初のフル電動「ロールス・ロイス スペクター」の大前提

ロールス・ロイス初のフル電動「スペクター」の大前提は「EVでもロールス・ロイスであること」

夜の東京で、新時代の超プレミアムクーペ「スペクター」を味わう。
夜の東京で、新時代の超プレミアムクーペ「スペクター」を味わう。
ロールス・ロイス初の電気自動車、スペクターが日本に上陸した。できるだけパワートレインの存在を感じさせたくない超高級車にとって、モーターはベストの選択なのだろうか。夜の東京で、新時代の超プレミアムクーペを味わう。(GENROQ 2024年5月号より転載・再構成)

Rolls-Royce Spectre

創業技術者の冷静な予言

ロールス・ロイス初の電気自動車、スペクターが日本に上陸した。できるだけ パワートレインの存在を感じさせたくない超高級車にとって、モーターはベストの 選択なのだろうか。夜の東京で、新時代の超プレミアムクーペを味わう。
ついに日本に上陸したロールス・ロイス初の電気自動車「スペクター」。

パワートレインの電動化がクルマのヒエラルキーを一変させる。その可能性が顕著に窺えるのは、むしろ高級車のカテゴリーかもしれない。差別化の要素であったエンジンがモーターに置き換わることで平滑化した個性をどこで際立てるか。先鋭的なインフォテインメントシステムを通じた空間価値の提案や、デジタライズされた駆動輪制御による新たなダイナミクスの追求などを通じて、各社の模索が既に始まっていることは伝わってくる。

ロールス・ロイスはその歴史の中で、エンジンの発する音・振動をいかになきものに近づけるかに心血を注いできた。最初のモデルに位置づけられる10HPの登場から120年。登場当時は、BEVこそがこれからの本流だと見込まれていたが、ヘンリー・ロイスは航続距離のネガは到底拭えないと踏み、内燃機の洗練に専念する道を選んだ。一方で自らが目指すクルマの方向性とモーターとの親和性の高さも認めており、機が熟せばロールス・ロイスのパワートレインはモーターに置き換わるという方針も示していた。この読みはもうひとりの創業者たるチャールズ・ロールスとも完全に一致している。

創業技術者の冷静な予言は、BMWとのアライアンスで四半世紀に渡った12気筒世代を経て、ようやく現実のものとなった。ロールス・ロイスはこのスペクターを皮切りに、パワートレインの電動化を推し進め、2030年には完了させるという。

BEVだからといって尖った形状はない

「アーキテクチャー・オプ・ラグジュアリー」と呼ばれるアルミスペースフレーム形式の車台は、現行ファントムを筆頭にカリナン、ゴーストと採用されてきた。駆動用バッテリー搭載を織り込んだ設計とされていたそれをスペクターが採用したことで、全モデルの完全電動化への道筋も示されたことになる。つまり2030年以降、販売されるすべてのロールス・ロイスはBEVとなるとみて間違いはない。方針変更が示される可能性はゼロではないが、恐らく顧客の大半は問題なくそれを受け入れるはずだ。スペクターに乗るとそう確信させられる。

駆動用モーターは前後軸に搭載し、その総合出力は585PS、そして最大トルクは900Nm。数字的にはゴーストが搭載する6.75リッターのV型12気筒ツインターボをやや上回るところにいる。そして動力性能的には0-100km/h加速が4.5秒、最高速は250km/h。搭載する駆動用バッテリー容量は102kWhとなり、航続可能距離は530kmと発表されている。もちろんこれらは対外的な広報のための情報で、スペクターのオーナーは知らずとも、必要かつ十分という説明を真に受けておけばいいと、そんな話だ。

