これほどの性能、どこへ出かけようかと悩んでしまう。|KTM1290 SUPER ADVENTURE S試乗レポート

“READY TO RACE”のフレーズで良く知られているKTM。今でこそネイキッドスポーツやスーパースポーツモデル等も多くラインナップされているが、元々同ブランドを象徴していたフラッグシップモデルはアドベンチャーモデルに他ならない。その頂点に君臨する最新鋭の最高峰モデルが今回の1290 SUPER ADVENTURE Sである。

REPORT●近田 茂(CHIKATA Shigeru)
PHOTO●山田俊輔(YAMADA Shunsuke)
取材協力●KTM Japan 株式会社●

KTM1290 SUPER ADVENTURE S…….2,390,000円

コンパクトに仕上げられたLC8エンジンは、水冷DOHC4バルブの横置きVツイン。ツインイグニッション方式を採用。前後シリンダーの挟み角は75度。カムチェーンは前バンクが左側、後バンクは右側を通る。

 
 KTMブランドを象徴する最高峰は、1290 SUPER ADVENTURE“R”だと言う意見もあると思う。しかし今回あえて“S”を最高峰と表現した。その理由は、最新の電子制御技術が新規投入されて大きな先進性を誇っていたからである。
 先ずは“R”と“S”の違いを説明しておくと、 両車のフレームとエンジンは基本的に共通である。本格派オフローダーの“R”に対して“S”はオンロード走行を主体とした仕上がり魅せている。
 外観上その差が一目瞭然なのは、ホイールサイズと装着タイヤの違い。“S”はエンジンガードやスキッドプレートを持たないスッキリしたスタイリングを採用。シートもクッションの厚いセパレートタイプ。ウインドスクリーンは少し大きめ。ステップもラバークッション入りを採用。ちなみにスポークホイールの“R”は前21、後18インチサイズ。キャストホイールを履く“S”は前19、後17インチサイズである。
 一方見えない部分では、キャスター角や前後サスペンションも異なっており、“S”はWP製のセミアクティブ電子制御式が奢られている。フロントフォーク長は“R”より約30mm短く、ホイールトラベルも前後共200mmで、それより20mm少ない。また“S”はキャスターが少し立てられ、ホイールベースは約20mm短縮されている。
 いずれもオフロード性能に対する高いポテンシャルを持ち、ロングツアラーとしての快適な機能性を装備しているのが特徴。TOURATECH製のアルミトップケースやパニアの搭載に対応し、23L容量のビッグタンクを備えている点も見逃せない。

 クロモリステンレス鋼管と鍛造部品を使って美しく仕上げられたトレリスフレームに搭載されているのは、LC8と呼ばれる水冷DOHC4バルブの横置き75°Vツインエンジン。φ108mmのビッグボアを持つショートストロークタイプの排気量は1301cc。最高出力は160hp、最大トルクは138Nmを発揮する。
 注目の先進デバイスはふたつ。前述の電子制御式サスペンションはSAT(セミ・アクティブリアクション・テクノロジー)を採用。そして先進のクルーズコントロールと言えるACC(アダプティグ・クルーズ・コントロール)が搭載された事である。
 前者は、ダンパー(減衰機構)の中に磁気バルブを搭載したダンピング可変機構を持ち適切な減衰力が調節できる。しかも調節はディスプレイ画面の表示を見ながら簡単に行える。さらにオプション設定ながらPROパッケージを備えると、プリロードを自動設定できる等、より多彩なアジャストが可能となる他、停車時の車高を下げる機能を活用することで足つき性も改善できる。
 一方のACCは、従来のクルーズコントロールとは違い、交通の流れに従って速度を自動調節してくれる。所謂先行車追従式の事。例えば100km/h設定で自動巡航している時、前車の速度が落ちた場合、自動的にその流れに合わせてくれる。先行する前車や前方の障害物を把握するためにフロントノーズ先端にはレーダーセンサーが装着されている。4輪自動車では既に多く普及している装置で、今や渋滞時の停止や再発進まで自動対応するように進化してきているが、バイクへの搭載は始まったばかり。まだ自動停止等の高機能までは採用されていない。
 また前方に障害物があり、衝突の危険性を察知すると警告を発し、ブレーキも掛けてくれるが、現時点では全て機械にお任せできる自動制御ではなく、あくまでライダーの運転を支援してくれるレベル。それでも失敗を未然に防いでくれる先進機能は、安全性を向上する侮れない魅力となる。仮に衝突したとしても先進デバイスのアシストでダメージが大幅に軽減されることへの期待値は大きいのである。

パウダーコート塗装されたクロモリステンレス鋼管製トレリスフレーム。ご覧の通りトラス構造でデザインされている。
フレームを左右に跨ぎ、約23L容量を稼ぎ出す燃料タンク。重量物を低い位置にレイアウトされたデザインが特徴。

