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刺激的だが、その本質は上品
707PSという最高出力に尻込みして、実際、スターターボタンを押した瞬間の「フォン!」という炸裂音は刺激的だったけれど、アストンマーティンDBX707は野蛮なクルマではなかった。アイドル状態からブレーキペダルを少し緩めると、極めて上品に走り出す。
その発進加速は、牧場の搾りたてのミルクでこさえたソフトクリームのように、滑らかで、むっちりと濃厚で、甘美だ。静かな早朝の都心、バカみたいにアクセルペダルを踏まなくても、4.0リッターV型8気筒のスウィートなフィールに酔うことができる。
都心での振る舞いがジェントルだと感じたもうひとつの理由に、乗り心地のよさがある。といっても、ふわんふわんという乗り心地ではなく、硬いは硬い。けれども、野球のボールやゴルフボールを真芯でとらえた瞬間のような、「カチン!」という心地よい硬さだ。硬いというよりも、清々しいとか、爽やかな乗り心地だと表現したほうが適切かもしれない。
ワインディングと海岸線を楽しむドライブへ
ホイールベースが3m超、全長も5mを超える立派なサイズでありながら、街中での取り回しに不安を感じないのは、ボディの四隅を把握しやすく、斜め後方の視界に死角がないという、アストンマーティンの伝統によるところが大きい。
モータースポーツでの、サイド・バイ・サイドやテール・トゥ・ノーズの極限のバトルを戦ってきたこのブランドは、スポーツカーでもスポーツセダンであっても、ボディの端っこまで手のひらに収めているような感覚があった。そしてその感覚は、ブランド初のSUVであるDBXにも受け継がれている。
本日のDBXツーリングの目的地は熱海。せっかくのアストンだから遠くへ行きたいけれど、この手のクルマのオーナーとなる方は多忙だ。東京の都心から一泊二日の旅程で、箱根のワインディングロードと海岸線のドライブの両方が楽しめる熱海がDBXツーリング提案の候補となったのだ。昨年オープンして話題となっている、ラグジュアリーなリゾートホテルを目指して、東名高速を西へ向かう。
車線変更でも運転が楽しめる
標準仕様と比べて、V8ツインターボの最高出力、最大トルクともに大幅に強化されたことを受けて、3チャンバーのエアサスペンションも見直しを受けている。ただし、首都高速3号線のつなぎ目を越えたり、あえて舗装の荒れている箇所を通過して感じたのは、パワーアップしたからといって単純に固めたわけではない、ということだ。感じたのは、電子制御式のダンピングシステムの制御がきめ細やかになっているということ。路面の状況や運転スタイルに応じて最適なセッティングにする仕組みに変更はないけれど、より素早く、より丁寧にセッティングしている。
だから高速道路を巡航するアストンマーティンDBX707は、たとえば車線変更でも楽しい。ハンドルを切った瞬間に足まわりのセッティングが最適化され、ほとんどロールを感じさせないまま、思った通りに動く。ドライバーの意志が瞬時に、正確に反映されるから、ハンドルを握っているのが楽しいし、こんなクルマをドライブできる自分が誇らしくなる。背が高いスタイルを採ろうが、アストンはアストンなのだ。
「GT」「Sport」「Sport+」のドライブモードから、最もヤル気の「Sport+」を選ぶ。アクセル操作に対する反応が俊敏になるのと同時に、エンジンは高回転をキープする制御へと変わる。エキゾーストノートも野太さをまし、室内はエキサイティングな雰囲気に一転する。
五感で感じられる“いいモノ”感
ETCゲートを通過したところでアクセルを開けると、「バリバリバリ」という雷鳴のようなエキゾーストノートが轟き、蹴飛ばされるように加速した。ルックスも振る舞いもジェントルマンであるけれど、スーツの下は筋骨隆々のフィジカルエリート、まさにジェームズ・ボンドなのだ。
箱根のワインディングロードに入ると、このクルマの身体能力の高さに圧倒される。アクセルを踏めば望むだけの加速が手に入り、コーナーではほとんどロールしないけれど、でも必要最低限の軽いロールを伴いながら、美しいコーナリングフォームで駆け抜ける。高速クルーズで感じたキメの細かいセッティングは、ワインディングロードを疾駆するような場面でもドライバーに恩恵をもたらす。
