牧野茂雄のキーワード その2:「べ・ぶ(BEV)」2022年はBEVバブル崩壊への動きが見えはじめる年になるか!?

いまやBEV=バッテリー電気自動車はバブルだ!2022年私的」キーワード「べ・ぶ(BEV)」

電池の劣化:HEVでもBEVでも同じだが、電池が劣化するとセグメント表示が「いっぱい」にならなくなる。交換しようかな、と思ってディーラーに訊いて「200万円です」と言われたら……その半分の100万円でも「納得できない」だろう。
2022年、自動車業界には何が起きるのか……ちょっとひねったキーワードを5つ挙げる。直球はつまらないので変化球でお届けする。2つ目は「べ・ぶ」だ。ローマ字表記でBEV。つまりバッテリー・エレクトリック・ビークルだ。昨年12月にトヨタが「BEV大量投入」と「電池生産」を発表し、多くのメディアが「やっぱりトヨタもEV(一般メディアはいまだにBEVをEVと表記する)だ」「重い腰を上げた」と報じた。同じころ、フィランドでは愛車のテスラ「モデルS」を爆破した人がいた。電池交換費用2万ユーロ(約260万円)に怒った人の仕業だった。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

いまやBEV=バッテリー電気自動車はバブルだ。

いまやBEV=バッテリー電気自動車はバブルだ。
しかし電池交換代の高さに腹を立てた人がテスラを爆破した。
2022年はBEVバブル崩壊への動きが見えはじめる年になるか!?

昨年末までの動きを手短にまとめておく。注目ニュースはトヨタの「xEV本気だよ」に尽きる。xEV(エックスイーブイ)とは、なんらかの電動駆動系を持ったクルマを指す。トヨタは「重い腰」なんかじゃない。トヨタほど腰の軽い自動車メーカーはない。「尻軽」という意味ではなく良い意味での臨機応変、フットワークの軽さという意味だ。

トヨタに対して日本のメディアは、何かにつけて「HEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)に固執している」と言い続けてきた。1993年頃すでにトヨタは、「現在の電池技術ではBEVは選択肢になり得ない」と判断し、当面のxEVとしてHEVの開発を選んだ。しかし、つねに電池技術を横目で見ながらBEVの研究も進めていた。

このトヨタの判断を理解するキーワードこそ「xEV」であり、経済産業省もホームページ上で一般向けにxEVという呼び名と考え方をアピールしていたが、メディアはHEV(へ・ぶ)ともBEV(べ・ぶ)とも表記せず、純粋な電気自動車をEV(イーブイ)と呼び続けてきた。

経済産業省・資源エネルギー庁の説明

2018年の段階で経済産業省・資源エネルギー庁はこのような説明をウェブサイトとパンフレットに掲載していた。「xEV」という考え方を知ってもらうためだった。前年の2017年、フランスのマクロン大統領がG7で「エンジン社販売禁止の検討」を表明し、世界の空気が変わり始めた。「それは危険だ」と日本の行政は気付いていた。

昨年12月のトヨタの発表は、「あらためて宣言しないと信じてもらえない」という動機だったと思う。豊田章男社長は「これでもか」と言わんばかりに、電池用の資源さえ確保していることも披露した。しかし、豊田社長がアピールしたかった相手は、日本のメディアだけでなくアメリカのバイデン政権でもあり、株式市場でもあったと思う。ちなみにトヨタイムズのテレビCMでは「バッテリーEV」と言っている。

1月18日の午前、トヨタの時価総額は40兆円を超えた。これが「BEVも電池もやっている。HEVもPHEVも本気」というアピールの効果だ。世界中どこでも、人気株はネットオークションと似ている。「自分では価値を判断できないが、大勢が買っているから自分も買ってみた」だ。とはいえ、昨年12月の発表はハッタリではない。欧州でもアメリカでも、企業の発表ごとの「やります」は打率5割以下であり、世の中を見ながら目標はコロコロ変わる。忘れ去られていると判断すれば「なかったこと」にもしてしまう。

その欧州は、産業面での米中対抗策のメインにBEVを据えた。欧州の自動車産業全体が動けば新しい産業構造への転換ができるとEU政府は踏んだ。ファンドビジネスや投資家を巧みにリードする方法として「これが新しい産業分野」「脱炭素こそ世界の流れ」と喧伝した。とりあえず欧州の自動車産業界はBEVへと舵を切り(当然、逃げ道も用意している)、投資も集まった。同時にEU政府は、欧州のバッテリー関連企業約200社に補助金をばらまき始めた。あれほど中国の補助金を批判していたのに、だ。

