一台の溶接ロボット「ユニメート」から始まった自動車業界の産業革命

ゼネラルモーターズが導入したユニメーション社の産業用ロボット「ユニメート」

自動車工場へのロボット導入は、1961年に米国のゼネラルモーターズがユニメーション社の産業用ロボット「ユニメート」を導入したことから始まった。このロボットは主に溶接工程で使用され、危険で単調な作業から人々を解放する画期的な存在だった。

当時は1台あたり6万5,000ドル(当時のレートで約2,340万円)と非常に高額だったが、作業の効率化と安全性向上が評価され、徐々に普及していった。

一方、日本での本格的なロボット導入は1970年代に始まった。特に1973年のオイルショックを契機に、省力化・省人化の流れが加速。川崎重工業や日本のロボットメーカーが独自の産業用ロボットを開発し、それが次々とトヨタや日産の工場に導入されていった。

初期のロボットは単純な動作を繰り返すだけの存在だったが、1980年代に入ると急速に進化を遂げる。コンピュータ制御の発達により複雑な作業を実現させ、センサー技術の向上で周囲の環境を認識する能力も獲得した。1985年になると、国内の自動車工場ではロボットの稼働が本格化し、日本は「ロボット大国」としての地位を確立する。

この時期に大きく進化したのが溶接ロボットだ。かつて熟練技術者が担っていたスポット溶接は、高精度のロボットに取って代わられた。一台の自動車を生産するには数千か所の溶接点が必要だが、その全てを人の手で均一な品質で処理することは不可能に近い。このような作業にロボットを導入することで、溶接品質は飛躍的に向上し、車体の耐久性・安全性も大きく改善した。

自動車業界のロボット導入は、作業の効率化だけではなく、品質改善や安全性能の向上にも大きく寄与したのだ。

塗装から組立へ、自動車産業における活躍領域を拡大したロボット

1990年代からは、あらゆる工程でロボット化が進められていく。

1990年代に入ると、ロボットが活躍する領域は溶接工程から塗装、そして組立工程にまで広がっていった。特に有機溶剤による健康被害のリスクが高いとされてきた自動車の塗装工程は、早い段階からロボット化が進められてきた分野だ。それだけではなく、塗装ロボットの導入は、塗膜厚の均一化と塗料の使用量削減を実現した。

従来の人による吹き付け塗装では、塗装効率(塗着効率)約50~60%程度とされ、塗料のおよそ半分は無駄になっていた。ロボット塗装システムの導入とそれに伴った静電塗装方式の採用などの塗装技術の改良により、塗着効率は70~80%程度にまで向上した。

一方、組立工程においては、その複雑さゆえにロボット化は困難を極めた。多種多様な部品を扱い、柔軟な対応が求められる組立作業は、長らく人間の領域とされてきたが、画像認識技術と精密制御技術が進歩したことにより、1990年代後半にはシートやエンジン搭載などの重量物の組み付けを中心にロボット化が進む。

2000年代に入ると、人間とロボットによる協働作業が自動車業界の新たなトレンドになる。従来の産業用ロボットは安全柵の中で人間と隔離されていたが、センサー技術の発達により人間の近くで安全に作業できる協働ロボットが登場。ドイツのクーカ社や日本のファナック社が開発した協働ロボットは、人間の補助として複雑な組立工程に投入されるようになった。

特筆すべきは日本の自動車メーカーが取り入れたセル生産方式だ。この方式では完全な自動化ではなく、人間の柔軟性とロボットの正確さを組み合わせたアプローチが取られる。トヨタは2018年から「人と機械の協調による新たな生産方式」を提唱し、職人技とハイテクの融合による高付加価値生産を実現した。

ロボット化からデータ駆動型製造へ。移り変わる進化の方向性

AIとIoT技術の発展により、自動車生産工場は今も進化を続けている。

2010年代以降の自動車工場のロボット化は、単なる機械化からデータ駆動型製造へと進化している。AIとIoT技術の発展により、ロボットは互いに連携し、リアルタイムで学習・最適化できる知能を持ち始めた。

その象徴的な技術が、物理的な工場と同一の仮想工場をコンピュータ上に構築し、リアルタイムでデータを連携させるデジタルツインだ。ドイツのフォルクスワーゲンは2017年から全工場でデジタルツイン化を推進し、生産ライン全体の最適化を実現した。

また、予測保全技術も飛躍的に向上している。近年では、従来のような定期メンテナンスから、リアルタイムでロボットの状態を監視し、故障を予測して事前に対応するセンサーやAIを用いた予測保全(Predictive Maintenance)へと変わりつつある。これにより、予期せぬダウンタイムが大幅に減少し、工場全体の稼働率が向上している。

さらに注目すべきは、中国における急速なロボット化だ。2016年以降、中国は世界最大のロボット市場となり、特に電気自動車(EV)製造においては驚異的なスピードでの自動化を実現している。比亜迪(BYD)に関しては、高度に自動化された工場を展開し、生産性を大幅に向上させた。

「人間の代替」から「人間の拡張」へ。自動車産業における人とロボット関係性

現在、自動車製造現場における人間とロボットの関係は、新たな段階に入りつつある。人の代わりにロボットが作業をすると聞くと、懸念点として浮かぶのは雇用問題だ。しかし、日本においてはロボットの普及が始まってから早い段階で人間との補完関係が構築できており、この関係性はむしろ雇用を増やしたという事実がある。セル生産方式のように、近代の人とロボットの関係性は、かつての「人間の代替」から「人間の拡張」へと変化しているのだ。

その最前線にあるのがウェアラブルロボット(パワーアシストスーツ)の導入だ。2018年頃から、日産やフォードの工場では重量物を扱う作業者をサポートするパワーアシストスーツが導入され始めた。これにより、作業者の疲労軽減と怪我の予防が実現され、高齢作業者でも長く現場で活躍できる環境が整いつつある。

また、AR(拡張現実)技術を活用した新しい作業支援システムも注目されている。BMWやダイムラーの工場では、作業者が特殊なグラスを装着することで、作業手順や注意点が視界に直接表示されるシステムが試験導入されている。これにより熟練技術の共有と標準化が進み、高品質な生産を維持しながらも柔軟な生産体制が実現できるようになった。

自動車産業におけるロボット化は今後も進化を続けるだろう。特に電動化とソフトウェア開発の重要性が高まる近年では、製造現場の在り方も大きく変わりつつある。ただし、これは完全な自動化を目指すと言う意味ではない。「良いものを作る」と言う点において人の手が加わっていることの重要性は、AIをはじめとした技術が日々進化続けている現代においても変わりない。

どちらか一方に偏るのではなく、それぞれの強みを活かした新たな生産システムの構築が、自動車産業の未来なのではないだろうか。