けれども、パワフルで速い、という興奮をひと通り味わった後で心に残るのが、五感で感じる“いいモノ”感だ。まず、ドライバーの気持ちとシンクロするように盛り上がる抜けのよいエキゾーストノートが鼓膜を刺激する。ステアリングフィールは、まるで前輪と手のひらが直結しているように感じるほどダイレクトで、運転というよりはクルマとの対話だ。腰から背中にかけてを包み込むようにホールドしてくれるシートや、制動力が高いことはもちろんミリ単位でコントロールできるブレーキなど、実は非常に繊細なクルマなのだ。
磨き上げられたブリティッシュ・サラブレッド
ラグジュアリーやパワフルという点に目が向きがちだ。一方で、内装の仕立てや減速感、それにコーナリングフォームなど、細部に至るまでソフィスティケイトされている点も見逃せない。そしてこの洗練こそが、ブリティッシュ・サラブレッドであるアストンマーティンが、長年かけて磨き上げてきたものなのだ。ジェントルマンとしての素養はより上品に、スポーツマンとしての資質はよりアグレッシブに。パワーアップして足まわりのセッティングも見直した“707”は、そのレンジが広くなっている。
本日の目的地である熱海パールスターホテルに到着。車寄せでもう少し運転したい、と感じたのは、一流のレストランで「もう少し食べたい」と感じる、あの気持ちに似ている。本当においしいものは、そんな余韻を残すものなのだろう。
2022年の9月にオープンしたこのホテルの立地は、サインビーチの目の前、お宮の松の正面という、熱海の超一等地。そして、実は熱海でありそうでなかったスタイルのホテルだ。というのも、“東洋のモナコ”とも称される熱海であるけれど、温泉ホテルや旅館はあっても、総合型のラグジュアリーなリゾートホテルは存在しなかった。
攻めても流しても最高の体験が得られるのがDBX707
そんな状況にあって、パールスターホテル熱海は全87室に温泉があり、ジムやスパ、レストランにバー、そしてティーラウンジなど、すべてがここで完結するホテルとして誕生したのだ。実際、ホテルの中を散策すると、一歩も外に出なくても旅が完結するように感じる。熱海にあってこのホテルがどれだけユニークかといえば、地元の方や別荘族が喜んでジムやスパ、そしてレストランを利用していることからもわかるだろう。
部屋から相模湾をのんびりと眺めていると、日常のわずらわしい出来事を忘れることができる。そして、明日は箱根山中を攻めようか、海沿いのワインディングロードを流して帰ろうか、そんなことをぼんやりと考える。アストンマーティンDBX707が、どちらを選んでも最高の体験をもたらしてくれることは確認済みだから、これは楽しい悩みだ。
熱海という伝統的な保養地に新しい価値をもたらしたホテルと、アストンマーティンという歴史あるブランドの次代のアイコンとなるアストンマーティンDBX707。あまりにハマった組み合わせに、思わずニヤリとしてしまった。
REPORT/サトータケシ(Takeshi SATO)
PHOTO/小林邦寿(Kunihisa KOBAYASHI)
SPECIFICATIONS
アストンマーティンDBX707
ボディサイズ:全長5039 全幅1998 全高1680mm
ホイールベース:3060mm
車両重量:2245kg
エンジン:V型8気筒DOHCツインターボ
総排気量:3982cc
最高出力:520kW(707PS)/4500rpm
最大トルク:900Nm(91.8kgm)/6000rpm
トランスミッション:9速AT
駆動方式:AWD
サスペンション:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後カーボンセラミック・ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ:前285/40YR22 後325/35YR22
最高速度:312km/h
0-100km/h加速:3.3秒
車両本体価格:3290万円
【問い合わせ】
アストンマーティン・ジャパン・リミテッド
TEL 03-5797-7281
https://www.astonmartin.com/ja