ニュルブルクリンク24時間2023の振り返り

2023年のニュルブルクリンク24時間レース振り返り「ニュルって?という人でもわかる今年の展開」

2位の98号車のBMW M4 GT3にわずか26秒893差で競り勝った30号車のフェラーリ296 GT3。
2位の98号車のBMW M4 GT3にわずか26秒893差で競り勝った30号車のフェラーリ296 GT3。
ドイツ・ニュルブルクリンクで開催された「ニュルブルクリンク24時間レース」決勝。フェラーリが初優勝を遂げるなど、目新しい話題が豊富だった2023年のレースを振り返る。予選の仕組みから、日本車の隠れた奮闘なども、散りばめつつ2024年の予習代わりになるリポートをお届けする。

第51回大会はフェラーリが初優勝

5月18~21日、ドイツのアイフェル地方でニュルブルクリンク24時間耐久レースが開催された。日本人の間では「ニュル」の愛称で親しまれる、グランプリコースとノルドシュライフェを繋いだ全長25.378㎞の世界最長のロングコースで行われる24時間耐久レースは、スパとル・マンに並び、ヨーロッパの三大24時間レースのひとつとして有名だ。

今回は大会史上初めてフェラーリが総合優勝を飾るという、新たな歴史を刻んだ。24時間を走り抜き、たった26秒893秒差という劇的な幕切れだった。総合2位はBMWだが、ほぼ最後尾スタートからを考えれば大健闘だろう。しかし、わずかな差での2位は、その大きな失望も隠せない。他にも悲喜交々の物語が満載の24時間のドラマを俯瞰して振り返ってみよう。

3回の予選とNLSの結果で決まるグリッド

ニュルブルクリンク24時間のレースウィークの予選は3回ある。まず木曜に深夜に渡る予選2本を走行、また翌金曜には第3予選が開催され、その3回の予選を総合した順位と、事前に開催されたNLS(ニュルブルクリンク耐久シリーズ)の3戦が考慮される。それに加えて、4月に開催された予選レースの戦績により、P9クラス(FIA GT3クラス)とSP-X(開発車両やホモロゲーション取得前車両等)の2クラスからトップ予選に進出できるマシンが選ばれ、金曜日の夜にポールポジションを賭けた2ラップのタイムアタックが行われるのだ。長い。

トップ予選1で、ヨコハマタイヤカラーの102号車のBMW M4 GT3が、前を走っていたマシンが撒いた砂に乗って勢いよくタイヤバリアへ突っ込む大クラッシュ。赤旗で振られて、仕切り直しとなるなど乱れたが、トップ予選1と予選2を勝ち進み、第51回大会の名誉あるポールポジションを獲得したのは4号車のメルセデスAMGだった。2番手にはゲットスピードの2号車のメルセデスAMGと2台のメルセデスがニュルブルク近郊のモイスパートにファクトリーを置く地元勢が続いた。そして3番手にはアウディを中心にフォルクスワーゲングループのチューナーとしても有名なABTスポーツラインの5号車、ランボルギーニ ウラカンが並んだ。

今年40周年を迎えたアウディスポーツGmbHは、歴代のアウディのカラーリングを模したR8 LMS GT3 Evo2で彩りを添え、その懐かしさからも数多くのファンがその姿を写真に収めた。アウディは2012、2014、2015、2017、2019、2022年と6回も総合優勝を飾っているだけに、記念の40周年に華を添えるべくぜひとも勝利を挙げたいところだ。

晴天に恵まれ、スタートグリッドには溢れんばかりの人々が集まり、もはやまっすぐ歩く事さえ困難なほどの混雑だ。メルセデスAMGのファクトリードライバーらは、毎年全員でスタートグリッドからファンへの感謝の意を表し、ファンも精一杯の声援を送った。

