街には沿岸バスの出張所があり、路線バスを利用する長距離客はトイレを使うことができる。ダイヤでは2分停車。バス停にはちょっとした行列ができていて、わさわさと10人余が乗り込んできた。そのうち7人は高校生で、バスの運行が再開されたこの日が始業式だという。車内はにわかに活気づいた。夜明けの鰊曇りは、一転、開け放たれ、さいはての太陽がまぶしく車内に差し込んでいる。今どきの高校生の会話が車内に満ちる。教科書を膝の上に広げている男の子がいるのは試験が近いからだろうか。遠別本町丁目で高校生ひとりを乗せ、遠別停留所では高校生ばかりの大行列ができていた。口々に「お願いしま~す」と挨拶して乗り込んできた高校生は22人。たちまち車内の座席は埋まり、立ち席が出るほどの混雑だ。遠別から天塩高校前まで、豊富駅行きの路線バスは、一転、スクールバスと化すのである。
定刻8時10分、バスは天塩高校前に到着。バスの箱をひっくり返したように高校生がぞろぞろと降りていく。運動神経が服を着ているような高校生たちだから、降りた歩道が凍っていようとバランスをとって器用に歩いていく。
「ありがとうございました」。
高校生たちは口々に感謝の言葉を残していく。さっきまでの高校生言葉で会話していた生徒たちとは思えない礼儀正しさ。それは誰に言われるでもなく、自然と口から出るバス運転手に対する感謝のあらわれなのだろう。通学の足を確保する・・・バスが動かなければ学校には通えないのである。
極寒地のバス停は危険に満ちている



天塩町を出て北上を続ける。さっきまでの騒がしさが嘘のように、車内は数人の年配者が残るばかりだ。バスはガタガタ振動し、ときに段差を乗り越え、ときにうねりを越えて走る。ふと見ると見通しのいい直線路の前方に黄色い回転灯が光芒を放っている。吹き溜まりに足を取られた乗用車の横を徐行して通過するとバスは再び加速。このあたりで無線交信がひんぱんに入ってくる。
「留萌の末広町のカーブが雪で狭くなっています」
「豊岬の先で波が道路までかかっています」
「小平の元浜で鹿の大群が道路近くまで降りてきています」
沿岸バスのバス停には待合小屋が設置されているところがある。極寒、吹雪、強風などの悪条件でバスを待つ乗客が利用する避難小屋で、冬場は必ずしも定時運行できないこともあるから、2坪ほどの建屋はありがたい存在だ。内部のベンチには毛布が敷いてあったり、除雪用のスコップが用意されているが、小屋の管理は地元の市町村や自治体が行なっている。バスの時間が近づくと乗客は小屋の外に出て待つのだが、猛吹雪の日などはそれもむずかしい。
「路線バスの運転手は毎日乗っているので、どこのバス停で何時ごろに誰が乗ってくるか、だいたいわかっていることが多く、そういうバス停は乗客が外に出ていなくても徐行するものです。お客さんの方も顔をのぞかせたり手を出したりしてバスに合図を送ろうとしますが、猛吹雪で外に出られないこともある。そういうときは小屋の回りが吹き溜まりになったままになっているか、足跡が付いていないかを確認するのです。小屋へ向かっていく足跡があればお客さんが中にいる可能性がありますからね。そういうときはとにかく停まる。寒い中でバスが行ってしまったら命に関わりますから」(沿岸バス羽幌営業所運輸課長・櫻井豊氏)。
バス停に停車するときはできるだけフットブレーキを使わない。早めにシフトダウンして速度を殺し、惰性でバス停に入るのが原則だ。バス停付近は停止~発進が繰り返される関係でタイヤで磨かれてミラーバーンのようになってることが多く、非常に滑りやすいからだ。
さらに、運転手はバスに乗り降りする乗客がバス停で足を滑らせないか、転倒しないかを注視しなければならない。雪が深いところではバス停と車道の間に馬の背のような盛り上がりがあることがあり、ここが踏み固められていて滑るのである。バスが停まると乗客は雪の盛り上がりを越えてバスのステップに乗るのだが、このとき滑って転びバスの車体の下に潜り込む事態も起こり得るのである。
バス2台が立ち往生した令和5年の暴風雪


