目次
日本橋はハトだらけ
東海道の旅の相棒、ホンダ クロスカブ110。質実剛健なカブ走りはそのままに、かわいいデザインをまとったマシン。
多くの日本人は『鳩ぽっぽ』という童謡を誤解している。歌ってみろというと、大抵の人は「ぽっぽっぽ~鳩ぽっぽ~♪」などとゴキゲンに歌いはじめるが、愚の骨頂というべきだ。かんじんの曲を間違っているからだ。よく知られたその歌は、正式には『鳩』(作者不詳)という別タイトルの童謡であり、モノホンの『鳩ぽっぽ』(滝廉太郎 作曲/東 くめ 作詞)は、「ハァトぽっぽぉぉぉ~~ぉぉお♪」という、肚にずっしり響く重低音から始まる。検索してみれば、錆びついた知性をいくらか磨くことができるだろう。
日本橋は、この日も安定のハトまみれエリアと化していた。
すでにシリーズ8回目を迎えてなお執拗に続くこの「東海道ガス欠チャレンジ」は、日本橋から京都をめざし、東海道をガス欠するまで走り続ける体当たりレポートだ。今回のガス欠旅の相棒は、ホンダ クロスカブ110。満タン給油し、トリップメーターをゼロにリセット。ハトに埋もれる日本橋をあとに、都内の国道1号を西へと走り出した。
クロスカブ110のメーターはそっけないほどシンプル。しかし必要十分な装備だ。
日本橋あたりは無味乾燥なビルの森。
あれこれできるクロスカブ110
クロスカブ110は、空冷4ストロークSOHC単気筒 109cc、8.0PSエンジンを搭載。ミッションは4速、サイズは全長1935mm、全高795mm、車両重量107kgだ。
英語の crossover には「ものごとの垣根や領域を超える」といった意味がある。そして自動車用語の「クロスオーバー」は「ふだん使いを主な目的としながらも、オフロード走行とかの多用途に使える車」みたいな意味。その名を車名に冠したクロスカブ110は、お気楽な街乗りカブでありながらも、ときには野山の冒険へも出かけられる多用途カブ、いわばライトな「アウトドア系カブ」だ。
カブの象徴ともいえるレッグシールドが省かれているためか、フロント&リアビューには、ほとんどカブ感がない。
クロスカブ VS ハンターカブ
これはCT125 ハンターカブ。 搭載された空冷4ストロークSOHC単気筒123ccエンジンは9.1PSだ。クロスカブ110に対してわずか1.1PSのアップだが、数値の差以上にライドフィーリングの差が大きい。
アウトドアテイストのカブといえば、クロスカブと見た目がよく似たハンターカブを思い浮かべる人もいるだろう。バイクに詳しくない人なら、クロスカブとハンターカブをごっちゃにしている場合もある。タカハシ自身、日々の飢えをしのぐため、片っ端からバイクを乗り回して試乗記を書かなくちゃいけない窮地に陥るまでは、わざわざ両車を区別していなかった。どっちも似たようなデザインだし、どうせ同じカブの仲間だろうとタカをくくり、気にもとめていなかったからだ。そもそもふつうの人が、そいつらを区別する必要なんかないわけだし。
クロスカブ110のエンジンまわり。シフトは常時噛合式4速リターン(といいながら、停止時はロータリー)式、セルスターターのほかにキックスターターも装備されている。
だが、見た目は似たようなアウトドア系でも、クロスとハンターのふたつのカブは、まるっきり別の乗り味をもつ、まるっきり別の乗り物だ。ざっくりいえば、クロスカブは「蕎麦屋のバイクのおしゃれバージョン」そしてハンターカブは「カブの形をしたスポーツバイク」だ。
ほとんどの人にとってどっちでもいいことだとしても、少なくともアウトドアっぽいカブの購入を考えて迷っている人だけは、この違いをきっちり押さえておいたほうがいい。
愛嬌のある丸型LEDライトのまわりにはヘッドライトガードが付く。
クロスカブ最大の特長は、ひたすら可愛いそのデザインに尽きる。くりんと丸っこく、全身からブリブリといやらしいまでに愛嬌を振りまき、どこか人懐っこい小型犬を思わせる風体をしている。アウトドアテイストを演出するクロスカブのアイコン、丸パイプのヘッドライトガードにさえイカツさはカケラもなく、まるで公園の遊具のような愛らしさだ。同じアウトドア系でも、ハンターカブのガチマジでヘヴィ・デューティなデザインとはくっきり一線を画している。
フロントにはABS付き油圧式ディスクブレーキ、リアには機械式リーディング・トレーリング式(ドラム)ブレーキを採用している。
走りの性格もまた別物だ。
110エンジンを積んだクロスカブは、走りの面では標準型カブとほとんど変わらない。ふわつきを抑えた緻密な乗り味に仕上がってはいるものの、走りの全体像は、ごくふつうのカブといっていい。
かたやハンターカブには、まず強力な125エンジンが搭載されている。スロットルをひねると「これがカブか?」と軽くヒクほどのパワー感があり、硬めの足に支えられたクイックな走りが楽しめるスポーティなマシンだ。
