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NBオーナーが最新のND型ロードスター990Sに乗ってみた
わが家には1967年型アルファロメオ1300GTジュニアと2005年型ジャガーSタイプのほかに、2001年型マツダ・ロードスター1600スペシャルパッケージ(NB6C)がある。厳密に言えば筆者の愛車ではなく所有者は同居する弟になるのだが、車両管理を任されているため乗る機会も多く、準オーナー的な立場なのだ。
そんなわけでNB型ロードスターに日常的に触れる機会の多い筆者だが、先日ND型ロードスター990Sに試乗する機会があった。横浜のマツダR&Dセンターから宮ヶ瀬ダムまで往復140kmほどの短い距離だが、990Sの魅力を堪能するとともに、「進化」とはまた違う、似て非なるそれぞれの個性を再認識したのでリポートする。
ロードスター990Sはどんなクルマ?
2021年末の商品改良によって車体制御システム「KPC」(Kinematic Posture Control・運動学に基づいた車体姿勢の制御技術)の全車導入とともに、話題となったのが追加グレードの「990S」だ。
デビューから1年半が経過したことで、すでに多くのメディアで取り上げているので、読者の多くがこのクルマについてはご存知のことだろう。
ロードスターのようなライトウェイトスポーツは軽さが正義。だが「S」はシリーズ唯一のアンダー1トンだが、どうしても最廉価グレードというイメージがつきまとっていた。そこで初心に戻り、軽くて軽快なピュアスポーツとして990Sを作り上げたというわけだ。
990Sの「車重を増やさずに質感アップ」を成立させるに当たっては、レイズの軽量アルミとブレンボのキャリパーによって「スポーティモデルである」との特別感を演出しつつ、サスペンションをフラットライドな方向へとセッティングを見直し、合わせて電動パワステの操舵フィールも変更したという。
このように走りを追求するいっぽうで、上級グレードに備わるI-ELOOPやi-stopなどの燃費制御機器、シートヒーターやグローブBOXなどの装備品は廃されており、エアコンもオートからマニュアルへとダウングレードされている。
だが、こいつは”スポーツカー”だ。燃費について語るのは野暮だし(それでも充分に経済的だが)、快適装備が欲しいならサルーンでも買えばいいわけで、ロードスターであればむしろまったく問題はない。
とくにドライビングプレジャーをスポイルするアイドリングストップが無いのはむしろありがたいくらいだ。
自然なドライブフィールで運転が楽しい!
ND型のステアリングを握るのはデビュー直後の試乗会以来だ。運転の楽しさは以前乗った他のグレードと変わりはないが、リアサスペンションのスタビライザーやフロアトンネルのメンバーが省かれ、それに合わせてサスセッティングを変えたことが効いているのだろう。全体的にソフトでしなやかな印象を受けた。
サーキットを攻めるならもう少しアシを固めるべきなのかもしれないが、日常ユースメインで時々ワインディングを楽しむという使い方なら、むしろこちらの方が好ましい。バネ下重量を軽減した恩恵なのかハンドリングは軽快で、電動パワステにありがちな操舵感の不自然さも感じない。ブレンボのフロントブレーキも効きが良く、コントロール製にも優れている。
残念ながら990Sが本領を発揮するワイディングでの試乗は、宮ヶ瀬ダムの周辺を短時間回っただけで終わったが、それでも実力の片鱗を垣間見ることができた。
マツダのKPCはコーナリング時に車体の横Gを検出し、状況に応じて内側後輪に少しブレーキをかけることでアンチリフト機能が作用させる仕組みだ。その恩恵でオープンデフのクルマにしては良く曲がるのだが、ドライバーの操作に応じて制御がリニアに介入するので、ホンダS660のアジャイルハンドリングアシストとは違って、ズボラ運転でコーナーに進入してもクルマが勝手にスムーズに曲がる……というお節介さはない。
野球に例えるなら、S660は「振れば必ずホームランを出すバット」で、990Sは「飛距離は出るが打者が正しいフォームで芯にボールを捉えたときに初めてホームランを飛ばせるバット」と言ったところか。
スポーツカーはレーシングカーとは違ってあくまでも運転を楽しむための乗り物だ。操作も含めた運転を楽しむのであれば990Sの方が好ましいと感じる。
990SとNB6Cを乗り比べてみると……
990Sの運転は楽しい。いつまでも乗り続けていたいと思わせる素晴らしいスポーツカーだ。だが、「それなら今乗っているNBを手放して買い換えるか?」と尋ねられると答えに窮してしまう。もちろん、今のクルマに愛着はあるが、理由はそれだけではない。NBとND。どちらもロードスターの名を冠するモデルなのだが、その性格はわずかに異なるからだ。
両車を比べると、ディメンションに大きな差はなく、一見するとクルマの成り立ちは同じように見えるが、明らかに違うのはホイールベースの長さと、シートのヒップポイントから後輪軸までの距離だ。
