排ガス規制ギリギリまで熱かった! 2ストが最も輝いた黄金期

90年代のバイク文化は、80年代のレーサーレプリカブームの熱狂を引き継ぎつつも、バブル崩壊後の社会変化や規制強化の影響を受け、多様化と成熟期を迎えた時代である。90年代前半には空前のネイキッドブームが到来。レーサーレプリカへの反動から、カワサキ・ゼファーを筆頭にシンプルなスタイルが人気を博した。
法制面では排出ガス規制が強化され、徐々に2ストモデルには厳しい状況が迫っていく。1996年(平成8年)には免許制度が改正され、指定自動車教習所で大型自動二輪免許の教習が可能となったことも、この時代の大きな変化だった。
バイクシーンの成熟とともに、スクーターも単なる移動手段から「走りを楽しむ」存在へと進化していった。そんなスクーターシーンでは、80年代後半から90年代にかけてレプリカ世代のハートをつかむようなスポーツ性を追求したモデルが次々と登場。従来の実用性一辺倒なイメージを覆す、走行性能とデザイン性を両立したスクーターが存在感を増していった。
中でも注目を集めたのが、1993年(平成5年)にモデルチェンジしたニ代目スズキ・セピアZZ(ジーツー)。空冷2ストエンジンは7.2ps/7000rpmを発揮し、前後偏平タイヤや大型リヤスポイラーも装備。NSR50などスポーツ系50ccでも使われていた「7.2ps」という数字を、オートマチックのスクーターでも実現した。乾燥重量69kgの軽量な車体と相まって、ゼロ発進の鋭さはまさに“小さなレーサー”そのものだった。
続いて1994年(平成6年)1月には、ホンダがライブDio ZXを投入。こちらも7.2psのハイパワーに加え、アルミキャストホイールやリヤスポイラーを装備するなど、若者の所有欲を大いに刺激した。
そして同年12月、満を持して登場したのがスポーツスクーターの真打ちともいえるヤマハ・スーパージョグZR。ベースとなったスーパージョグZにさらに磨きをかけ、ブレンボ製2ポットキャリパーやリザーバータンク付き別体式リヤショックを採用。軽快なハンドリングと高い制動力を武器に、レースでは常勝マシンとしてその名を轟かせた。吸排気系や駆動系に手を入れることでノーマルを大きく上回るパワーを引き出せるポテンシャルもあり、多くのユーザーが“走り”を追求するベース車両として愛用した。

YAMAHA スーパージョグZR|1994年発売
3メーカーのスポーツスクーターが7.2psで並ぶ中、最後発で登場したスーパージョグZR。ブレンボ製ブレーキキャリパーやリザーバータンク付きリヤショックなど、最高出力の数字だけでは終わらない足周りの充実ぶりも魅力。
総排気量:49cc
エンジン:空冷2ストローク単気筒
最高出力:7.2ps/7000rpm
最大トルク:0.74kgm
全長×全幅×全高:1625×660×1020mm
重量:66kg(乾)
タイヤ:90/90-10/90/90-10
発売当時価格:16万8000円
※主要諸元・価格は編集部調べ

スポーツスクーターの象徴ともいえるリヤスポイラー。ハイマウントストップランプを内蔵し、センタースタンドを掛ける際につかめるアシストバーとしての役割も持っていた。写真はホンダ・ライブディオZX。
50ccだけじゃない! “通勤快速”アドレスV100の衝撃
そんな中、個人的に強く印象に残っている1台がある。1991年(平成3年)に登場したスズキ・アドレスV100である。前年に登場したアドレスV(50cc)とデザインを共有しながら、排気量を99ccへ拡大した原付二種スクーターで、最高出力9.0psの2スト単気筒エンジンを搭載していた。
スポーティな走りはもちろん、2人乗りもできてフルフェイスヘルメットを収納できるシート下スペースも装備。4.8Lの燃料タンクによって、50ccより余裕を持って距離を走れるのもうれしい。フロントディスクブレーキにチューブレスタイヤ、ボトムリンク式フロントサスペンションなど、装備もしっかりしており、パワフルな走りと快適性を両立していた。
“通勤快速”と呼ばれたその走りは圧巻で、当時乗った感覚では、信号ダッシュでもたつく軽二輪を尻目に、マフラーから白煙をお見舞いする快感は2ストならでは(笑)。軽い車体に元気な2ストエンジンという組み合わせは強烈だった。ボクシングに例えるなら、パウンド・フォー・パウンド級の存在感。排気量だけでは測れない速さを持ったスクーターだったのだ。
速いだけじゃない! ビーノやジョルノで“自分らしさ”の時代へ
いっぽうで、90年代半ばから後半にかけては、機能や速度だけでなく「自分らしさ」や「スタイル」を重視する層も増えていった。バイクをファッションの一部として楽しむ文化が広がり、1997年(平成9年)登場のヤマハ・ビーノのようなレトロデザインのスクーターも市民権を得ていく。
ビーノは丸目ライトや柔らかな曲線を描くボディが特徴的だったが、中身には当時の2ストエンジンを搭載。見た目の柔らかな雰囲気とは裏腹に、アクセルを開ければ元気よく走る。その“ギャップ”も90年代スクーターならではの魅力だった。
また、1992年(平成4年)に登場したホンダ・ジョルノも、丸みのあるクラシカルなスタイルと20Lのシート下収納を組み合わせたモデル。速さやスポーツ性だけではないスクーターの楽しみ方が広がり、ユーザーの嗜好はさらに多様化していった。
90年代にはカスタム文化もいっそう盛り上がる。マフラーやハンドル、サスペンションを交換して走りやスタイルを変えたり、外装を大胆に塗装・加工する“ドレスアップ”を楽しんだりと、ストリートで個性を競い合う若者も増えていった。
バブル崩壊後という時代背景の中でも、スクーターには低価格、好燃費、維持費の安さといった実用的な魅力があり、それに加えてデザインやカスタムを通して「自分らしさ」を表現できることが若者を強く惹きつけた。
こうして2スト車が最も輝いた黄金期でありながら、同時に排出ガス規制の影も忍び寄っていた90年代。それでもチャンバー交換や駆動系チューニングで性能を追求するカスタムが日常的に楽しまれ、街に響く元気な2ストサウンドは、どこか自由でユルい時代の象徴でもあった。
速さを競い、見た目を競い、ときには便利さまで欲張る。90年代は、スクーターが“ただの足”ではなく、それぞれの遊び方やスタイルを映す存在になった時代だったのである。
※この記事は月刊モトチャンプ2025年12月号を基に加筆修正を行っています
【モトチャンプ編集部】