アメリカはバイデン政権になってBEVへの動きが出てきたが、問題は電池だ。アメリカにも有力な電池メーカーがない。中国には頼りたくないから韓国に頼っているが、LiB(リチウムイオン2次電池)原因のトラブルも起きている。欧州も同様で車載LiBを量産できる企業がない。だから中国勢と韓国勢に頼っている。大手自動車グループは相次いでLiB工場の建設プランをぶち上げたが、すでに建設候補地では地元住民の反対運動に出くわしている。

中国はNEV(ニュー・エナジー・ビークル=新エネルギー車)にBEVとPHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)とFCEV(フューエル・セル・エレクトリック・ビークル=燃料電池電気自動車)の3カテゴリーを据えて普及をめざしてきたが、昨年はやっとNEV販売に活気が出た。しかし、そのいっぽうでNEV以外の油耗優良車(燃費のいいクルマ)としてHEVを推奨している。非常に現実的だ。

同時に中国はテスラを抱き込んだ。テスラの上海工場が完成する前から、アメリカ製の輸入テスラ車を「中国国産車扱い」とし、優遇した。いまやテスラは電池調達も含めて中国べったりだ。筆者と旧知のアメリカ人ジャーナリストは「アメリカ政府および政権内でテスラのイーロン・マスクCEOは親中派扱いになった」と言う。

さて、2022年はどう動くか。おそらく「べ・ぶ」のバブルは今年も含めて1〜2年が最高潮ではないだろうか。膨らんだ泡はいずれ消える。その理由を挙げる。同時に、以下に挙げる事柄こそ、BEVの課題である。

BEVの課題1:「利益率」

まず「利益率」だ。BEVの製造コストの20〜40%は2次電池、現在では液体電解質を使うLiBである。「電池を大量生産すれば安くなる」と言われるが、乾電池はほぼ無人の工場で延々と量産されても利益率は低く、だから薄利多売になる。車載用LiBは資源価格が高騰すればすぐ製造原価が跳ね上がる。この電池に首根っこを掴まれているBEVは、依然として利益率が低い。

テスラは本業のBEVでは大した利益をあげてこなかった。過去の決算報告を読めばわかる。CO2クレジットで利益を出し、下手をするとBEV事業は赤字という年もあった。しかし、多くの自動車メーカーがBEVを生産するようになればテスラからクレジットを買う必要はなくなる。テスラの過去のビジネスモデルはもう通用しない。だから中国に接近したのだろう。

ただし、先行優位のテスラはブランドになれた。信者を獲得し、市場での資金調達はほぼ「やりたい放題」である。では、後発組はどうなるか。BEVの一貫生産工場を建設するとなると、年産20万台で見積もっても1500億円程度の投資が必要になる。

年産20万台を10年続けて200万台。1500億円を200万台で割れば1台当たり7万5000円だが、これ以外に水道光熱費など毎日の運営費と人件費、資材・部品の調達費、加工機の減価償却費など、普通のクルマにも当たり前にかかっている製造のための固定費が加わる。部品・素材の調達費用と研究開発費も含めると、LiB搭載量50〜60kWhのCセグメント車を新規に量産立ち上げた場合の製造原価は1台当たり300万円を超える。これはあるエンジニアリング会社の試算だ。

BEVの課題2:「量産」

これが第2の問題、「量産」である。工場1棟の減価償却は長い目で見る必要があり、生産能力を増やそうと思えばその分の投資は追加になる。1992年11月にダイハツの商用BEV「ハイゼットEV」を取材したとき、量産化を考えて試算したコストについて具体的な数字をもらった。現在でも通用する数字なので紹介する。

ダイハツ車体前橋工場で少量生産されていたハイゼットEVを年産5000台以上1万台以下で量産する場の投資額だ。モデル寿命7年とした場合の試算は、電池開発(鉛酸電池またはNi-Cd電池)とその量産設備に50〜100億円、モーター開発と量産も同額、制御系の開発と量産は25〜30億円、駆動系開発と量産設備に400〜600億円、材料開発と調達に500〜700億円、車両量産設備に100〜300億円、合計で1125〜1830億円だった。

