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ホンダは2023年8月に、待望の電動二輪パーソナルコミューターであるEM1 e:(イーエムワン イー)を発売した。すでに国内4社はEV用バッテリーとして持ち運び可能な交換式バッテリーの共通規格化に合意。バッテリーの相互利用を可能とすることで、電動二輪普及を目指している。ホンダEM1e:にはこの交換式バッテリーが採用され、コンパクトなインホイールホーターをリヤに採用することで1充電あたり53kmの航続距離を確保している。一般的な原付スクーターの使用状況を調べたうえでの性能確保であり、消費税込みでの新車価格は29万9200円だ。
普及に向けてまだまだ課題はあるかと思われる電動二輪だがEM1e:は通勤や通学、買い物などの日常的なユースに最適な乗り物と考えられる。交換式バッテリー「モバイルパワーパックe:」は自宅内へ持ち運んで充電が可能。満充電までは約6時間かかるため、帰宅して翌朝まで充電すれば翌日使える。航続距離53kmを実現するECONモードを選択すると出力と最高速度が抑えられ、ストップ&ゴーを繰り返す街中で使用しても40km程度の距離が走行可能。またEM1e:の特徴として前後輪連動のコンビブレーキが採用されている。左ブレーキレバーを操作するだけで後輪メインに前輪へも程よく制動力を配分してくれる。
埼玉県では2019年に「三ない運動」を廃止して、県立高校すべてでバイクの免許取得が認められた。さらに今回の舞台となった県立秩父農工科学高等学校のように、通学に不便な環境である場合にはバイク通学が原付限定で認められている。もちろん安全運転の徹底に向けて定期的な安全運転講習会を実施している。その一環として今回、試乗車にEM1e:を用意して将来的な電動車の普及にも取り組むこととなった。カーボンニュートラルを目指すうえで電動二輪は最も身近な手段として捉えられるわけで、運転免許を取得した高校生が通学に利用する初愛車としても最適と言えるだろう。講習会ではまず、ホンダモーターサイクルジャパンからEM1e:の技術的な特徴や取り扱いについて説明が行われた。
埼玉県での安全運転講習会には地域ごとにインストラクターとなる白バイ隊員が配属されている。秩父ではお馴染みである隊員2名が今回もインストラクターとして参加。バイクに乗るうえでヘルメット、特にアゴ紐の重要性を力説。アゴ紐をしていなかったばかりに死亡事故となってしまった実例を交えて、生徒たちに装備が命を左右することを痛切に訴えていた。
実際に装備しているライダーはまだまだ少数だが、バイク用エアバッグを強く推奨していた。車体とエアバッグを紐で連結させ、転倒時にライダーが車体から離れた瞬間にエアが噴出して頸部や腹部を保護してくれる。講習会ではガスを減らした状態ながら、実際に生徒がエアバッグの作動を経験することも盛り込まれた。
安価なものなら2万円前後から入手可能であるため、保護者へも利用を認めてもらえるようインストラクターが語りかけるシーンでは、参加した生徒たちが強く頷く様子が見てとれた。高校生といえば反抗的な態度を想像しがちだが、講習会に参加した生徒たちは皆、安全運転への意識が高いようで真剣に講義を聞く姿が印象的だった。
EM1e:を初体験する高校生たち
講習会は実際にバイク通学している生徒のほか、バイク通学を視野に入れている生徒たちだけでなく、EM1e:という電動スクーターに興味を抱いて参加した生徒たちも多くいた。彼らは日頃からバイクに接しているため基本的な操作は習得済み。EM1e:はサイドスタンドがなくセンタースタンドのみ装備しているため、まず車体を引き上げることから始める。参加者の中には小柄な女生徒も含まれていたため、一連の儀式で手こずるシーンも見受けられた。
インストラクターの掛け声とともにモーターをスタートさせる。実際に始動する前段階で、誤操作により車体が前進してしまう危険性をインストラクターが実演していたため、いずれの生徒も左ブレーキをかけたままスイッチを操作していた。当たり前だがモーターを始動させてもEM1e:は静粛性を保ったままで、走行可能な状態にあることはメーター内でしか確認できない。こうした特性も高校生たちには驚きだったようだ。