ミスなく速く走る者がニュルを制す

ノルドシュライフェにファンがコース脇に降りて出迎えるニュル名物のフォーメーションラップを経て、色とりどりのマシンが大観衆の声援の下、華々しく24時間レースのスタートを切った。130台以上が参戦するニュル24時間は、SP9クラスの第1グループを先頭にクラス別に区切って3グループに分けて時間差でスタートする。従って、ファンはスタートシーンを3度も味わえるという楽しみもある。

ニュルウェザーと称されるように、深い森の中にたたずむサーキットとあり、もはや天気予報さえも当てにならない程に天候がコロコロと変わることで有名なニュルだが、このレースウィークは予選から好天に恵まれ、少なくとも天候に左右される事はほとんどなかったのだが、少しだけウエットレースを観てみたかったのはちょっとワガママだろうか。

暗闇に包まれたニュルでは想像を絶する接触や単独事故が多発する。ナイトセッションに入ると、それによって撒き散らされたオイル痕や、鋭利なカーボンパーツの破片で更なる事故やトラブルさえ誘発しているだけに、非常に慎重にならざるを得ない。またイエローフラッグ中の追い越しやCode60(60㎞/h規制)が敷かれた中でのペナルティは、せっかくの勝利さえ失ってしまう可能性もあるだけに、速さだけでは決して勝てないのだ。いかにミスなく速く走る、それがニュルを制する者の最低条件なのかも知れない。

普段なら真っ暗なノルドシュライフェに浮かぶ満天の星空だが、この日は年に一度のお祭りだ。ファンこの日の為に手作りで仕上げたニュルのコース図を模った電飾や焚火の炎が夜空を明るく照らし、最高潮の盛り上がりを見せる。午前3時頃には声援が寝息に代わり、静寂の森にエキゾーストノートだけが途絶える事なく響き渡った。

各自動車メーカーご自慢のスーパースポーツカーベースのGT3マシンと、それを操るトッププロたちの世紀の対決から、アマチュアチームの手作りコンパクトカーまで、その速度や性能差が激しく、非常にキケンでもあるのだが、プロドライバーがコンパクトカーを猛スピードで軽やかにオーバーテイクをする姿や、プロ対プロにしかできない激しいバトルも見どころのひとつだろう。

24時間のスプリントレース

このニュルが他の一般的なサーキットとは違うところは、エスケープゾーンがほとんどない狭いコースや、次々に訪れるブラインドコーナー、そして高低差が最大300mもあるアップダウンなど、バラエティに富むレイアウトが特徴なだけに25.378㎞には常に魔物が潜むと言われている。

優勝候補の1台、ニュルの名門マンタイレーシングのポルシェは、今回早々にリタイアした。ABTのランボルギーニも上位に食い込むかと思いきや、タイヤバーストで先頭集団から離脱、また速度差の激しいGT3マシンとアマチュアチームの接触も重なり、優勝候補の数台が消えていった。24時間スプリントレースでは、例えトップドライバーでもトップチームでも、全く予想はつかない。運も実力の内、生き残りゲームでもある。レースは長いのだから挽回のチャンスはある、そう見る者もいるが、24時間スプリントレース化したこのレースでは一度先頭集団を離脱すると、そう簡単には追い上げはかなり困難になってくる。

夜が明けても着実に周回を重ね、順調にトップ集団をキープする30号車の296 GT3だ。488に代わって今季デビューしたばかりの新フェラーリGT3マシンは、他のメーカーのGT3マシンに比べて一段と空力を意識したボディを持ち、その見た目の美しさはもちろんの事、力強い俊足を見せる。しかし、これまでフェラーリが、この過酷なニュルで勝った事は一度もない。ドイツメーカー以外で勝ったのは、20年前のザックスピードのヴァイパーが最後だ。

地元ドイツ御三家+ポルシェに勝つ事がどれだけ困難な事かを誰もが知っている。ニュル24時間レースに勝つことで、このノルドシュライフェでの耐久性や信頼性を証明できるのだ。自動車メーカーにとって、いかに重要かはその必死さを見ればわかる。

