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新たな時代への渇望が生み出した別世界に生きるスポーツカー対決
『サーキットの狼』、『モデナの剣』などスーパーカー漫画を世に輩出した池沢早人師先生は、漫画界の重鎮でありながらも自動車雑誌などで活躍するモータージャーナリストでもある。フェラーリ、ランボルギーニ、ポルシェなどのスーパースポーツに精通し、巧みなステアリング捌きで一刀両断。ここでは「ロータス ヨーロッパ」の再来と称されるアルピーヌ A110Sを基軸にライバルたちをワインディングへと連れ出し徹底的に比較する。
ダウンサイジングの4気筒エンジンを搭載し、A110Sのライバルとして対峙
世の中には星の数ほどのスポーツカーが存在し、それぞれに大きな魅力を放っている。昨今の自動車事情の中では安全性や環境問題、AI技術の競い合いに翻弄されて各自動車メーカーはエコカーへとシフトし続けているのは周知の事実。自動車が目的地へと移動するだけの手段であればその時流は喜ばしいことなのだろうが、スポーツカー好きを魅了する「走る楽しさ」、「操る喜び」を考えた時、「クルマに乗せられる」という本末転倒の状況は受け入れがたい。そんな時代の中で登場したアルピーヌ A110Sは称賛に値する。
最低限の電子デバイスのサポートはあるものの人間のスキルが介在できる「余地」を持つ近代ライトウェイト・スポーツはボクを魅了した。試乗の地として選んだ箱根の峠道ではその真価を発揮し、アクセルワークやブレーキング時の荷重移動、ギヤの選択、ステアリング操作を存分に楽しめる味付けは秀逸であり、巷で「ロータス ヨーロッパの再来」と称される理由を痛感することができた。
1975年から週刊少年ジャンプで『サーキットの狼』を連載したのはボクがロータス ヨーロッパを手に入れたことがきっかけであり、ロータス ヨーロッパはボクにとって忘れることのできない重要な存在。近代に蘇ったソリッドなライトウェイト・スポーツであるA110Sは、ステアリングを握る度にロータス ヨーロッパを駆った古き良き時代の興奮を思い出させてくれるのだ。
ダウンサイジングの潮流で生まれたジャガーの2.0リッター直4
今回、愛すべきアルピーヌ A110Sのライバルとして選んだのが「ジャガー Fタイプ Rダイナミック コンバーチブルP300」。従来のセグメント的には決して対抗馬には成り得ないモデルだが、ダウンサイジング化の波によって排気量を2.0リッターに留めた直列4気筒エンジンを搭載していることがライバルに挙げた大きな理由だ。上級グレードにはV型8気筒エンジンを搭載した2モデルとV型6気筒モデルも存在するが、ノーズの軽さを誇る直列4気筒エンジンをターボで武装したこのモデルの存在意義は大きい。
ちなみにフラッグシップのV8モデルはAWDのみとなり、ミドルクラスのV6モデルはAWDとFR、4気筒モデルはFRのみの設定となる。スポーツカーの基本ともいえるFRをチョイスした4気筒モデルは快活な走りを期待させるに十分であり、耐候性を重視した近代のハードトップではなくロールセンターが低くなる軽量なソフトップを採用したコンバーチブルというのも興味をそそられる。
同等の最高出力を発揮する2台はライバルになりえるのだろうか?