デイライトとヘッドライトを上下二段で配するロールス・ロイスらしい顔立ちがシャープな印象なのに対して、ファストバックスタイルの後ろ姿はやや優しげに映る。恐らくテールランプの小ささなどがそう見せるところもあるのだろう。が、Aピラーから継ぎ目なく一体化されたルーフライン、そしてリヤフェンダーに至る造形はスペクターが工芸品であることを否応なく伝えてくる。車内に乗り込むとそこに広がるのは、見誤りようもないロールス・ロイスの意匠や質感だ。メーターは全面的に液晶化されたものの、全体のレイアウトや空調やインフォテインメント等の操作系などは他のモデルと同じロジックで構成されている。鼻腔を抜ける車内の匂いも、手や肌が触れる箇所に巻かれた革の吸い付くようなきめ細かい鞣し感も記憶の中のそれだ。BEVだからといって尖った形状や意気込んだ誂えはなく、彼らの平常を淡々と装っている。

極限まで引き出したBEVならではの利

車内に乗り込んでブレーキペダルを踏み込むと、巨大なコーチドアは自動で引き込まれるも、イグニッションのオンオフ的な行為は省略されていない。他のモデルと同様、スタートボタンを押した後、コラムレバーでDを選択する、そんな走行準備は必要だ。コラムレバーにはLOWボタンならぬBボタンがあり、押すと回生減速を強調したワンペダルドライブも可能となる。車体を大きく揺するような激しさはなく、ワインディング等では効果的だろうが、Dレンジでも従来のエンブレに相当する穏やかな減速感はあるので、大半の人はこちらで満足するだろう。

そのDレンジで走らせるに、スペクターのパワートレインの躾は限りなく従来の12気筒に準じている。ペダル操作に対しては滲み出るようなトルクでじんわりと車体を滑らせ、やんわりと速度を乗せていく。加減速Gのコントロールは抜群にやりやすく、停止時の回生減速と油圧ブレーキとの協調も綺麗になめされている。と、ここで褒めたくなるのはモーターに比肩するほどシームレスなパワーデリバリーを実現していた内燃機の側だ。ロールス・ロイスはフェラーリやランボルギーニとは正対的な方向で、12気筒の利を極めた感がある。

一方、スペクターには内燃機ではそうはいかない、BEVならではの利を極限まで引き出したポイントがある。それは経験したことがないほどの静粛性だ。23インチの幅広タイヤを履きながらロードノイズの類も封じ込められている辺りは、剛性材としても一助している駆動用バッテリーの隔壁効果があるのだろう。

初のフル電動であってもまるで感じられない威厳の乱れ

レイスが生産終了となった今、スペクターはロールス・ロイス製唯一のクーペボディとなる。
レイスが生産終了となった今、スペクターはロールス・ロイス製唯一のクーペボディとなる。

恐ろしく静かで滑らかなこの移動体は、意外や動的に饒舌な一面も持ち合わせる。ロールやピッチ、バウンドを無理に封じ込めようとせず、大きなマスを動かしているという実感を心地よく伝える程度に動いてドライバーの運転実感を途切らせない。

動力源が何かという以前に、いかにロールス・ロイスであるかということがスペクターの大前提にはある。自動車を取り巻く環境は百年に一度の変革期と言われるが、その成り立ちに威厳の乱れはまるで感じられない。なんなら自転車でも宇宙船でもロールス・ロイスにしてしまうだろう、スペクターからはそんな彼らの揺るがない自負が滲み出ている。

REPORT/渡辺敏史(Toshifumi WATANABE)
PHOTO/小林邦寿(Kunihisa KOBAYASHI)
MAGAZINE/GENROQ 2024年 5月号

SPECIFICATIONS

ロールス・ロイス・スペクター

ボディサイズ:全長5475 全幅2017 全高1573mm
ホイールベース:3210mm
車両重量:2890kg
フロントモーター最高出力:190kW(258PS)
フロントモーター最大トルク:365Nm(37.2kgm)
リヤモーター最高出力:360kW(490PS)
リヤモーター最大トルク:710Nm(72.4kgm)
トータル最高出力:430kW(584PS)
トータル最大トルク:900Nm(91.8kgm)
バッテリー容量:102kWh
一充電走行可能距離:530km(WLTP)
駆動方式:AWD
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ:前255/40ZR23 後295/35ZR23
0-100km/h加速:4.5秒
最高速度:250km/h
車両本体価格:4800万円〜

【オフィシャルウェブサイト】
ロールス・ロイス・モーター・カーズ
https://www.rolls-roycemotorcars.com/

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