EUのCSRDとはなにか?
BEV好調の最大の理由は、EUのCSRD(コーポレート・サスティナビリティ・レポーティング・ダイレクティブ)規制だ。これは企業に対し「脱炭素のためにどんな努力をしているのか」を報告させる制度で、昨年から段階的に適用が始まった。市場調査会社によれば「この規制のため、半ば強制的に企業はBEVを導入しなければならない状況になった」と言う。
CSRDはスコープ1からスコープ3までの3つの項目に分かれている。スコープ1は「企業が購入し消費したエネルギーによる直接のCO₂排出」で、企業活動に使われる社有車(会社名義の車両)での燃料消費はここに入る。
スコープ2は購入した電力を中心とした間接排出CO₂で、会社としての購入品やリースで借り受けている車両や機械からのCO₂排出はここに入る。
スコープ3は取引先由来のCO₂排出で、スコープ1と2に入らないすべての排出もここにカウントされ、従業員に貸与され通勤に使われるカンパニーカーからの排出もここにカウントされる。
少々面倒なのは、社有車、社用車、カンパニーカーといった名称の定義だ。欧州と米国の両方で「フリート車両(fleet vehicle)」および「カンパニーカー(company car)」という言葉は使われているが、その意味合いと使用状況には若干の違いがある。

まず、企業や自治体、レンタカー会社などが複数台保有(または契約)する業務用車両の集合体をフリート(fleet)と呼ぶ。これは欧米でも日本でも同じだ。ここに属する1台ずつを「フリート車両」と呼ぶ。そして、欧州も米国も日本もレンタカー会社も含めた「法人向け販売」のことをフリート・セールスと呼ぶ。
フリートのなかには、企業が買い取ったものとリース契約で借りているものが含まれる。買い取った「社有車=会社名義の車両」は、欧州のCSRDではスコープ1に入り、リース契約で「借りている車両」はスコープ2に入る。
また、欧州では一般的な制度であるカンパニーカーは、管理職社員などに貸与され私用も含めて自由に使える車両であり、これもフリート車両に含まれる。ただし、欧州のCSRDでは「通勤と業務だけでなく私用もできる点」「福利厚生の一部」というカンパニーカーの性格に配慮し、ここからのCO2排出はスコープ1ではなくスコープ3にカウントする。カーシェアリングのように一時的に利用する車両からのCO2排出もスコープ3である。
欧州でのカンパニーカーは社員に対し私用も含めて貸与される社有車またはリース契約車であり、もし会社名義の車両だとしても従業員に貸与された時点でスコープ1ではなくスコープ3としてのカウントになる。
米国でもEUのスコープ1〜3という区分を導入した脱炭素報告制度の実施が検討されている。米国でのカンパニーカーは業務専用車全般を指すことが一般的であり、欧州のような私的利用を含む貸与制度を導入している企業は少ないことから、フリート車両=カンパニーカーとしてすべてをスコープ1に組み入れる案が有力だ。
ただし、バイデン政権時代にCSRD導入が議論されたものの、どの州でも反対が多かった。唯一、カリフォルニア州だけが州議会で導入を決め2026年以降の実施という方針を打ち出したが、実施されるかどうかは微妙だ。
リース会社やレンタカー会社がBEVを原価かそれ以下で買っている
本題に戻る。今年上半期に欧州でのBEV販売が伸びた理由はCSRDである。CSRDが導入され、スコープ3以外の報告が義務になった。そのため、会社の業務で使うクルマはトラックでもバスでも小型バン(LCV=ライト・コマーシャル・ビークル)でもBEVを選択する例が増えた。
現在の欧州は、けして景気が良いわけではないが、CSRDという企業の脱炭素活動を監視するシステムの導入は、沈みかけていたBEV需要を浮上させた。自動車燃料であるガソリンと経由の購入はスコープ1にカウントされる。だからなるべく化石燃料は使いたくない。他社から購入する原材料や資材の製造・運搬という段階でのCO₂排出はスコープ2に入るため、自社の脱炭素姿勢だけでなく取引先企業に対しても脱炭素の方向を依頼しなければならない。BEVにとっては非常に有利な制度である。
とは言え、現在の欧州はけして景気が良いわけではない。さらにBEV補助金が以前より大幅に減ったほか廃止になった国もあり、割高なBEVの購入は企業にとって負担になる。そこでOEM(自動車メーカー)が一肌脱いだ。
VW(フォルクスワーゲン)、メルセデス・ベンツ、ステランティス、ルノー、BMWは企業向けにフリートBEVプログラムを実施している。CSRDのスコープごとの現状、目標、車両予算からベストミックスとなる車両の組み合わせを提案するというプログラムだ。
