ロールス・ロイス初の市販BEV「スペクター」に南アフリカで試乗

ロールス・ロイス初のBEV「スペクター」の南アフリカテストに参加してプロトタイプを初試乗

250万kmに達するテスト走行を課され万全の上にも万全を期して開発が進むスペクター。ロールス・ロイスにとって初の市販BEVの試乗が、ごく僅かなメディアに対して解禁された。南アフリカを舞台にしたテストの模様をモータージャーナリストの大谷達也が報告する。

Rolls-Royce Spectre

誕生するべくして誕生したスペクター

「EVは完璧なまでに静かでクリーン。匂いもせず、振動もありません。充電ステーションが整備されれば、非常に便利な乗り物になるはずです」。ロールス・ロイスの創業者であるチャールズ・ロールズは、いまから120年以上も前の1900年にそう語ってEVの可能性について指摘したという。驚くばかりの慧眼だが、「だからロールス・ロイスはスペクターを世に送り出す」という筋書きは、いささかできすぎというべきだろう。

それでも、彼らが電気モーターをひとつの理想としてエンジン開発に取り組んできたことは、紛れもない事実だ。静かで、スムーズで、強大なトルクがたちどころに得られる電気モーターこそ、ロールス・ロイスにもっとも相応しい動力源。そうした思想は、近年、彼らが手がけてきたV12エンジンからも明瞭に感じ取ることができた。

もうひとつ、ロールス・ロイスのクルマ造りで指摘すべきことは、完璧なラグジュアリーの飽くなき探求であろう。ロールス・ロイスの魅力は、ただ豪華で快適なことだけではない。ステアリングはあくまでも正確で、的確なフィードバックと卓越したドライバビリティが実現されている。だからこそ、すべてのロールス・ロイスはエフォートレス、つまり何の苦もなくドライブできるのである。この、どんな微細な見逃しも許さない徹底したクルマ造りこそ、ロールス・ロイスをロールス・ロイスたらしめている最大の要因といって間違いない。

スウェーデンから南アフリカまで

やや前置きが長くなったが、こうしたロールス・ロイスの哲学は、スペクターの開発に際しても完璧に受け継がれた。いや、これまで以上に念入りに行われたというべきだろう。なにしろ、彼らがEVの量産モデルを造り出すのは、これが初めて。いままでと同じように完璧を尽くしたつもりでも、どこかに落ち度が潜んでいないとも限らない。そこで彼らは、250万kmという、かつてない開発プログラムを計画。北はスウェーデンから南は南アフリカの荒野にまで足を運び、徹底的にその熟成に努めたのである。

さらには、世界中から9名のメディア関係者を南アフリカでのテストに招待。そのコメントを開発にフィードバックするプロジェクトさえ遂行した。社外の人間がプロトタイプを操るのは、これが史上初のこと。幸運にも、私もそのひとりとしてテストに参加できたので、そこでの体験をご報告しよう。

スペクターの印象をひとことで語るのは簡単だ。内外装の仕上がりのみならず、その静粛性や快適な乗り心地、さらにはハンドリングや動力性能にいたるまで、なにからなにまでロールス・ロイスそのものだ。

例えばクルマが発進する瞬間の「ヌルッ」とした感触、さらにはそこからひとつのショックもなくシームレスに加速していく様は、いかにもロールス・ロイスらしい。EVだからといって、刺激的な加速感を無闇に強調したりしないのも、ロールス・ロイスらしい見識といえる。

ロールスファンは 諸手を挙げて歓迎するだろう

狭い道での見切りのよさ、さらにはそんな状況でも思いどおりに進路を定められるステアリングの正確さも、ロールス・ロイスが代々築き上げてきたものと何ら変わらない。

シフトモードはDレンジとBレンジの2つだけとなるのもロールス・ロイスの慣例どおり。ただし、Bレンジはワンペダル・ドライブとされ、ブレーキを用いることなく完全停止までできる(いかにもBMW的!)点のみ、既存モデルと異なっている。そのワンペダル・ドライブも、神経質なところがなく、実に扱いやすい。

ワインディングロードでは小雨にたたられたが、接地感が鮮明なステアリングフィールのおかげで自信をもってコーナリングできた。ただ、スロットルペダルを全開にしてもV12サウンドが聞こえない点が、唯一にして決定的な違いか。

いずれにせよ、ロールス・ロイスをこよなく愛するファンが、諸手を挙げてスペクターを歓迎することだけは間違いないだろう。

プラナー・サスペンションというコンセプト

このタイミングでスペクターをリリースする理由について、トルステン・ミュラー・エトヴェシュCEOに訊ねた。「数年前にEVのコンセプトカーを発表したとき、お客さまはとても驚いた様子でした。しかし、その後、状況は大きく変わり、いまや顧客の多くはタイカンやテスラを所有し、ご自宅や事務所にウォールボックスを備えています。つまり、すでにEVを体験済みなのです」

しかも、彼らはロールス・ロイス製EVの1日も早い誕生を待ち望んでいたらしい。「EVに乗ることで、従来のロールス・ロイスとは異なるメッセージを周囲に伝えられると考えているようです」

一部の顧客にはすでにスペクターを案内済みだが、その反応は上々だったとミュラー・エトヴェシュCEOは語る。「皆さま、とても喜ぶと同時に、ほっとしているようでした。巨大なディスプレイを取り付けたりグリルのないデザインにすることなく、いかにもロールス・ロイスらしい点がお気に召したようです」

典型的なオーナーはどのようにクルマを使っているのか。技術部門責任者のミヒアル・アヨウビに訊ねた。

「カリナンやゴーストを頻繁に使われるお客さまでさえ年間走行距離は1000kmほどで、3000kmを超えることは滅多にありません。そして94%のお客さまは1週間に150km以上走ることがありません」

第2世代に進化したプラナー・サスペンションについても質問した。

「プラナー・サスペンションとは、アクティブダンパー、アクティブスプリング、アクティブアンチロールバーで構成されるサスペンションのコンセプトを意味しており、ゴーストで見られた2本のアーム(ウィッシュボーン・ダンパー)がプラナー・サスペンションではありません。ゴーストとスペクターとでは、車重とバネ下重量のバランスが大きく異なるため、スペクターではウィッシュボーン・ダンパー(のうちの一本)が不要になりました」

そしてアーキテクチャー・オブ・ラグジュアリーのEV化については、次のように説明してくれた。

「スペクターではフロアとバッテリー・モジュールを一体化しました。一方でサスペンションは、基本的に他のモデルと共通です。いずれにせよ、このアーキテクチャーはとても高価ですが、柔軟性が極めて高いことが特徴のひとつです」

REPORT/大谷達也(Tatsuya OTANI)
PHOTO/Rolls-Royce
MAGAZINE/GENROQ 2023年4月号

SPECIFICATIONS

ロールス・ロイス スペクター

ボディサイズ:全長5453 全幅2080 全高1559(無荷重時)mm
ホイールベース:3210mm
車体重量:2975kg
CD値:0.25
最高出力:430kW
最大トルク:900Nm
バッテリー重量:約700kg
航続距離(WLTPモード):約520km
0-100km/h:4.5秒
※数値はすべて暫定値

2023年後半の発売に向けて、厳しい環境下の南アフリカでテストを続ける、ロールス・ロイス初のフル電動モデル「スペクター」。

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著者プロフィール

大谷達也 近影

大谷達也

大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌「CAR GRAPHIC」の編集部員…