トライアンフ試乗記|切れ味を漂わせつつ、普段使いできる懐の深さも。デイトナ660はオールマイティなミドルスポーツだ

ロードスターのトライデント660、クロスオーバーモデルのタイガースポーツ660に続き、ミドルウェイトスポーツの「デイトナ660」がトライアンフのラインナップに加わった。基本設計は3モデルで共通だが、デイトナ660はエンジンに専用チューニングを加えており、最高出力は17.3%もアップしている。さらに足周りもスペックアップしながら、トライデント660との差額はわずか9万円というプライスタグにも注目だ。

REPORT●大屋雄一(OYA Yuichi)
PHOTO●山田俊輔(YAMADA Shunsuke)

トライアンフ・デイトナ660……1,085,000円(2024年3月発売)

「デイトナ」という名称は、1966年のデイトナ200マイルレースで、バディ・エルモア選手が驚異的な追い上げで優勝したことに由来。デイトナ675が2010年代半ばでディスコンになって以来、しばらくラインナップからこの伝統の名が消えていたので、久しぶりの復活となる。なお、フレームはチューブラースチールペリメターで、スイングアームもスチール製だ。

左がトライデント660で、価格は99万5000円。右がタイガースポーツ660で、価格は112万5000円。どちらも最高出力は81ps、最大トルクは64Nmとなっている。

車体色はスノードニアホワイト×サファイアブラックが標準カラーで、写真のカーニバルレッド×サファイアブラックと、サテングラナイト×サテンジェットブラックは1万3000円のアップチャージとなる。

低~中回転域での扱いやすさとエキサイティングな吹け上がりが同居

朝から冷たい雨が降っている。ときおり激しくなり、止んだかと思ったら今度は霧が立ちこめる。道路の温度表示板は4℃と5℃を行ったり来たり。フルカウルのスポーツモデルを試乗するには最悪に近いコンディションだ。

ところが……。いざ走り始めると、直前までの憂鬱な心情はどこへやら。あまりの楽しさに、このままツーリングに行ってしまおうかという気分になっていた。

順を追って説明しよう。最初はエンジンから。排気量660ccの水冷トリプルは、トライデント660やタイガースポーツ660らと基本設計こそ共通だが、圧縮比を上げたりカムシャフトを変更するなどして、最高出力を14psも引き上げている。しかもライディングモードは、「ロード」よりもレスポンスの良い「スポーツ」を加え、「レイン」と合わせて3種類に。つまり、このスポーティなルックスに見合よう徹底的に鍛え上げられているのだ。

まずはレインモードで走り出す。スロットルの開け始めこそレスポンスは穏やかだが、最大トルクの80%以上を3,125rpmから発生するというだけあって、クラッチをミートした瞬間からグイグイと加速する。とはいえ、リヤタイヤがスリップしそうという不安感はなし。ライディングモードに連動してABSとトラコンのレベルが最適化されるが、不自然に加速感が鈍ったり、インジケーターが点滅するなど、トラコンが介入している様子はなく、これはトリプルエンジン特有のトラクションの良さが効いているのだろう。

安全なエリアでスロットルを大きく開けてみる。すると、7,000rpm付近から一気にパワーが伸び上がり、その勢いはレッドゾーンの始まる12,500rpm付近まで止まらない。最初のうちはあまりの元気の良さに、そのはるか手前で右手を戻してしまったほどで、最高出力95psは伊達ではないことを思い知らされた。どの回転域からでもトルクフルに加速するトライデント660に対し、デイトナ660のエンジンは明らかに高回転域での伸び上がりがシャープで、しっかりと差別化されていることを確認できた。

ライディングモードごとの違いについては、スロットルレスポンスの差が主であり、個人的には雨の中でも中間のロードモードが一番扱いやすいと感じた。エキゾーストノートは相変わらず個性的であり、このサウンドも含めてトライアンフのトリプルは魅力的だ。


スポーティな世界観を、どのスキルのライダーにも味わわせてくれる

トライデント660をベースにフルカウルを追加しただけ。そう捉えられそうなデイトナ660だが、先に記したエンジンだけでなく、シャシーについてもコンセプトに則った見直しを実施している。具体的は、キャスター角は24.6°から23.8°へとわずかに立てられ、それに伴いトレール量は107.3mmから82.3mmへと短縮。その一方で、ホイールベースは1,400mmから1425.6mmへと伸長している。なお、車重は11kg増の201kgだ。

標準装着タイヤは、ミシュランの新製品であるパワー6だ。トライデント660やタイガースポーツ660はウェット性能の高いロード6を選択しており、今日のようなコンディションならそちらの方が良かったはず……。そう思いながら恐る恐る雨の中を走っていたのだが、途中で意外なほどグリップ感が良いことに気付く。これはタイヤ自体の性能はもちろん、硬すぎないフレーム剛性や作動性に優れる前後サスも貢献しているのは間違いない。

ハンドリングは、トライデント660のようにハンドルの押し引きだけで旋回に移行できるというイージーなタイプではないが、本格的なスーパースポーツの、フロントフォークを沈めてきっかけを与えるといった、いわゆる「お作法」的な手順は必要なし。ステップワークや腰をずらすなど、マシンの上での荷重移動を少し意識するだけで車体はスムーズにバンクし、視線を送った方向へ素直に向きを変える。

ショーワ製の前後サスは、トライデント660とは仕様が異なり、ホイールトラベル量も変更されている。同日に乗り比べていないので断言はできないが、特に動き始めの作動性はデイトナ660の方がいいように感じられた。

そして、特に気に入ったのがブレーキセットだ。トライデント660の片押し式2ピストンキャリパーに対し、デイトナ660はフロントにラジアルマウントの対向式4ピストンを採用。リヤはディスクを小径化するなどして、ここでも差別化を図っている。

片押し式2ピストンでも十分だと感じていたのだが、対向式4ピストンは軽い入力でのコントロールの幅が広く、結果的にウェット路面でもABSが介入する寸前までコントロールしやすい。一方、リヤについては旋回中のスピードコントロールを重視した変更であり、そこまでの攻めた走りはできなかったが、これも理に適っていると言えよう。

雨の中でこの新型ミドルウェイトスポーツを試乗し、かつてホンダがCBR600F4iという傑作を販売していたことを思い出した。デイトナ660はスポーツバイクの世界観を味わわせてくれ、普段は街乗りからツーリングまで楽しめる。108万5000円という価格も含め、トライアンフが本気で若いライダーにバイクの楽しさを広めようという意気込みが伝わってくる。


ライディングポジション&足着き性(175cm/65kg)

シートはトライデント660の795mmに対して810mmと15mm高く、身長175cmの筆者で両かかとがわずかに地面から離れる。アップタイプのバーハンドルを採用するトライデント660に対し、デイトナ660はセパレートハンドルを採用。さらにステップ位置は15mmバック/10mmアップしているが、カウル付きのスポーツモデルとして非常にバランスが良く、街乗りからワインディングまでオールマイティに対応できる。

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著者プロフィール

大屋雄一 近影

大屋雄一

短大卒業と同時に二輪雑誌業界へ飛び込んで早30年以上。1996年にフリーランス宣言をしたモーターサイクル…