NDはバルクヘッドごとエンジン搭載位置を15mm後退させたことにより、ペダルレイアウトを適正化させるためにカップルドディスタンスを縮めた上で着座位置が30mm以上後退した。だが、全長はむしろNA/NBよりも短くなっているため、ヒップポイントから後輪軸までの距離を短くすることで吸収しているのである。さらには運動性向上のため前後オーバーハングを削ったことにより、ホイールベースが45mm延びている。
NA~NCまでのロードスターがホイールベースのほぼ中心にヒップポイントを置いていたことを考えると、NDの変更は決して看過できるものではない。数字にするとわずかな差に思えるかもしれないが、ライトウェイトスポーツカーにおいては、このわずかな差がキャラクターに大きな影響を与えることになる。
ドリフト競技をやっている方なら伝わると思うのだが、ホイールベースの中心にドライバーを座らせるパッケージングは「腰のセンサー」がよく効く。おまけに歴代ロードスターは車両の重心がほぼ車体中央にあったから、ドライバーは3次元的なクルマの動きを身体が感知して、運転操作へと素早くフィードバックしやすい。これこそが「人馬一体」を謳うロードスターの最大の美点であった。
おそらく作り手もそのことは承知していたのであろう。ロードスターはアクセルをラフに操作するとテールが元気な子犬のように簡単に尻を振るのだが、ドライバーのセンサーを働かせやすく、コントロール性に優れたパッケージングで安全な範囲でスポーツドライビングを楽しめるセッティングとなっていた。
一方でNDはややパッケージングが後退したように感じる。
NDのコーナリング時は安定志向にあるが、とくにLSDを廃した990Sは、KPCの恩恵もあってかリアは終始落ち着いた姿勢で曲がって行く。その乗り味はだいぶ大人っぽい。どちらも良く曲がるし、コーナリングの楽しいマシンではあるのだがその意味合いはだいぶ違う。
歴代モデルと異なるNDの個性……買い換えではなく増車がオススメ
もちろんNDには20年分の進化があり、クルマとしての完成度で言えばNBとは比べるのも愚かというほど990Sが上だ。日常使いや高速を使ったロングドライブでは圧倒的に990Sの長所が光るし、ワインディングだって楽しい。1台のスポーツカーとして心から良くできていると思う。今のご時世にこんなスポーツカーを世に送り出したマツダには素直に喝采を送りたい。
ただ、NDが歴代ロードスターの完全上位互換ではないこともまた事実だ。NDにはない魅力もNA、NB、NCにはある。さて、困った。一体どのような結論を出すべきだろうか?
「ロードスターを初めて買う」という人が、新車の990Sを購入候補とするのなら、筆者は諸手を挙げて賛成したい。一方でNA、NB、NCのロードスターをすでに所有しているというベテランはその愛車を手放して買い換えると、個性の違いから軽い後悔を覚えるかもしれない。
もし懐に余裕があるのなら、買い替えではなく増車をオススメしたい。すでにネオクラに片足を突っ込んだ今の愛車は「趣味の対象+α」に用い、990Sを「メイン+日常のアシ」として使い倒してやるのだ。そうすれば後悔することなく、末長くロードスター ライフを満喫できると思う。
幌はワンタッチで操作可能。トノカバーがなくとも美しくトップが収まるのがNB乗りにとっては羨ましいところ。
前述の通り、幌をかけた状態でのドライブは試していない。軽量化のため遮音材が間引かれているようだが、オープンカーに静粛性は求めていないので問題はないと思う。機会があれば次は幌をかけた状態での試乗も行いたい。
ロードスター990S(ND5) 【Specifications】 全長×全幅×全高:3915mm×1735mm×1235mm ホイールベース:2310mm トレッド(前/後):1495mm/1505mm 車両重量:990kg エンジン:直列4気筒DOHC 排気量:1496cc 最高出力:132ps/7000rpm 最大トルク:15.5kgm/4500rpm 燃料供給装置:筒内直接噴射 トランスミッション:6速MT 駆動方式:FR サスペンション形式(前/後):ダブルウィッシュボーン式/マルチリンク式 ブレーキ形式(前/後)ベンチレーテッドディスク/ディスク タイヤサイズ(前後):195/50R16 車両価格:289万3000円
ロードスター1600スペシャルパッケージ(NB6C)/2001年式 【Specifications】 全長×全幅×全高:3955mm×1680mm×1235mm ホイールベース:2265mm トレッド(前/後):1415mm/1440mm 車両重量:1020kg エンジン:直列4気筒DOHC 排気量:1597cc 最高出力:125ps/6500rpm 最大トルク:14.5kgm/5000rpm 燃料供給装置:電子制御燃料噴射装置 トランスミッション:5速MT 駆動方式:FR サスペンション形式(前後):ダブルウィッシュボーン式 ブレーキ形式(前/後)ベンチレーテッドディスク/ディスク タイヤサイズ(前後):185/60R14(195/55R15) 車両価格:199万円(新車価格※2001年当時)