スケール感の大きな乗り味が魅力的

 試乗車を受け取ると、先ずはスケールの大きい立派なフォルムに圧倒される。KTMに限らず、この手のバイクはサイズアップが著しく、筆者にとって気軽に乗れる代物ではなくなった印象が強い。
 跨がる時に右足をスンナリと後席の上空を通すことができるだろうか、そもそも跨がった後で足が地面につくのだろうか、ちゃんとバイクを支えられるのか?何だかんだと不安要素が頭をよぎる。ただその一方でこんな大きな本格派アドベンチャーを自在に扱えるなら、さぞや気持ち良い事だろうと、妄想と共に憧れにも似た良いイメージも膨らんでくるのである。
 高い位置にあるハンドルを手に取り、取り回してみると、アドベンチャーの最高峰クラスとしては軽く扱える感触が先ずは印象的。諸元によると乾燥重量は220kg。モデルチェンジを重ねるごとにエンジンの排気量と車体重量は増加しているが、横置きVツイン搭載のスマートなフォルム等、このクラスの割には扱いに軽快感がある。
 3分割構造のガソリンタンクは左右に振り分けられ、ライダーの膝から向こう脛あたりまで低くレイアウトされているのも特徴。重心高を低く、マスを集中させるデザインワークと、もともと競技車に近い基本コンセプトが活かされている事が体感でき、不思議と当初抱いた不安要素は薄らいでいく。
 また安心要素で大きかったのは、オプション装備のサスペンションPROが搭載されていたので停車時の足つき性が改善されていた事も見逃せないだろう。これは前後サスペンションのダンピング調節を電子制御するもので、3段階のプリロード調節もできる。ブレーキング時のノーズダイブも軽減され、走行状況に応じて車両の姿勢安定と快適性を向上させている。この高機能に伴い、停車時にリヤショックをローダウンでき。25mm程度シート高を下げることができる。実際の様子は足つき性チェックの写真を参照して欲しいが、小柄なライダーとして、この差は大きな安心感に繋がるものだった。
  
 スロットルを開けてスタートすると、相変わらず逞しくも軽快に吹き上がる。いつでも太くダイナミックなスロットルレスポンスを感じさせるエンジンは流石に1.3L。ショートストロークタイプのVツインにマッチされたクランクは、それほど重くない。鍛造軽合金のピストンはまるでレーシングマシンのそれを見るように薄くデザインされ、動き(回転)の軽い瞬発力も一級のレベル。
 6速ミッションのローギヤは低めのレシオが採用されており、ダッシュ力も実に豪快である。ちなみに1速ローギヤ固定でエンジンを5,000rpmまで回した時のスピードはメーター読みで46km/hだった。市街地や日本の高速を走る限り、それはあきらかにオーバーパフォーマンスにも思えるが、出力特性には優しさが感じられ、パワーに大きな余裕を持って走るクルージング性能は実に心地良い。
 オプションのHHC(ヒル・ホールド・コントロール)も装備されており、傾斜地で停車しても自動的にブレーキホールドされるのでバイクが坂を転がり下りる心配もなかった。
 発進はごく普通にクラッチミートすれば、絶妙のタイミングでブレーキが自動リリースされるので、そんな先進制御が働いている事を忘れてしまう程に扱いやすいものだった。
 余談ながらウインカーもオートキャンセラーが装備されている。ハンドル左右の各スイッチはアイコンが透過光で光り、夜間でも扱いやすい。インパネのディスプレイはスマホとの連携もでき、スマホ用の専用収納ポケットも設備されているから親切。上級モデルらしく、装備は充実しているのである。

 操縦性は至って素直。フロント19インチサイズのホイールや、ステアリングダンパーの効果も相まって、ツアラーに相応しく穏やかな雰囲気を伴う乗り味に終始する。
 旋回初期の操舵感覚と車体のバンクに伴う旋回力。コーナー立ち上がりでの加速シーンまで、一連の繋がりとバイクの挙動にゆったりと落ち着きがある。
 そして、目線位置が高く見晴らしの良いライディングポジションで移動する時の心地良さは、何とも爽快。ウインドプロテクションも優秀であった。6速トップ100km/hクルージング時のエンジン回転数は3500rpm。
 
 従来のクルーズコントロールは、大陸的な交通環境では便利だが、日本で使うには多くの場合、頻繁にOFF(ブレーキ操作等による解除)とRES(設定速度自動巡航への復帰)を繰り返す必要があるので活用頻度やそのありがたみは低くなりがち。
 しかしACCは交通の流れに乗って自動的に速度調節してくれるので、OFFになるケースが少なく、とても快適。ACCの設定作動範囲は30~150km/hまでなので、多くの道路で活用できるのも嬉しい。市街地を50km/h設定で走る時もACCをセットして走ると、右手のスロットル操作から開放されて楽であった。もっとも信号停止等でブレーキングすれば再スタート後にRES操作は必要となる。

 試乗中、次の様な場面もあった。前方の先行車がコンビニに入る時に速度が低下。それに対して追従していた自車の減速が足りないと判断され、メーターにブレーキを迫る警告がでた。ライダー目線では、先行車は前方の道路から居なくなり自車との干渉も無くなったと判断できたので、そのままでいると、予期せぬ自動ブレーキが掛かってしまう。
 この手の安全支援装置では先進の4輪自動車でも同様な現象は良くあることで、バイクの場合は4輪車程の急ブレーキは掛けないのでそれほど驚くことは無いが、これまでなかった先進装備については、オーナー自らが、どのような働きをするのか、どの程度期待できる物なのかをしっかりと理解して慣れる必要があると思えた。
 こうした最先端の先進電子制御は、現実的にはまだ高級グレードに採用され出したばかりだが、軽自動車から商用車にまで広く普及した4輪車の例を見ると、2輪車への導入も徐々に増えることは間違い無いだろう。
 ある程度の危険回避をバックアップしてくれる先進デバイスの装備は、ライダーの操作負担を軽減するけでなく、安心感を伴うツアラーモデルとして快適な乗り味にも貢献するのである。

足つき性チェック(ライダー身長168cm / 体重52kg)

左側が通常(走行)時の状態。右側がリヤサスペンションが縮んでローダウンされた状態。リヤのブレーキキャリパーがマフラーに隠れている事からもその違いが理解できると思う。ごらんの通り両足の踵はいずれも浮いているが、停止時に車高が下がってくれると、バイクが支えやすく安心感は大きい。

キーワードで検索する

著者プロフィール

近田 茂 近影

近田 茂

1953年東京生まれ。1976年日本大学法学部卒業、株式会社三栄書房(現・三栄)に入社しモト・ライダー誌の…