ボンジョルノ!在伊ジャーナリストの大矢アキオ ロレンツォです。
前回に引き続きイタリアを代表するデザイン研究開発企業のひとつ、イタルデザイン社のデザイン部長 ホアキン・ガルシア氏のインタビューをお届けします。今回は56年の歴史をもち、かつアウディ傘下という同社が立ち向かうべき課題について話してもらいました。
ホアキン・ガルシアJoaquin Garcia
カルデナル・エレーラ大学(バレンシア)で工業デザインを学んだ後、1998年にロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートでヴィークル・デザインの修士号を取得。ルノー、フォード、シュコダで勤務ののち、2015年からセアト/クプラでエクステリア・デザイン責任者を務める、その後、中国NIO欧州デザインセンターの代表を経て、2023年3月イタルデザイン社でカーデザインとプロダクトデザイン双方を統括するヘッド・オブ・デザインに就任。
Q: イタルデザインがフォルクスワーゲン(VW)グループ傘下、具体的にはベントレー、ランボルギーニ、ドゥカティを擁するアウディ・グループの一員となって2024年で14年が経過しました。あなたはイタルデザインのどのような伝統を守りたいですか?
JG: VWグループの一員であることは幸運です。なぜならVWは世界で最もパワフルな自動車グループのひとつであり、R&Dやイノヴェーションにおいて大きな可能性をもっています。その力の恩恵を受けていることを、極めて誇りに思っています。
イタル・デザインのDNAは不変であり、これからも変わることはありません。この企業はデザイナーであるジョルジェット・ジウジアーロと、エンジニアのアルド・マントヴァーニによって設立されました。当初からデザイナーと技術者を対等の立場に置いたのです。同時に、世界中のどのような顧客にもサービスを提供することを目指しました。それは今日でも同じです。業務はVWグループ系各ブランドが中心ですが、他の欧州メーカーを含む世界のさまざまな国・地域の自動車メーカーと取引をしています。
このユニークな立ち位置は非常に恵まれたことです。巨大な自動車グループに属しながら、よりリアルな世界市場との接触があるのです。それは相互利益ももたらしています。VWグループの人々は世界に向けて扉を開き、いっぽうでイタルデザインの仲間たちは、より高レベルの世界を見ることができるのです。しかし最も重要なことは機密保持です。チームも企業も機密保持に精通しています。作業空間からITシステムに至るまで、個々のプロジェクトは完全に独立しています。顧客指向と高い機密保持はイタルデザインにとって不変です。それに失敗するだけで、私たちの会社は消滅するという覚悟で臨んでいます。
Q: 一方で、あなたはイタルデザインのどのような部分を変えてゆきたいですか?
JG: クライアントに対して、もっとイノベーションのためのパートナーであるべきだと思います。何かをしてほしいときだけ電話で呼ばれるサプライヤーであってはいけません。クライアントと同じ視点に立ち、チームを組んでインスピレーションを与える存在であるべきです。
世界が変化するなかで、私たちも変化・成長し、学ぶ必要があります。最新のコンセプトカー「クインテッセンツァ byイタルデザイン」は、その実現を目指した初の具体例です。私たちは業界にインスピレーションを与えます。もちろん言うのは簡単で、実行するのは容易いことではないことは理解していますが、クライアントをフォローするのではなく、リードする必要があるのです。
従業員の高齢化への対応も必要です。多くの社員は膨大な経験を有しながら、同時に年齢も重ねています。いっぽうで、より若く、より新鮮で、より国際的な会社にする必要もあります。必要であれば、英語でのコミュニケーションをより強化することも大切です。私たちのルーツやアイデンティティ、そしてイタリア性を失うことなく、よりグローバルになることを目指します。
Q: アイデンティティの確立とグローバル化。難しい課題ですね。
JG: それを明確にしなければ、特に中国において、私たちは無用の存在になりかねません。多くの欧米メーカーだけでなく、OEM企業までもが中国企業との競争に苦戦しているのは、その答えを見いだせないからです。彼らの市場で、私たちができる最善のことは何か? その答えを見つけるのは、容易なことではありません。
イタルデザインに来る前、中国系ブランドで働いていた私は、彼らの企業と人々を尊敬しています。しかし、北京にある研究施設「VWフューチャーセンター・アジア」による、ある報告は衝撃的でした。中国ユーザーが欧州ブランド車の購入を検討する際、レガシーが重要な位置を占めるかと思いきや、関心がない人が一定のパーセンテージを占めていたのです。代わりに彼らが求めるものは、「最新であるか」であったり「価格」でした。そればかりか、「コピーでさえ気にしない」という回答もみられたのです。私たちは、世界の人々が同じ価値観を共有しているわけではないことを直視しなければなりません。
世代という観点でいえば、中国の一人っ子政策下で育った世代は今日20〜30代となり、自動車の顧客です。両親の温かい愛情のもと育った彼らは裕福で、何事においても早いもの、最新のものを好みます。それは市場やマーケティングにとって良いことですが、デザインはそれに追随してはいけません。成熟した価値観とは何かを見失ってはいけないのです。そうでなければ、製品はより多くのお金を持っている人のためのものになってしまいます。難しい課題ですが、同時に好機です。単に市場を追うのではなく、意味ある手段を選択すべきです。
Q: 組織においてデザイナーとエンジニアは、ときに対立します。日本の開発体制では、「デザイナーはエンジニアよりも格下」という風土が根付いていました。
JG: 欧州でも同じでした。変化のきっかけを作った1社はルノーコリア自動車でした。同社はいち早くCEOの直下にデザイン組織を置きました。その効果が今、現れています。
従来デザインは、まずエンジニアに報告されていましたが、業界における潮流のひとつは、デザイン部門がCEOに直接報告するシステムです。
Q: つまり、デザイナーの立ち位置、エンジニアとの関係はどうあるべきでしょうか?