ダイハツ・ハイゼットEV

1981年に発売されたダイハツの「ハイゼットEV」。なんとダイハツは1968年にすでに市販BEVを持っていた。この写真は2代目モデルである。12Vの鉛酸電池(いわゆる普通の自動車用バッテリー)8個で約40kmの実用走行距離だった。

これを5000台×7年の3万500台で割ると321〜523万円、1万台×7年の7万台では161〜262万円。開発と量産設備だけで1台当たりこのレベルになるという試算だった。だから「手作りに近い少量生産にとどめる」とダイハツは判断した。「数を作れば安くなる」は真っ赤な嘘である。

テスラが製造面で幸運だったのは、トヨタからカリフォルニアの工場を格安で譲り受けた点だ。土地を購入し、整地し、工場を建て、設備を搬入するという手間を省けた。設備は半分ほど入れ替えになったようだが、ゼロスタートとは雲泥の差だ。新興BEVメーカーのリヴィアン(LIVIAN)は三菱自動車からイリノイ州のDSM(ダイヤモンドスター・モータース)の工場を買い取り、量産までの期間を短縮できたことで現時点では優位に立っている。しかし、ひと足先にBEVバブルに突入した中国がそうだったように、量産する前に倒産する新興メーカーはおそらくこれから続出するだろう。

BEVの課題3:「電池」

3番目は「電池」だ。各社のBEV生産計画を合算すると、LiB供給量は圧倒的に足りない。LiBもまた工場投資が必要になるが、薄利多売でシェアを伸ばした韓国のLiBメーカー3社(LG化学/サムスンSDI/SKイノベーションズ)のうち、LG化学は一足先にLiB部門の単年度黒字化を達成したが、そこまでに10年かかった。LiB価格については、電池メーカーに薄利多売を期待するという前提がいまだに続いている。

それでもBEV用の車載LiB 価格は10年でコスト半値あるいは6割安になった例が多い。外観仕様は変えず、極材の変更でしのげばこれくらいにはなる。もっとも、通常の自動車部品も、同じ仕様で量産を続ければ生産習熟度曲線(ラーニングカーブ)上でコストは下がるから同じことだ。毎年5%の原価低減を続ければ10年で約半値だ。LiBのコストダウンは、これよりはやや早く進んだが、現在の電解液タイプのLiBから固体電解質タイプの「全固体電池」に切り換える場合は工場の設備投資が新たに必要になる。

2022年にLiB全固体電池あるいはリチウムを使わない全固体電池の開発が終わったとして、市場での安全確認と量産手順の確立が2年で終わるとは思えない。これは新薬と同じであり、BEV電池もまた臨床試験が必要だ。果たしてその性能はどうなのか。電解質を変えただけでは、世の中で言われているようなバラ色の未来は想像できない。電解質が固体になれば安全性は増すが、だからと言って急速充電で電池をいじめれば電池は間違いなく短命になる。

BEVの課題4:「中古車流通」

電池寿命はBEVの下取り価格を左右する。4番目の課題は「中古車流通」である。EU政府は「BEVの下取り価格維持を義務化する」という、乱暴極まりない政策に出ようとしている。市場原理に反した強硬手段に出なければBEVの中古車は二束三文になるという予測からだろう。では、その損失補填はだれがやる?

昨年末のYouTubeで話題になったのはフィンランドの「テスラ爆破男」だった。彼は中古のテスラ「モデルS」を買って乗っていたが、具合が悪いので点検に出したら「電池交換しないとダメ。費用は2万ユーロ(約260万円)」と告げられ、抗議を込めて愛車を爆破した。

三菱i-MiEV

惜しくも昨年に生産終了になった三菱自動車のi-MiEV。皮肉にも中古車になってからGSユアサ製よりも東芝製SCiBの性能が評価されてきた。SCiBは体積あたりの電池容量では劣り出力電圧も低いが、繰り返し充電に極めて強く、急速充電を繰り返しても内部での金属リチウム析出がほとんどない。

日本でも、某ドイツ製HEVの電池交換で120万円を請求されたり、初期のテスラ「モデルS 」が電池劣化で廃棄処分になったりしている。「電池はナマモノであり消費期限がある」とは電池メーカーの弁だ。かと思えば、10年落ちの三菱自動車製「i-MiEV」の東芝製SCiB電池搭載車だけは下取り価格が落ちない。いまだに100万円以上で中古車店の店頭に並んでいる。新車から10年を経ても電池残量が100%なのだ。新車時点では残量120%という例も少なくない。このように継ぎ足し充電と急速充電に強い電池もあるが、その分、エネルギー密度は低い。しかし、中古車価格は維持される。