1.8リッターの4気筒ターボエンジンから292psを発生するA110S、そして2.0リッターの4気筒エンジンから300pを発生するFタイプ コンバーチブル。エンジンスペックだけを見ればほぼ同等だ。早速A110Sを駆り早朝の芦ノ湖スカイラインをドライブする。ボディの軽さ、レスポンスの鋭いエンジン、切れ味鋭いコーナリングの楽しさはステアリングを握る度に新鮮な驚きを与え、約45年前にロータス ヨーロッパを夢中で乗り回していた頃へとタイムスリップさせてくれる。今、ロータス ヨーロッパとアルピーヌ A110Sを同時に乗り比べれば圧倒的にA110Sの性能が上であるはずだが、思い出として美化されたロータス ヨーロッパと比肩する味わいは素晴らしいと言わざるを得ない。
そんなノスタルジーに浸っていると、コーナーの向こう側から猛々しいエキゾーストノートを響かせてFタイプ・コンバーチブルが現れた。早朝の光に照らされたオープンボディは滑らかなラインを輝かせ、深いバスタブのようなサイドラインが魅力的だ。その印象は知的で美しい女性と出逢ったような緊張感をもたらし、妖艶なフェラーリやマセラティとはひと味違ったドキドキ感を与えてくれる。
ジャガーが育んできた伝統は「匂い」という五感のひとつも味方につけている
今回の試乗車であるFタイプ コンバーチブルはビッグマイナーチェンジが施された2020年モデル。縦長からシャープさを増した横長へとデザインを変更したヘッドライトはアウディやマセラティを思わせる今風のデザインとなり、テールエンドもフロントと同調した精悍なものへと変更されている。個人的にはこのデザイン変更は正解だと思う。正直、マイチェン前のFタイプはニッサン フェアレディZ(Z33型)に似ていて少しばかりがっかりした記憶があるからだ。
搭載されるエンジンは車名にも冠する“P300”の通り300psの最高出力を発揮するターボを付加した直列4気筒となり、Fタイプの中では最もコンパクトなものだ。昨今の高出力モデルの乱売状態においては決して大パワーではないものの必要にして十分過ぎる数値であることは間違いない。だが大柄のボディは全幅が1925㎜となり、A110Sと比較して560kgも重たい1670kgのボディを支えることができるのだろうか? 一抹の不安を感じながら上質なレザーで飾られた車内へと乗り込みシートに身を委ねる。その感触、その匂いはジャガー然としたもので、ソブリンを愛車にしていた時代が脳裏に蘇った。ジャガーが育んできた伝統は質感、デザイン、性能だけでなく「匂い」という五感のひとつを味方につけているようだ。
しなやかで筋肉質な「豹足」はワインディングでの楽しさに満ち溢れる
スタータースイッチを押してエンジンを始動させるとエンジンは獰猛な雄叫びをあげ、アクセルを踏み込むと4気筒とは思えないパワーで重量級のボディを加速させていく。パドルシフトを操作すると抱いていた不安を一掃する走りを披露し、8速ATは2.0リッター直4と見事なシンクロを見せつける。
肩慣らしでオープンエアを楽しみながらのクルージングを終え、ATのセレクトレバーを左に倒して「S」モードにシフトすると、パドル操作をせずとも高回転を維持したドライブが堪能できる。ターボで武装した直4は圧倒的なパワーとは言えないものの決して不満を感じさせることはない。
足まわりは今回と前後して試乗したGRスープラとは対照的なセッティングだった。ジャガーの“脚”は舌を巻くほどの乗り味である。実に素晴らしい! 小さなストロークながらもけして跳ねることもなく、フラットで気持ち良く駆け抜けられる。これは、けして軽くない車重も影響していると思われるが、いわゆるトータルバランスの出来が良い。ハンドリングもドライバーの意思とシンクロするように応えてくれる。うーん、心憎い!
