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今回の『LUPIN ZERO』は1~3話を見ただけでも製作スタッフが相当な気合を入れていることがわかる。おそらく全話を見終わったときには「ルパン三世シリーズの中でも上位にランキングされる傑作」と太鼓判を押せるものと確信している。
それはなぜか? 理由は色々あるが、何と言ってもルパン三世というキャラクターは昭和という時代との相性が良く、高度経済成長期という時代の中で少年ルパンがイキイキと動いているからだ。
『ルパン三世Part1』オンエア前夜
『ルパン三世』が我々の前に初めて姿を見せたのは『漫画アクション』(双葉社刊)1967年8月10日号のことだ。
モンキー・パンチ先生の描く原作のルパン三世は、独自の美学を持ちつつも泥棒のみならず暴力や殺人さえも厭わない悪党として描かれており、ときにユーモラスな描写を交えつつも、ハードボイルドタッチのピカレスクロマンとして成立させている。ルパン三世というキャラの誕生はまさしく衝撃的なことであり、それが少年漫画には飽きたらない当時の青年たちを魅了したのであった。
東京ムービー創設者であり、敏腕プロデューサーとして腕を鳴らした藤岡 豊さんがこの作品の魅力にいち早く着目したことにより、これまでにない「日本初の大人向けアニメ」として『ルパン三世』の映像化が進められることになる。
アニメ化に当たって藤岡さんが白羽の矢を立てたのが人形劇出身の演出家・大隅正秋(現・おおすみ正秋)さんであり、東映出身のアニメーター・大塚康生さんであった。
ふたりは「大人の鑑賞に耐えうる作品とするには”リアリティ”こそが肝要」との判断から、劇中に登場するガジェットは実在するものからキャラクターに合わせてチョイスする「実証主義」で臨むことを決定する。
ここでクルマや銃器、ミリタリーに関する大塚さんの幅広い知識が生かされ、原作マンガにはない登場人物の愛車(メルセデス・ベンツSSKなど)や拳銃(ワルサーP38やM19コンバットマグナムなど)、時計、タバコなどの設定が次々に描き起こされていった。
『Part1』の商業的失敗と『Part2』の爆発的ヒット
こうして『ルパン三世』の企画は動き出したわけだが、前例のない作品だけにスポンサーと放送枠の確保に難渋。放送が始まったのは1971年秋のことだった。
しかし、人気絶頂だったザ・ドリフターズの裏番組という不運や時代的に早すぎた内容など、さまざまな理由から視聴率は低迷。責任を取るかたちで大隅さんは途中降板し、シリーズ中盤からは大塚さんが招聘した宮崎 駿さんと高畑 勲さんという、後にスタジオジブリでその名を轟かせるビッグネームが演出を担当することになった。
それに合わせて「大人向け」という当初の企画は白紙に戻され、子どもでもわかるコミカルなアクションを重視した作品へと路線変更を受けることになる。だが、こうしたテコ入れでも視聴率は改善されることはなく『Part1』は全23話で打ち切られることになった。
ところが、本放送終了後に繰り返し放映された再放送で『ルパン三世』は大ブレイク! 1977年秋に新作の『ルパン三世Part2』がオンエアされることになる。
『Part2』は3年にも及ぶ長寿作となり、放送期間中に劇場用映画が2本制作され、最終回まで高視聴率をキープし続けた。以降、ルパンシリーズは1984年のTVシリーズ『ルパン三世Part3』をはじめ、年1作ペースで制作されるTVスペシャル、劇場用映画、OVAとさまざまなタイトルが制作され、ルパン三世は国民的キャラクターとして地位を不動のものとしたのであった。
高度経済成長期の寵児だった「ルパン3世」というキャラクター
しかしながら、高度経済成長期の真っ只中に生まれたルパン三世は、長寿キャラクターとして愛され続ける存在でこそあれ、1980年代以降は作品として些か時代とズレが生じてしまった感が否めない。
ルパン三世が我々の前に登場した1960年代末という時代は、戦後復興がひと段落し、経済的な豊かさを大衆が享受し始めた一方で、公害や開発に伴う自然破壊、日米安保、泥沼化するベトナム戦争などの社会問題がクローズアップされ、学生運動に代表されるように若者たちが社会の矛盾に異を唱えた時代でもあった。
そんな時代に颯爽と現われた『ルパン三世』は、主人公が泥棒ということ自体が体制に対するカウンターであり、「権力に縛られない自由な存在」としての魅力に溢れていた。さらにはこの作品にはそれまでのマンガにはないスタイリッシュさと、時代の先端を行くファッショナブルさがあった。当時の若者はまさしくそこに惹きつけられたのだろう。
時代は情報化社会や管理社会が実現する遥か以前のことである。「狙った獲物は逃さない神出鬼没の大泥棒」や「ルパンが狙う簡単には手に入らないお宝」といった設定もそれなりにリアリティを感じることができた。
ルパン三世というキャラクターが帯びていたこうした時代性は、新作が作られるごとに次第に薄れていく。それ自体は大衆作品として人気を得る上で必然だったのかもしれないが、問題は社会が豊かになり、金さえ積めば何でも買えるようになると、人々がルパン三世の「盗み」という行為自体に共感できなくなり、彼が狙う「お宝」に夢やロマンを感じることができなくなってしまったことではないのだろうか。