またがった感じはまさにカブ。クロスカブ110は、軽くて足つきがよく、誰もが気軽に乗れるマシンだ。
ゆるゆる走るカブらしさが楽しめて毎日の使い勝手がよく、小回りがきくバイクが欲しい人、たとえば「通学用に乗るだけなんだけど、たまにはツーリングとか行きたいよね」みたいな、ふだん使い重視の人にはクロスカブがおすすめだ。
いっぽう、ゴリゴリのスポーツライドを楽しみたいけど、コミューターとしても使えるバイクが欲しい人、たとえば「週イチで林道走って渓流釣りに行きたいんだけど、ついでに通勤もできるといいよね」みたいな、アウトドア重視の人にはハンターカブがおすすめだ。
東京都内で旧東海道を追うのは難しい。薄汚いビル街を脱け出すだけでも一苦労させられる。
都心の渋滞路でもサマになる佇まい……とかいっても、もとが実用車のクロスカブなら当然か。
江の島が見えてきた、タカハシの家は遠い
遊行寺坂あたりには、今なお東海道・藤沢宿の風情が残る。
国道1号で東京を脱出したら、国道16号あたりを乗り継いで神奈川県下を西へ走るのがスムーズだ。横浜市と藤沢市の境目あたりで、国道1号は神奈川県道30号との分岐をむかえる。首都中心部からえんえんと続いたクソつまらないビルまみれの道路も、この分岐あたりから、ちょっとは旅らしくなってくる。県道30号に乗り替え、海岸線をめざす。そのまままっすぐ辻堂海岸に向かったほうが早いんだが、ぴかぴかの好天に誘われ、ふらっと江の島に立ち寄る気になった。
行楽客なのか地元民なのか、江の島へ向かう道は大渋滞中。
このあたりは何度も通っているから、海岸から江の島を見たことはあるが、島に渡ったことは一度もない。せっかくなので橋を渡って上陸してみたが、みやげ物屋がずらずら並んでいるだけで、驚天動地の絶叫アトラクションがあるわけでも、サザンオールスターズがチャリティライブをやってるわけでもない、ごく普通の小島だった。
江の島へ渡る道はなかなか楽しいが、渡った先はさほど楽しいわけでもない。
アニメの聖地は人だらけ
『スラムダ〇ク』の聖地のありさまが、あの名セリフを思い出させる。「ハハ、見ろ! 人がゴミのようだ!!」(あれ? このアニメじゃない?)
最近のアニメは、作中にわざわざ現実の景観を描写して「聖地」と呼ばれるスポットを演出することが多い。江の島近くにも『スラムダ〇ク』というアニメの聖地がある。鎌倉高校駅前の踏切がその聖地だと聞いて行ってみたら、観光客の人だかりにまみれ、警備員がホイッスルをピーピー吹き散らかす地獄絵図のような混雑ぶりだった。
「スラムダ〇ク想像図」30年くらい前にちらっとマンガを見ただけだから、登場人物もストーリーもわからず、聖地の根拠もよくわからない♪
あいにくタカハシは『スラムダ〇ク』を見たことがない。仄聞するところでは、バスケットボールを愛好する少年数名が登場する青春モノっぽい人気マンガが原作だそうだ。ただ、その程度の知識しかないタカハシの目には、せっかくの聖地も、残念ながらただの踏切にしか見えない。アニメに限らず、たいていの宗派の聖地は、コアな信者の目と心にだけ清く尊く輝いて映るものなのだろう。
鎌倉高校前駅のプラットホームは、つめかけたアニメ客(推測)で超満員だ。
湘南の海に陽が沈む
聖地を少し離れたところでフューエルメーターが初めて動いた。全6目盛りのうち1目盛りが減って残5に。トリップは66.8kmだ。
ぎらぎらの夕映えにシルエットが浮かぶ江の島を横目に西へ。
クソのごとき夕陽のクソ祝福をうけるクソ湘南の眺めが、クソむかつくばかりに美しい。
江の島を離れて辻堂海岸まで行くと、観光客はすっかり減って静かになった。
ただ、残念なことに人のまばらな夕暮れの海岸には、せっかくの美観を損ねる害虫どもが発生しやすい。イチャイチャと仲むつまじさを無駄にアピールする男女のワンセット、いわゆるアベッキ~ズ♪というヤツだ。しかもこのあたりには、国産品だけではなく、インバウンドのアベッキ~ズ♪も多い。
タカハシにとって昨今の辻堂海岸は、戦慄のキラキラ外資系アベッキ~ズ♪エリアと化してしまっている。マジでむかつくぜ、ムキ~~~!!(←というリアクションがすでに昭和マンガ様式ナノダ!) (←という語尾すらも昭和マンガ様式)
夕闇迫る辻堂に降り立ったタカハシとクロスカブ。コンプレックスにやられて死んじゃう危険があるから長居は無用だ。
海岸ナイトトリップ
日暮れた湘南を平塚へ。
辻堂海岸の砂にずっぽりと深くつま先をめり込ませて背後に蹴り上げ、リアルに後足で砂をかけて湘南の海岸を発つ。
生ぬるい夜気を裂いて平塚へ。駅前駐車場にクロスカブを突っ込むと、近くの宿の部屋に上がり込み、コンビニ飯を掻き込んですぐにぐうぐう眠ってしまった。
平塚駅前で荷を解いた。
トリップ84.2km、日本橋からの距離は、もちろんこれと同じ。フューエルメーターはいつの間にか2目盛り減って、残4目盛りに。
【MAP】東海道ガス欠チャレンジ#8 ホンダ クロスカブ110 [日本橋~平塚]