世界に類を見ない、珍しい内燃機加工店「井上ボーリング」|創業70周年イベントを通して、エンジンにかける情熱と愛情を実感‼

一般的なライダーにとっては敷居が高い、あるいは無縁?と思われることが多い……ような気がする内燃機加工店。とはいえ、旧車とエンジンに興味がある人なら、井上ボーリングの活動には大いに興味をそそられるはずだ。

取材協力:井上ボーリング Tel. 049-261-5833 https://www.ibg.co.jp/

REPORT&PHOTO●中村友彦(NAKAMURA Tomohiko)

やっぱり井上ボーリングは世界に類を見ない、非常に珍しい内燃機加工店なのだなあ……。記事製作と掲載が遅くなったけれど、2023年11月23日、井上ボーリングの創業70周年イベントを取材した僕は、しみじみそう思った。

イベント参加者の愛車は多種多様だが、ホンダNSR250Rとカワサキ・マッハ系が多いのは、古くから2ストロークに力を入れて来た井上ボーリングならでは。

と言うのも、そもそも僕が知る限りでは、内燃機加工店がイベントを主催すること自体が珍しいのである。ではどうして、同店が数十人を集めるイベントが主催できるのかと言うと、常日頃から多くの趣味人と接しているからだろう。その言葉をもうちょっと詳しく説明するなら、プロショップからの発注がほとんどを占める一的な内燃機加工店とは異なり、井上ボーリングはプロショップだけではなく、DIY派のエンドユーザーにも幅広く門戸を開いているのだ。

井上ボーリングの代表を務める井上壯太郎さんのモットーは、“エンジンで世界を笑顔にしたい‼”。プライベートではブルタコ・シェルパ/メトラーラ、ホンダ ビートなど、ライトウェイトスポーツを愛用。
井上さんの解説を聞きながら、マシニングセンタがズラリと並ぶ工場内を見学する参加者の皆様。右の棚には、アルミメッキスリーブが置かれている。
 

そしてそういうお客さんに、内燃機加工に関する作業を包み隠さず見せてくれるところも、井上ボーリングの特徴である。と言っても、他店が必ずしも秘密主義というわけではないし、井上ボーリングだって普段は工場内の一般公開はしていないのだが、エンジン好きの視点で考えれば、バルブシートカットやシリンダーのボーリング&ホーニング、クランクシャフトの芯出しといった作業の見学は、相当に興味深くて楽しいに違いない。事実、創業70周年イベントで行われた工場見学では、参加者全員が多種多様な工作機械や職人の緻密な仕事を食い入るように見つめていた。

4ストロークのエンジンオーバーホールで、ほぼ必須になるのが吸排気バルブのシートカット。同店が所有するバルブシートリフェーサーはスイスのMIRA製で、自動調芯機構とバキュームテスターが備わっている。
職人芸と言いたくなるクランクシャフトのフレ確認・芯出し作業は、ダイアルゲージ+Vブロックと銅ハンマーを使って行う。

独自に開発したICBMとラビリ

そういったフレンドリーさに加えて、井上ボーリングが他の内燃機加工店と異なるのは、さまざまな提案を行っていること。と言っても内燃機加工店の主な仕事は、依頼者からの指示に従ってエンジンパーツの加工や修正を行うことなのだが、同店ではそれに加えて、内燃機の革命と言うべき新しい技術を独自に開発し、積極的に発信しているのだ。

ICBMを導入したカワサキ空冷Z用のシリンダー。他の内燃機加工店での作業を念頭において、アルミメッキスリーブとストッパーリングは、パーツとしての販売も行っている。

中でも最も注目するべき技術は、1990年代以前のエンジンで定番だったアルミシリンダー+鋳鉄スリーブを、現代的なアルミシリンダー+アルミメッキスリーブに置き換える、ICBM(Inoue Boring Cylinder Bore Finishing Method)だろう。耐久性・冷却性の大幅な向上や軽量化、摺動抵抗の低減、長期保管時に発生しがちな錆びの解消など、さまざまなメリットが得られるICBMは、同店が昔から推奨してきた旧車の“モダナイズ”を象徴する技術なのである。

ヤマハRZ/RZ-Rシリーズも、ICBMの依頼が多い車両。右は井上ボーリングが補修用として開発した、カワサキZ1用とH2用のコンロッド。

また、2気筒以上の2ストロークエンジン用として開発されたラビリも、井上ボーリングならではの新しい技術だ。ラビリの発端は“抜け”が発生しやすいホンダNSR250Rのラバー製クランクセンターシールで、同店では対策品として内部を迷宮構造とした非接触・金属製のラビリンスシールを準備することで、問題を解決。現在はカワサキ・マッハ系や1991年以降のヤマハTZR250R、1996年以降のスズキRGV-Γ250SPなどに適合する製品も登場している。

純正のラバー製センターシールに替えて使用するラビリは、部品単体とクランクシャフトに組み込んだ状態で展示。右はNSR250R用で、左はカワサキ・マッハ系用。

車両メーカーに先駆けて、水素エンジンを実用化

製作開始から実際に走行するまでに数年の歳月を要した、井上ボーリングの水素バイク1号機。クランクケース内で起こるプレイグニッション=早期着火という問題を解決するため、インジェクターの位置と燃料噴射量の見直しは何度も行われた。

ICBMやラビリとは取り組み方が異なるものの、車両メーカーに10年以上先駆ける形で、水素エンジンを実用化したことも、内燃機の将来を考える井上ボーリングならではの仕事と言えるだろう。同店が開発に使用した車両は空冷2ストローク単気筒のヤマハTY250スコティッシュで、燃料は一般に市販されている水素ガスを使用。さまざなな方式をトライした結果、水素ガスは2つの気体用インジェクターを介して、シリンダーの掃気ポート4ヵ所に噴射している。。

水素ガスを噴射する気体専用のインジェクターは、シリンダー左右の掃気ポートに設置。純正のミクニ製キャブレターは、空気の吸入/制御とオイル供給のみを担当している。

2009年に完成した井上ボーリングの水素バイク1号機は、数多くのメディアから取材を受け、テレビ東京のワールドビジネスサテライトに登場したこともあるので、当記事を読んでいる人の中にも覚えている人がいるはずだ。そして現在の井上ボーリングは、スズキRG125Γをベースとする水素バイクの2号機を開発中で、この車両では燃焼効率の向上を目指して、1号機とは異なる吸気系を検討していると言う。

RG125Γをベースとする水素バイクの2号機は、2ストローク特有の1次圧縮に依存しない吸気系を検討中。電動スーパーチャージャーの使用も考えているそうだ。

さて、珍しさや独創性を強調する文章になってしまったが、創業70周年イベントを取材した僕が改めて実感したのは、井上ボーリングの内燃機関にかける情熱と愛情である。と言っても、当記事でそのすべてを語り尽くせたとは思えないので、井上ボーリングの仕事に興味のある方は、同店のウェブサイトやYouTubeチャンネル(https://www.youtube.com/c/iBiNOUEBORING)をご覧いただきたい。

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著者プロフィール

中村友彦 近影

中村友彦

1996~2003年にバイカーズステーション誌に在籍し、以後はフリーランスとして活動中。1900年代初頭の旧車…