試乗は校舎入り口正面にあるロータリーを周回することから始める。左ブレーキレバーの操作だけで前後輪に制動力が作用するコンビブレーキを採用しているEM1e:なので、1周したら左ブレーキのみで停車するよう指導される。コンビブレーキの特性をインストラクターが説明して試乗スタートだ。
走行するEM1e:からはタイヤノイズだけしか聞こえてこないので、ライダーだけでなく見ている側も不思議な感覚になる。やはり音もなく移動する電動車は、未来を感じさせてくれる。またロータリーを1周したら左ブレーキだけで停車することも生徒たちには新鮮な経験だったようだ。リヤブレーキ主体に制動力が発生するため、車体が自然と起き上がることを経験。安全運転への第一歩としてリヤブレーキの重要性を覚えたことだろう。
ロータリーで基本的な特性を習得すると、次には校内を1周する周回コースへ向かう。ある程度の距離を走ることで、電動スクーターの特性を身体で覚えてもらおうという趣旨だ。また校庭の一角にパイロンが置かれ、Uターンを覚えるメニューも盛り込まれた。エンジンの振動や駆動ロスのないEM1e:ならではのスムーズな操作性を実感できたことだろう。
試乗した高校生・教諭の感想
それでは実際にEM1e:を走らせた生徒たちの声を聞いてみよう。まず伺ったのは2年生でバイク通学をしている千嶋尊さんに話を聞いた。「通学にスクーターを使っています。三峰から通学しているので航続距離が気になりますが、とても静かでスムーズに走ることが印象的でした」とのこと。電動モビリティの可能性について質問すると「将来的に普及することを実感しました。これなら自分でも乗ってみたいですし、周囲でも乗る人が増えるように思います」。ただし問題は価格だそうだ。
続いて話を聞いたのは仲良し三人組。左から高野寿季さん、髙橋悠杜さん、中田興我さん。このうちバイク通学をしているのは高野さんと中田さんの二人で高橋さんは免許取得時に乗車しただけとのこと。1年生の高野さんはJOGを愛車に毎日片道10km以上の距離を走って通学。同じスクーター同士、どのように違いを感じたのだろうと聞くと「お尻への振動がなくてとても楽でした。ただ、アクセルをどれだけ捻っても30km/h出ないのがもの足りませんでした」。住んでいるのが吉野であるため、峠をいくつか越えなければならない。そんなシーンでは心もとない印象だという。
2年生の中田さんはミッション車のYB-1でやはり片道10km以上のバイク通学をしている。もうすっかりバイクに乗る楽しさに目覚めている中田さんは「ゼロからのスタートがとても力強いと感じました。普段変速操作をしているので右手だけであれだけ加速してくれるのは面白いですね。左ブレーキだけで止まれるのも未来的でした」。
ではバイクに乗らない高橋さんはどう感じたのだろう。「免許取得の講習と、直後に友人のスクーターに乗らせてもらっただけですので、久しぶりのバイクはやはり楽しいです。特にエンジンがなくて静かなので、これからまた乗りたいと思いました」と、改めてバイクに乗るきっかけになりそうだ。
三人組に話を聞いていると、彼らを部活動で指導している教諭の斎藤晴樹さんが会話の輪に参加してくれた。今回の試みでは主導的立場にあり、ご自身もCB750Fを20年来の愛車にしているベテランライダー。巨摩郡レプリカのヘルメットで通勤されているほどバイクに理解のある方だけに、EM1e:に対する意見は参考になる。「私がバイクに抱えている印象とはまったく異質な乗り物でした。エンジンの鼓動は息遣いのようで、バイクが生き物のように感じられます。その点EM1e:は息遣いが感じられないどころか、音も振動もないため未来的な感覚です。エンジンのバイクはタイヤが路面を蹴っていくとすれば、EM1e:は滑らかにタイヤが転がる感じです」と一般的なライダー目線でお話ししてくれた。「都市コミューターとして魅力的な存在ですが、初心者が初愛車として選ぶと2ストのスクーターは怖くて乗れなくなると思います」と、改めて静粛性の高さと振動の少なさを痛感されていた。