スポーツカーの基本であるパワーに勝るシャシー剛性
今回の試乗では芦ノ湖スカイラインをオープンで駆け抜けたがボディの剛性は素晴らしく、車体が捻じれる感覚や不安を感じることは一切なかった。Fタイプがオープンモデルとしてデビューを果たし、後にクローズドモデルのクーペが追加された事実を振り返るまでもなく、「オープンありき」の設計がなされていることをステアリングを通して理解できた。エンジンパワーを凌駕するシャシー剛性はスポーツカーの基本であり、どれだけパワフルなエンジンを搭載しようともパワーを受け止める優れたシャシーがなくては意味をなさない。その基本をFタイプ コンバーチブルは忠実に体現しているのだ。
Fタイプ コンバーチブルはエキゾーストサウンドを任意で切り替え可能なアクティブ・エキゾースト・システムを搭載しているから、ワインディングや高速道路を疾走する場合にはスポーツカーらしい迫力のサウンドをセレクトし、デートカーとして使う時には音量を抑えたモードに切り替えるべし。特に電動式のソフトトップを開けた際にはエキゾーストノートが最高のBGMになりドライバーを高揚させる。この辺りの演出も心憎い。ラインナップのなかでは最もミニマムな4気筒エンジンを搭載するFタイプ Rダイナミック コンバーチブルP300だが、決してプアマンズモデルでないことはドライブしてみれば一目瞭然。ステアリングを握れば大排気量モデル、大パワーモデルだけが正義ではないことが理解できるはずだ。
スポーツカーでありながら全く異なる世界観を見せつける両雄
昨今のジャガーは高級サルーンブランドのイメージが強いが、ボクたちの世代ではSS100やXK120、Eタイプ、Dタイプ、バブル期のXJ220などを輩出したスポーツカーブランドであり、1980年代の後半から90年代はグループCで活躍したXJR9(シルクカット・ジャガー)、グループAで快走を見せ付けたTWR(トム・ウォーキング・レーシング)のXJ-Sなどモータースポーツのイメージが強い。そんなジャガーがリリースするFタイプは往年のEタイプにインスパイアされたモデルでもあり、エレガントかつスポーティな走りは英国製高級ポーツカーらしいものであった。
この企画の基軸となるアルピーヌ A110Sは軽くシャープな走りを全面に押し出したライトウェイトの楽しさが大きな魅力だが、ジャガー Fタイプ コンバーチブルは同じスポーツカーでありながらも全く異なる世界観を披露している。それは同じ時間軸に存在するパラレルワールドのようにそれぞれに異なる物語を紡いでいるのだ。
ジャガー Fタイプは21世紀の“飛鳥ミノル”が乗るにふさわしい
どちらを選ぶべきか・・・と考えた時、体力が有り余る青年期であればA110Sを、人生の機微に通じた壮年期であればFタイプ コンバーチブルを選ぶのが望ましい。
それにしても! 想像以上の仕上がりを見せたFタイプ コンバーチブルは、隣に女性が乗っていなかったら峠でもA110Sに追従できる恐るべき走りをこなす。まさに大人のスポーツカーである。そして都会や高速道路をコンバーチブルで優雅に流すこともメチャクチャ絵になるクルマなのだ。アルピーヌ A110Sが21世紀の“風吹裕矢”の愛車なら、ジャガー Fタイプは彼の義兄である“飛鳥ミノル”が駆るにふさわしい選択肢だ。
TEXT/並木政孝(Masataka NAMIKI)
PHOTO/森山良雄(Yoshio ORIYAMA)
【SPECIFICATIONS】
アルピーヌ A110S
ボディサイズ:全長4205×全幅1800×全高1250㎜
ホイールベース:2420㎜
車両重量:1110㎏(※グリトーネルマットのみ1120kg)
エンジン:直列4気筒DOHC 16バルブ+ターボチャージャー
総排気量:1798cc
最高出力:215kW(292ps)/6420rpm
最大トルク:320Nm/2000‐6420rpm
トランスミッション:7速DCT
駆動動方式:MR
サスペンション形式:前後ダブルウィッシュボーン
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
ディスク径:前後320mm
タイヤサイズ:前215/40R18 後245/40R18
最高速度:260km/h
0-100km/h加速:4.4秒
WLTCモード燃費:12.8㎞/L
車両本体価格(税込):889万円
ジャガー Fタイプ Rダイナミック コンバーチブルP300
ボディサイズ:全長4470 全幅1925 全高1310mm
ホイールベース:2620mm
車両重量:1670kg
エンジン:直列4気筒DOHCターボ
総排気量:1995cc
最高出力:221kW(300ps)/5500rpm
最大トルク:400Nm(40.8kgm)/1500-2000rpm
トランスミッション:8速AT
駆動方式:RWD
サスペンション形式:前後ダブルウィッシュボーン
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ(リム幅):前245/45ZR18(8.5J) 後275/40ZR18(9.5J)
燃料消費率(WLTCモード):10.7km/L
車両本体価格:1101万円
【問い合わせ】
アルピーヌ コール
TEL 0800-1238-110
ジャガーコール
TEL 0120-050-689
【関連リンク】
・アルピーヌ・ジャポン公式サイト
https://www.alpinecars.jp
・ジャガー・ランドローバージャパン 公式サイト
http://www.jaguar.co.jp/