在欧OEMの多くは企業向けリース専門の子会社を持っており、そこに「ほぼ製造原価か、それ以下の価格」でBEVを卸し、フリートセールスを行なっている。また、大手のリース会社やレンタカー会社もBEVを揃える方向に動いている。
一時期はリース会社がフリートビジネスからBEVを外す動きがあった。保険とメンテナンスも含めたパッケージ契約で企業にBEVをリースすると、たとえばバッテリー保証が適用される走行距離をオーバーしてバッテリーがトラブルを抱えた場合、バッテリー交換の費用はリース会社が負担することになる。実際、こうした例は少なくなかった。
トラブルによっては、リース会社の利益は吹っ飛んでしまう。バッテリー交換となれば確実に大赤字だ。そのため、リース会社はBEVを嫌うようになった。2023年秋以降、欧州でのBEV販売が減った大きな理由はフリート契約の減少だった。
米国でもGMとフォードはBEV在庫圧縮のためフリート向けのBEV特別割引を導入した。しかし、一時期はレンタカー大手のハーツなどが一斉にBEVを手放し、BEVの中古車価格が暴落した。EUはこうした米国の状況も分析し、OEMに対して「CSRDに協力してほしい」と要請した。
この要請を受け、ほとんどのOEMがバッテリー保証の走行距離と年数を延長した。同時にリース会社への卸価格も引き下げた。OEMにしても、BEV製造ラインの稼働率を維持しなければならない。BEV生産台数の増加が「規模の利益」をもたらしてくれることを祈るしかない。

例えばアウディは「e-トロン」シリーズを生産するベルギー工場を閉鎖し、VWもBEV生産台数を縮小したが、EUがOEMごとの「販売台数全体でのCO2排出量」を規制しているため、一定以上のBEVを販売しないとVWグループとしてCO2罰金を支払わされる。これは避けたい。
オートモーティブ・ニュース・ヨーロッパには、OEM首脳の談話として「赤字でBEVを販売しなければならない」「CO2罰金とBEVの赤字を天秤にかけながら、HEV(ハイブリッド車)などICV(内燃機関搭載車)の利益でBEVの赤字を補填している」といったコメントが載っている。CSRDの導入でBEV販売台数が増えても、各社とも「BEV事業の黒字化にはほど遠い」と言う。
欧州各国の事情
2025年上半期欧州BEV販売台数(ACEA調べ)
| 国 | 所属 | 乗用車 (前年同期比%) | LCV (前年同期比%) | 合計 (前年同期比%) | ※全乗用車 |
| ベルギー | EU | 76,980(+19.5) | 2,364(+104) | 79,334(+21.0) | 234,616 |
| デンマーク | EU | 57,178(+46.9) | 3,629(+99.2) | 60,807(+49.3) | 89,554 |
| フランス | EU | 148,332(−6.4) | 16,501(+13.4) | 164,833(−4.7) | 842,204 |
| ドイツ | EU | 248,726(+35.1) | 10,109(+22.8) | 258,835(+34.6) | 1,402,789 |
| イタリア | EU | 44,726(+28.0) | 4,924(+138) | 49,650(+34.2) | 855,028 |
| オランダ | EU | 63,940(+6.1) | 7,777(+55.6) | 71,717(+9.9) | 182,680 |
| ポーランド | EU | 14,256(+60.9) | 893(+5.2) | 15,149(+56.0) | 285,311 |
| ポルトガル | EU | 25,017(+30.2) | 1,555(+17.9) | 26,572(+29.4) | 124,026 |
| スペイン | EU | 46,235(+83.9) | 7,671(+104) | 53,906(+86.5) | 609,801 |
| スウェーデン | EU | 49,667(+18.2) | 4,805(−3.1) | 54,472(+16.0) | 140,976 |
| ノルウェー | EFTA | 70,748(+37.6) | 5,689(+18.3) | 76,437(+35.9) | 75,515 |
| 英国 | ー | 224,841(+34.6) | 16,928(+89.2) | 241,769(+37.3) | 1,042,219 |
| 欧州全体 | EU+EFTA+英 | 1,190,346(+24.9) | 93,334(+47.5) | 1,283,680(+26.3) | 6,815,320 |
今年上半期で見ると、ドイツはBEVの新規登録台数に占めるフリートユーザーの比率は自動車業界による推計で約70%だった。BEV販売台数は乗用車が24万8726台、前年同期比35.1%増、LCVが1万0109台、同22.8%増。ドイツはすでにBEV購入補助金は廃止されているが、企業に対しては税控除などのBEV特典を継続している。