日本勢に襲いかかる困難

土曜日の日没前には、澄んだ空にくっきりとしたオレンジ色のサンセットがセッションに華を添えただけに、バックストレート(デェッティンガーへーエ)の奥から美しく上る真っ赤な朝陽を期待したが、なんと幻想的な濃霧に包まれ夜が明けた。

夜が明けたというのに、霧のため視界不良で、僅か数十メートル先でさえ見えにくい。日本のSTI(スバル・テクニカ・インターナショナル)の114号車の新型WRXも、午前6時頃、カルロ・ヴァンダムのドライブ中にバックストレートでコントロールを失い、ガードレールに接触。スローペースでなんとかピットに辿り着いて修復にあたった。修理に3時間程要したが、コースへなんとか復帰した。このタイムロスでSP4Tクラスへのクラス優勝は絶望的となったものの、完走を目指して少しでも挽回すべく周回を重ねる。

完全に濃霧が晴れたのは、陽が上り切ってからだ。そこからは気温が急激に上昇し、タイヤトラブルでピットインするマシンが増え始めた。丁度、その頃、日本人最多ニュル出場を誇る木下隆之のドライブする70号車のトヨタGRスープラGT4も単独クラッシュを起こしてしまい、レース終了6時間前にゲームオーバーとなった。しかし、木下はもう1台の71号車のスープラへもダブルエントリーをしている為、すぐに気持ちを切り替え、71号車のスティントを坦々とこなした。

残り1時間でわずか1分30秒の差

わずかな差で2位となった98号車のローヴェレーシングのBMW M4 GT3。

依然として30号車のフェラーリがトップを支配。それを98号車のローヴェレーシングのBMW M4 GT3と、ポールポジションからスタートした4号車のメルセデスAMG GT3が懸命に追う。98号車のローヴェレーシングのBMW M4 GT3は、予選はタイムが伸びずSP9クラスのほぼ最後尾スタートだったのだが、ライバルらが離脱やトラブルに見舞われる中、ほぼノーミスでじわじわと24時間をかけてじっくり追い上げに成功した。2台とも同一周回内での戦いなのだが、一周の長さが25km以上もあるから数分差が開いている。ニュルで数分を巻き返すのは非常に難しく、イエローフラッグやCode60やピットストップの戦略をうまく利用する必要がある。

やがてレースが残り1時間を切る頃、フェラーリ対BMWの対決はまだ最後まで続いている。それぞれのピットストップにより、トップが繰り返し入れ替わるが、実際はフェラーリがBMWに約1分30秒の差をつけてリードしている。この頃には、イベント広場やパドックで思い思いにレースを楽しんでいた観客たちも、感動のゴールシーンを見届けようと徐々にグランドスタンドへ向かい始める。

最後の最後までイエローフラッグやCode60が出て、その度にフェラーリとBMWの差が縮まり、両者ともハラハラの連続だ。しかし、運命の16時、暖かい大きな拍手を受けて一番最初にチェッカーフラッグを受けたのは──、30号車のフェラーリ296 GT3だった。僅か26秒893差の2位は98号車のBMW M4 GT3、それに続いて4号車のメルセデスAMG GT3が3位でゴールした。BMW勢はフェラーリに対して、決定的な“速さ”の違いを認め、「来年はその王者のポジションを奪回してみせるよ」とフェラーリ勢と互いの健闘とフェアなレースを称え、そして歴史的な勝利を祝い、固いハグを交わした。

2024年の第52回大会のニュルブルクリンク24時間レースは5月9~12日に開催される。ドイツ人が「Nach dem Rennen ist vor dem Rennen(レースの後は、レースの前でもある)」というように、もう次の24時間レースまでは1年を切っているのだ。

初のニュルブルクリンク24時間レースに参戦したフェラーリ296 GT3が、2位に26秒911差秒差をつけて総合優勝を飾った。

「フェラーリ296 GT3」30号車がニュルブルクリンク24時間レースを制覇「最多周回数162ラップを走破」

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池ノ内 みどり 近影

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