これに絡んで、第4の課題は「充電設備」だ。ドイツ勢は急速充電時間5分をめざしている。電池を冷やしながら貯めるという。しかし、電池設計を工夫しないと劣化が進む。「だから全固体電池なのだ」というが、たとえ極材を吟味しても急速充電が「劣化促進剤」であることには変わりない。

急速充電

ドイツでの調査では「大半のお客さんは急速充電に5分以上待てない」との結果だそうだ。5分で入れるとなると、大電力を短時間に集中する必要がある。「冷やせばいい」との見方もあるが、電池は確実に劣化する。「電池交換200万円」を保険でまかなえたとしても、廃棄電池はどんどん増える。

「だから路上の充電設備を増やす必要がある」という声があるが、急速充電で大容量電池を充電するとなると充電スポットの設備はどうなるか。1ヵ所に7〜8基の急速充電器を置くとなると、間違いなく「特別高圧契約」になる。契約料金が高いうえ安全面でも措置が求められる。それでもスポット数が少なければ問題はないが、日本全国に1万か所の急速充電スポットを設置したら、そこで消費される電力量はどうなるだろう。通常の家庭やオフィス、店舗、工場といった電力需要に加えてBEVのための電力が上乗せになる。

BEVの課題5:「発電」

つまり、発電能力が足りなくなる。これが5番目の課題「発電」だ。太陽光や風力といった再エネ(再生可能エネルギー)の追加では到底まかなえない。再エネには「太陽が出ない」「風が吹かない」日のためのバックアップが必須であり、EUではそこを天然ガス火力が担っている。同時に再エネ発電を有効に使うには送電網が重要になる。電力が足りない地域にほかから電力を回すというインフラだ。「大型の定置用LiBに電力を貯めればいい」とも言われるが、電池性能と値段からまだ現実的ではない。

欧州ではフランスなどが原子力発電の拡大を言い出し、原発嫌いのドイツなどとの間で論争になっている。アメリカも原発の耐用年数を80年まで延ばした。中国では30基以上の発電原子炉建設が動いている。10年先はべつとして、BEVはいまのところ「原発必須」である。日本はどうするのだろうか。

BEVの課題6:「循環」

6番目の課題は「循環」だ。劣化したLiB電池を回収し、自動車ほどシビアではないほかの用途に使うというビジネスはすでに始まっているが、10年後には毎年廃棄されるLiBはとんでもない量になる。ここから資源を取り出して再利用する方法はいろいろと研究されているが、その費用はどうなるのか。ここでも設備投資の規模とそのための投資額が問題になる。資源を取り出すための費用があまりに高くては利用されない。

アルミ缶のリサイクル

アルミ飲料缶は1枚の丸い板から成形される。「伸び」のいい素材であることが求められる。人が口にするものを保存するのだから、腐食や金属からの析出にも気を遣う。だから「飲料缶から飲料缶」へのリサイクルには長い年月を要した。この分野の技術も日本が世界のトップである。「たぶんLiBのリサイクルも大丈夫だよ」とは思いたいが……

日本では、アルミ缶の資源再利用を「飲料缶から飲料缶へ」というテーマでずっと技術開発してきた。資源リサイクルは素材の劣化が問題であり、以前は飲料缶をリサイクルしても「安全な食品のための容器」にはならなかった。ここでいくつものブレイクスルーを経て、20年以上の歳月を費やして、やっと「飲料缶から飲料缶へ」が可能になった。果たしてLiBに使われているさまざまな金属類を劣化させずに「LiBからLiBへ」の循環に乗せるには、どれくらいの期間と資金が必要だろうか。

BEVの課題7:「補助金」

「補助金でまかなえばいい」という声は多い。すべて補助金で、と。ここが7つ目の課題「補助金」だ。補助金の原資は税金であり、各国とも税金が余っているわけではない。必要なところに優先的に回すと、必ず足りなくなるところが出てくる。BEV普及のために税金を使っていいのかどうか。ここは本気で議論しなければならない。

以上が、筆者が考える「べ・ぶ」7つの課題である。2022年のキーワードふたつ目である。政治や利益誘導ではなく、純技術的にBEV社会が成り立つかどうかを考えなければならないが、筆者には妙案は思い浮かばない。すべての自動車ではないにしても、半数のBEV化さえも無理だと思う。課題も大きいし犠牲も大きいと考える。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…