フランスの上半期BEV販売は乗用車が14万8332台、同6.4%減、LCVは1万6501台、同13.4%増。2024年に始まった低所得世帯向けの月額100ユーロBEVリース「ソーシャルリース」はわずか6週間で予算を使い切り終了し、マクロン政権が導入したエコスコア制度により中国製BEVが補助金対象から外れたことで、昨年上半期に対しマイナス要因が多かった。個人購入者に対するBEV補助の上限は7,000ユーロ(1ユーロ170円換算で119万円)から4,000ユーロ(68万円)に削減されている。これらの影響で乗用BEVの需要が停滞した。
フランスはドイツやノルウェーのようにフリート保有BEVの比率が高くないが、原子力発電比率が約80%という現実が個人ユーザーにBEVを選びやすくしている側面がある。言い換えれば、フランスは企業へのBEVインセンティブが手薄だ。逆に、ドイツは個人向けのBEV補助金を廃止しても企業向けの支援は続けている。
ノルウェーもBEVは社用車優遇税制の対象だが、この国はすでにBEV飽和状態にある。早くからBYD製の乗り合いバスBEVなどが輸入され、政府は税金だけでなく道路使用やフェリー料金など幅広いBEV支援策を実施してきた。EUに加盟していないため、現在のEUの対中国規制は適用されない。
ノルウェーの今年上半期BEV販売台数は乗用車が7万70748台、前年同期比37.6%増、LCVが5689台、同18.3%と、EFTA加盟国(アイスランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタイン)のなかでは最大のBEV市場である。
この国は水力発電でほぼすべての電力を賄えるほか、ほぼすべての集合住宅の駐車場と民家の車庫に冬場のエンジン凍結を防ぐためのブロックヒーター用電源が備わっていたことがBEVの充電環境に大きなプラスだった。ディーゼル車メインからいきなりBEVへの代替が進んだ非常に特殊な事情の国である。それと、同じ北欧でもフィンランドとスウェーデンには自動車産業があるがノルウェーはほぼ皆無だ。これもBEVへと一気になだれ込んだ要因である。
スペインは行政機関がBEV需要を支えた。上半期のBEV販売は乗用車が4万6235台、前年同期比83.9%増、LCVは7671台で同2倍。BEV全体の企業フリート比率は約7%、個人ユーザー比率は約10%と、両方とも低い。レンタカーも3%に過ぎない。残り80%は政府や自治体、公共機関などが支えている。
欧州でBEVのフリート比率が87%ともっとも高いベルギーは、上半期のBEV販売が乗用車7万6980台、前年同期比19.5%増、LCVは2364台で同約2倍。個人ユーザー向けのBEV販売は相変わらず振るわないが、CSRD導入でフリートユーザーのBEV導入と商用車のBEV化が加速しつつある。

スウェーデンもBEVのフリート比率は70%とドイツに並んで高い。上半期のBEV販売は乗用車が4万9667台、前年同期比18.2%増、LCVは4805台、同3.1%減。この国は中国・吉利傘下のボルボ・カーズが積極的なBEV投入を進めているが、個人ユーザーがなかなかBEVへは動かないためボルボ・カーズはPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)の生産比率を増やした。BEVはフリートユーザーが買い支えている。
結局、現時点では欧州の多くに国でBEVの半数以上がフリート・ユーザーである。5大市場であるドイツ、英国、フランス、イタリア、スペインのなかでは、フランスとイタリアでBEV個人需要が根強いものの、ドイツと英国はフリート需要が支え、スペインは国と地方自治体が支えている。今年下半期も傾向は変わらないだろう。
そして今後、CSRDのスコープ3が報告義務に追加されると、従業員に貸与するカンパニーカーをBEVにするケースが急増するだろう。BEVは現在以上にフリート需要の比率が高くなると予想される。
欧州については「BEVが売れている」との報道が多いが、だれが買っているのかを探れば欧州全体でも約6割がフリートユーザーであり行政関係もある。個人購入は4割に満たない。
一方、OEM各社はBEV販売台数を確保しCO₂罰金を回避するためOEM直営のリース会社とBEVを大量にリース契約し、使用している。資本関係のないサプライヤー(部品メーカー)や設備会社、販売店など取引先に対してもBEVの使用「要請」している。これが実態である。
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