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Porsche 956 / Porsche 911 GT3
レースナンバー「7」が刻まれた2台のポルシェ
イタリア出身のレーシグドライバー、パオロ・バリッラは2021年4月20日に60歳の誕生日を迎えた。そして、記念すべき60歳の年、ポルシェ・エクスクルーシブ・マニュファクトゥール(Porsche Exclusive Manufaktur)が新たに立ち上げたカスタマイズプログラム「ソンダーバーシュ(Sonderwunsch:スペシャルリクエスト)」最初の1台として、バリッラの依頼で911 GT3(992)が完成した。
今回、バリッラは、自身がル・マン24時間レースを制したポルシェ 956のカラーリングを活かしたワンオフモデルをオーダー。911 GT3は、956と同じようにサマーイエロー、ホワイト、ブラックの特徴的なレーシングルックに加えて、ボンネットとドアには優勝時のレースナンバー「7」が刻まれている。また、リヤウイングやシフトノブも専用デザインが施された。
ポルシェのパーソナライゼーション担当副社長のアレクサンダー・ファビグは、今回の試みについて次ようにコメントした。
「ユニークな顧客体験は、ポルシェブランドの中核をなすものです。ソンダーバーシュ・プログラムは、世界中のカスタマーの熱意を形にするという意味で、重要なマイルストーンとなる存在。それぞれのプロジェクトが、ポルシェ・エクスクルーシブ・マニュファクトゥールによるカスタマイズという王冠に燦然と輝く、美しい宝石です」
「パオロ・バリッラとのコラボレーションは、ポルシェにとっても特別なプロジェクトでした。911 GT3自体が非常に個性的なうえに、そのデザインプロセスもユニークな過程をもって完成したのです」
食品メーカーを経営する実業家としても活躍するバリッラは、完成した911 GT3の出来栄えを称賛した。
「1980年代、私は性能と美しさを象徴するポルシェ 956をドライブするチャンスを得ました。あの美しいレーシングカーから、いくつかの要素を現代の911 GT3に反映させることで、私だけでなく、私に近しい人たちにとっても記憶を刺激する1台が完成したのです」
956の翼端板をイメージしたリヤウイング
バリッラ仕様の911 GT3の最も特徴的な要素が、サマーイエロー、ホワイト、ブラックの3色で構成された印象的なレーシングリバリーだろう。1985年のル・マンを制したグループCレーシングカー、956に施されていたストライプデザインを現代的に再現した。
フロントエプロンとヘッドライトのトリムリングもサマーイエローでペイント。センターロック式ホイールのデザインは、ポルシェ 956のレーシングリムからインスピレーションを得たもので、実際のレースではブレーキ冷却用のホワイト・エアロブレードが装着されていた。当時と同様に911 GT3のホイールもフロントはホワイト、リヤはモダンなゴールドにペイントされている。
リヤスポイラーのサイドプレートも956のデザインと形状を再現。エアロダイナミクス、特にフロントアクスルとリヤアクスルのバランスを維持する必要があったため、生産仕様の911 GT3の開発を担当した空力エンジニアがリヤウイングの開発にも参加した。
適切なダウンフォースレベルを確保すべく風洞施設も活用。また、翼端板にはパオロ・バリッラのイニシャルと年齢を表す「PB 60」の文字があしらわれた。このロゴのスタイルは、当時のル・マン優勝マシンのメインスポンサーのグラフィックからインスパイアされている。
グループCカーを思わせるアルミ削り出しシフトノブ
インテリアはレーシングカーらしくブラックを基調とした。ドアエントリーガードと助手席側ダッシュボードにはイエローのトリムが施され、バリッラのためだけに専用デザインされたレンダリングロゴも入れられた。これは“956”と“Le Mans 1985”、そしてレーシングカーのシルエットが組み合わせられている。このロゴとサルト・サーキットのコース図がヘッドレストにも刺繍されている。
956のマグネシウム製ボールシフトノブを彷彿とさせるギヤレバーは、アルミブロックから上部を削り出し、表面をサンディング。時間と手間が掛けられたカスタムメイド品が採用されている。
ワンオフモデルを製作するソンダーバーシュ・プログラムでは、依頼者であるバリッラ自身がプロジェクトマネージャーの役割を担った。バリッラはプロジェクトチームの一員として、自身の夢のクルマの製作に最初期から積極的に携わっている。
最初のデザインスケッチから、技術的チェック、そして実際の製作に至るまで、そのプロセスには3年の歳月が費やされることになった。企画立ち上がりの時点ではタイプ992が開発段階であったため、先代のGT3をベースに行われている。
時代を隔てた異なるフォルムにカラーリングを再現
初代ボクスターのデザインを担当したグラント・ラーソンは、スタイル・ポルシェにおいてこのプロジェクトのディレクターを務めた。
「お客様と直接触れ合うことは、デザイナーとして最高の喜びです。私がポルシェで働いているのは、夢のクルマをデザインできる場所だから。そんな私ですら、ソンダーバーシュ・プログラムへの参加は別次元の喜びを感じています。今回もクライアントとの個人的なやりとりは非常に満足のいくもので、日々の仕事の中で顧客の要望をより深く理解するのにも役立つと考えています」
ラーソンにとって最大の挑戦は、極めてフラットでスクエアなフォルムの956から、現行911の丸みを帯びた形状にグラフィックデザインを移行することだった。「2台は全く違う形状のクルマです。レイアウトをそのまま移行することはできません」と、ラーソンは振り返る。
コンピューターに956のカラーリングを取り込み、レーザー装置を使ってラインをテストボディに投影。それに合わせてペイント作業を行った。試し塗りはデザイナーのラーソンとプロジェクトマネージャーのバリッラが納得するまで、3回も行われている。
暖色系のイエローは、オリジナルの956に近い色であることと、人工光でも自然光でも機能するよう慎重に調合されることになった。最終的にポルシェ・エクスクルーシブ・マニュファクトゥールが展開する豊富な「カラー・オブ・チョイス・プラス」プログラムの中から、サマーイエローが選択されている。
ポルシェの“社員”としてプロジェクトに参加したバリッラ
「当初、私はドアのナンバーを白い帯の中央に移動させたいと考えていました。でもバリッラ氏は、956がそうだったように『7』を端に寄せるべきだと主張しました」とラーソン。彼はカラーリングのデザイン作業において、956の1/43スケールモデルをデスクの上に置き、インスピレーションを得たという。
バリッラは、構想段階から3回もドイツのポルシェを訪れ、仕様決定から完成までのすべてのプロセスに参加した。プロジェクトの初期段階では電話や電子メール、ビデオ会議で頻繁に話し合いが行われ、その後、バリッラ専用の社内IDも発行された。また実際の製造工程においては、バリッラ自身が専用工具を使ってギヤボックスをエンジンに固定している。