JG: デザイナーはエンジニアとは対等であるべきです。デザインには美的なものだけでなく、戦略的な価値があるからです。ただし、そうである以上、デザイン作業とは単に上手なドローイングを手がけたり、見事なクレイモデルを制作することではありません。企業にとってより意味あるもの・戦略的なものではなければならないのです。
同時に、デザイナーはエンジニアと協力し、彼らを尊重する必要があります。エンジニアはデザイン開発や問題解決において欠かせない存在だからです。最終製品はスケッチでもモックアップでもないのですから。
デザインは常に購入の動機における重要な項目のひとつです。きわめて安い車を除けば、たとえ安くても醜い車を買う人はいません。 ちなみに、安い車を求める人は新車を買いません。安く不格好な自動車のコンペティターは中古車なのです。
したがってデザインはより積極的かつ戦略的で、もっと多面的であるべきです。デザインランゲージを超越して、この自動車の目的は何なのか? この車の意味は何なのかを熟考する必要があります。マーケティングや社会学者、心理学者とも連携して、すべてを理解する必要があります。伝統的なスケッチや、デザイナーだけの満足ではいけないのです。
デザイナーはカスタマージャーニー(筆者注 : 顧客が商品に関心を抱き購入し、他者に勧めたり、継続して購入するまでの流れ)を理解しなければなりません。製品は、アフターセールスの中核でもあり続けます。デザイナーの仕事自体は、それをコントロールすることではありませんが、そうした流れの一部であることを自覚し、そのすべてを理解すべきです。
Q: 多くの自動車メーカーが、国外にデザインセンターやサテライトスタジオを開設しています。実際のところ、これらはクリエイティヴな環境として効果的でしょうか?
JG: そうしたスタジオの多くは、風光明媚な地域や、刺激的な都市にあります。ただし、効果的である反面、企業の規範や戦略を軽視したり無視することを許してしまいます。私自身、それを見てきました。サテライトスタジオが提案するものはナイスですが、役立たないことが多々あります。なぜなら、たびたび製作の経緯や計画から逸脱しているからです。もっと文脈を踏んだものであることを意識する必要があります。思いつきで美しい場所に置くだけでは駄目で、設立することによる付加価値を考えることも重要です。
Q: イタルデザインがトリノを本拠とする価値は?
JG: 深い自動車文化を呼吸できること、芸術、建築、素晴らしい食事を、卓越したロケーションを呼吸できるのです。そうした環境で私たちは成長し学び、変化し続けます。大切なことは、私たちは立ち止まってはならない、ということです。
イタルデザインのエンジニアリング・チームは優秀です。私は四半世紀以上、自動車デザインの世界にいますが、ここまで素晴らしい組織を私は見たことがありません。私の仕事をサポートするデザイン、エンジニアング、そして製作チームは、すべて同じ高レベルにあり、すべてが平等です。これこそジウジアーロ、マントヴァーニ両氏が残した最高のレガシーなのです。
Q: 最後に余談ですが、あなたが“夢のディナー”を催すとしたら、誰を招待しますか?
JG: もちろんジョルジェット(・ジウジアーロ)、と言いたいのですが、それでは答えが簡単すぎてしまいます。かつて共に仕事をした元ルノーのパトリック・ルケマンや元フォードのクリス・バード、現在ボルボ・カーズのヘッド・オブ・デザインを務めるジェレミー・オファー、尊敬するフェラーリのフラヴィオ・マンツォーニに声をかけましょう。
ブラウン社製品を多く手掛けたディーター・ラムス、元アップルのジョナサン・アイブも呼びたいですね。建築家たちとは正直なところ、もっと話をしたいですね。ミース・ファン・デル・ローエ、(アップル・パークをデザインした)、ノーマン・フォスターといったところでしょうか。
そしてテイラー・スウィフトも呼びましょう。優秀な歌手であるだけでなく、驚くほど創造的で、パフォーマンスも素晴らしい。作曲も手掛け、自身のプロデューサーでもあり、会社経営者でもあり、社会的なアイドルでもあります。そして…自動車を愛し、ベントレーをはじめ運転しています。彼女を呼んで、歌声も聞きたいですね。おっと、自動車関係者以外のほうが、招待者が多くなってしまいました!
大矢さんから
2回にわたってお送りしたガルシア氏のインタビュー、いかがでしたか。イタリアを代表するカーデザインR&D企業をリードする彼が、いかに現状を冷静に分析したうえで伝統を受け継ぎ、未来に向かって取り組もうとしているかがおわかりになったと思います。このリポートがデザイン現場で働く人、これからカーデザイナーを目指す人たちにとって、何らかの道標となることを願っています。それでは皆さん、アリヴェデルチ(ごきげんよう)!
編集部より