令和5年の年明け、天塩地方は暴風雪警報が出る大荒れの天気となった。猛吹雪とホワイトアウトに襲われ、豊富行きのバスが天塩町で立ち往生する事態が発生したのである。
「この吹雪ではもう走れない。にっちもさっちも行かなくなって、バス2台の乗客を天塩町の温泉施設に避難させることになりました。1台目は夕方に着いたのですが、もう1台のバスが施設にたどり着いたのは23時半ごろ。突然のことだから素泊まり扱いで食事はない。お客さんたちは300mほど離れたところにあるセイコーマートに食料を買いに行きたいというのですが、天候はどんどん悪くなって、息もできないほどの猛吹雪です。視界はゼロ。方向感覚を失い、自分がどこにいるのかも分からない。出発点まで戻れないからほどで、『天気が回復したら連れて行ってあげますよ』と説得しましたよ。とにかく、お客さんの安全を守るのが私たちの仕事ですから。翌朝も吹雪が納まらなかったから、われわれも含めてみんなひもじい思いをしたことでしょうね」(沿岸バス羽幌営業所長・川村浩一氏)。
視界を失うほどの暴風雪に襲われ、それにともなって事故が発生すると、開発局と警察の判断で国道が通行止めになることもある。仮に行路の前後が通行止めになれば立ち往生してしまうから、運休の判断は早めに下さなければならない。
「留萌-豊富間のバスは、運転距離が南北に長いので天候の変化が大きいのです。留萌や羽幌で晴れていても遠別、天塩では猛吹雪ということもあるし、豊富を出発するときは晴れていたのに遠別から猛吹雪とかね。だからドライバー同士の情報交換は非常に大切なのです」(櫻井氏)。
泥炭地、軟弱地盤による路面のうねり


「遠別から豊富までは道が悪いですよ。泥炭地で地盤がよくないので、きれいに舗装路を作っても段々にうねりが出るようになる。舗装がはがれたところをパッチを貼るように補修するのですが路面の凹みや段差は直しようがない。この段差がバスにはこたえるのです。路線バスはシートが固いし、お客さんに『なんとかならない?』と文句を言われますよ」(沿岸バス乗務員・重松幹男氏)
泥炭地は地盤が軟弱なため大きな沈下が長期にわたって起きる。こうした場所を通る道路が沈下すると橋やボックスカルバート(水路や通路を通すために埋設されるコンクリート製の暗渠)の前後で段差が生じ、通過する車両に衝撃を与える。国道232号線も例外ではない。泥炭地の不規則的な地盤沈下がバスの乗り心地に悪影響を与えているのである。ちなみに、寒地土木研究所による調査では、19 98年に共用が始まった留萌西-秩父別間の高規格道路でさえ開通4年目にして粘土地盤で最大10cm、泥炭地盤で40cm超におよぶ沈下が計測されている。
さらに、春先には路面に穴が開くポットホール現象が起きる。アスファルト舗装はアスファルト混合物(粗骨剤、細骨材、フィラー、アスファルト)の表層、基層で構成され、その下に粒状砕石を敷きつめた路盤が設けられている。さらにその下に舗装の強度を保持する路床がある。重量車の通過で表層、基層にひび割れが生じ、そこから雪解け水が浸入すると水の凍結融解作用で凍上現象が起き、その結果、発生する隆起や沈下によってポットホールと呼ばれる穴が開くのである。この現象は大型車両の通過、道路の排水不良、カーブなどの条件によってさらに悪化するが、道北の泥炭地はもともと地中の水分が多いこともあってポットホールができやすい。春先に発生が多いのは、日中プラス温度、夜間マイナス温度となる融雪時期の気象条件(ゼロクロッシング)によるものだ。国道232号線は道北西海岸地方の重要な交通インフラということもあって、開発局も道路補修に力を入れているが、それでも天塩地方の路面のうねりやポットホールを100%解消することはできない現状だ。
取材協力 : 沿岸バス株式会社
文・椎橋俊之
写真・丸山裕司(特記以外)

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椎橋俊之
筑摩選書
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その苦闘の記録
鉄道廃線を引き継いだ北海道の路線バスは、過疎化や少子高齢化により危機に瀕している。自然環境もきびしく、冬の日本海沿いでの運行は突風、ホワイトアウト、猛吹雪で困難を極めるが、運転手は高度な運転技術と旺盛な使命感で日々闘っている。バス輸送の現場はいかなる問題に直面しているのか。運行管理者、運転手の生の声を徹底取材。DMV、BRTの現在や、イギリスのバス復権の動きも調査し、バス2024年問題や運転手不足への対策に向けた提言も行なう。

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