なんともなれば、実社会に生きる小市民たる我々はルパン三世の側にはなく、彼のような犯罪者の被害を受ける立場になるからだ。すなわち、現代はルパンが盗みを働いても喝采を浴びるような社会状況ではなくなり、そもそも彼が全身全霊をかけて盗むものがこの世からなくなってしまったのだ。さらに言えば、社会が高度にシステム化したことにより「神出鬼没の大泥棒」なる存在が”リアリティ”を失ったのである。
それ故に現代はルパン三世というキャラクターが成立しにくい時代になってしまったのではなかろうか。
ルパン三世という作品の持つ問題点は、80年代にはすでに制作スタッフの間でも認識されていたようで、宮崎 駿さんは『カリオストロの城』で物ではなく少女の心を盗ませ、幻に終わった『押井 守版 ルパン三世』ではルパン三世という存在そのものを虚構にしようとした。
また、TVスペシャル第1作の『ルパン三世 バイバイ・リバティー・危機一発!』で出崎 統さんは、情報技術の発達で盗みがしにくくなり、愛人のもとで引きこもり生活を送るルパン三世の姿を物語冒頭で描いている。
1990年代以降もシリーズは作られているが、それは制作スタッフの創意工夫と努力、アイデアの結晶によりエンタメ作品としてギリギリのラインで成立させているのであって、1960~1970年代に時代の先端を走っていた『ルパン三世』は、1980年代に時代に追いつかれ、それ以後は懸命に時代を追い続けているという図式に変わりはない(平成の『TVスペシャル』の多くがルパン一味が事件を起こすのではなく、他者の事件に巻き込まれるストーリーが多いのはそのためだろう)。
原点回帰を合言葉に昭和の物語へと回帰した『峰不二子という女』
あとは人々から飽きられ、興味を失われ、キャラクターとしての寿命が尽きるのを待つばかりと思われていたルパン三世だが、こうした状況をひっくり返し、シリーズに新たな息吹を吹き込んだ作品が、2012年に深夜枠で放送された『LUPIN the Third -峰不二子という女-』だ。
この作品は時代設定を1960~1970年代へと時計の針を巻き戻し、原作漫画をリスペクトした前衛的かつエロティシズムに溢れる大人を対象にした作品として作り上げたのだ。そう、作品を現代という頸木から切り離し、彼らが彼らとしてもっとも輝いていた時代の物語として、原作や『ルパン三世Part1』で描かれていたニヒルでシニカル、ハードボイルド色の強い作品として……。
そして、この路線は『LUPIN THE III RD』に引き継がれ、現代を舞台にしたシリーズとは時間軸の異なる物語として『次元大介の墓標』『血煙の石川五ェ門』『峰不二子の嘘』と続くことになる。
『峰不二子という女』によって再び作品に活力を取り戻した『ルパン三世』は、2014年には正編TVシリーズとしては30年ぶりとなる『ルパン三世Part4』、18年の『ルパン三世Part5』、21年の『ルパン三世Part6』と相次いで新作が作られた。
もちろん、これらの新TVシリーズもエンタメ作品としては一級品であり、見どころの多い作品ではあるのだが、やはりルパン三世はもともとキャラクターが色濃く帯びていた時代性からなのか、管理社会が進んだ現代よりも、社会に混沌さが残る昭和を舞台にした方が似つかわしいように感じられる。
少年ルパンを主人公に『Part1』への橋渡しとなる『ZERO』
そして現在、DMMで独占公開されている『LUPIN ZERO』もまた、まさしく高度経済成長期の昭和を舞台にした作品だ。しかも、これまで描かれることのなかった少年時代のルパン三世を主人公とすることで、アダルティな『峰不二子という女』や『RD』とは違ったアプローチで制作されている。
その作風は『ルパン三世Part1』への橋渡しということを意識しつつ、視聴者層を大人に限定することなく、モンキー・パンチ先生が描いた原作マンガ、Part1前半の「大隅ルパン」、Part1中盤以降の「宮崎・高畑ルパン」の要素を巧みに取り入れ、まだ何者でもないルパン三世の少年時代を見事に描いたところに大きな特徴がある。これはこれまでのシリーズを研究し、だが過去の作品に囚われすぎることもなく、青年ルパンから逆算してあるべき姿であろう少年ルパンを描いた監督・酒向大輔さんの手腕によるものだ。これが初監督作品だというのだからまったく恐れ入る。
「ルパンがやりたくてアニメーターになった」という彼の言葉は伊達ではない。
LUPIN ZERO 原作:モンキー・パンチ 監督:酒向⼤輔 シリーズ構成:⼤河内⼀楼 設定考証:⽩⼟晴⼀ キャラクターデザイン:⽥⼝⿇美 美術監督:清⽔哲弘/⼩崎弘貴 ⾊彩設計:岡亮⼦ 撮影監督:千葉洋之 編集:柳⽥美和 ⾳響監督:丹下雄⼆ ⾳響効果:倉橋裕宗 ⾳楽:⼤友良英 メインテーマ「AFRO"LUPIN'68"」 作曲:⼭下毅雄 編曲:⼤友良英 エンディングテーマ「ルパン三世主題歌Ⅱ」 歌:七尾旅⼈ 作曲:⼭下毅雄 編曲:⼤友良英 劇中歌「かわいい男の⼦」 歌:SARM 作詞・作曲:荒波健三 アニメーション制作:テレコム・アニメーションフィルム 製作:トムス・エンタテインメント 声の出演 ルパン:畠中祐 しのぶ:⾏成とあ 次元:武内駿輔 洋⼦:早⾒沙織 ルパン⼀世:安原義⼈ ルパン⼆世:古川登志夫 原作:モンキー・パンチ ©TMS