牧野茂雄の「2022年私的」キーワード その1:「ば・い・で・ん」

2022年キーワード「ば・い・で・ん」バイデン政権、「売電力」、そして原発禁止のドイツは「買電国」へ転落か?

2022年、自動車業界には何が起きるのか……ちょっとひねったキーワードを5つ挙げる。直球はつまらないので変化球でお届けする。ひとつめは「ば・い・で・ん」。パソコンまたはスマホに「ば・い・で・ん」と打ち込んでみてほしい。真っ先に現れるのは「売電」で、次が「買電」。「バイデン」はだいたい3番目だ。しかし、「売電」「買電」「バイデン」の3つとも、2022年の重要キーワードである。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

バイデン政権が自動車メーカーに圧力をかけ、欧州ではフランスほかが原発強化で「売電力」アップを狙う。原発禁止のドイツは「買電国」へ転落か?

みなさま、明けましておめでとうございます。

本年がみなさまが思い描く「良い年」になりますよう、心よりお祈り申し上げます。そして、当ウェブサイトをどうぞ、ごひいきに。

COVID-19、COP26、ZEV

コロナ4年目。日本では「新型コロナウィルス感染症」と呼ばれるが、WHO(世界保健機構)の命名はCOVID-19。CO=コロナ、VI=ウィルス、D=病気、19=2019年という意味であり、英語読みならコヴィッドナインティーンである。2019年に最初の流行が見られた。もっとも、中国・武漢で11月に開催される予定だった軍事コンテストは10月に中止が決まっており、主催者からは「疫病の流行が理由」と、取材を予定していた海外メディアには伝えられたから、すでに9月ごろにはこの得体の知れない疫病の存在は中国で確認されていたのだろう。

このCOVID-19の影響をドナルド・トランプ前アメリカ合衆国大統領は見誤った。その対応の失敗がバイデン政権を誕生させたと言っていいだろう。2021年01月20日、ジョセフ・ロビネット・バイデン・ジュニア氏は78歳という歴代最高齢でアメリカの第46代大統領に就任した。トランプ前大統領との最大の違いはパリ協定(気候変動に関する多国間の国際的合意)への復帰という選択だ。

トランプ氏は「地球温暖化はまやかし」と公言していたが、旧知のアメリカ人ジャーナリストは「根拠がないわけではく、彼にデータを示した科学者がいる」と言う。同時にトランプ政権下でも、官僚組織やカリフォルニア州のような民主党知事のいる州の政府では「自動車の電動化」が必要という姿勢だった。バイデン政権になってこの動きは顕著になりGM、トヨタ、フォードは「その意を酌む」商品計画を取らざるを得なかった。アメリカでのメーカー別自動車販売台数のトップは、この3社である。

2021年のCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)では議長国のイギリスが「2040年までに世界の新車販売をZEV=ゼロ・エミッション・ヴィークル(無排出ガス車)にする」との目標を掲げ、GMとフォードは賛同した。これこそが、その「政権の意を汲む」同意であり、しかしアメリカは国としてこの目標には賛同しなかった。この判断はバイデン大統領自身が下した。

しかし、GMとフォードが本気で「ZEVへの全面転換」と考えているかといえば、NOである。VW(フォルクスワーゲン)もNOだ。トヨタはさきごろBEV(バッテリー・エレクトリック・ヴィークル)の大量導入を発表したが、これこそはバイデン政権への配慮と、規制が厳しくなる一方の欧州市場向けの決断であり、いわば「背に腹は代えられない」という決断だ。

トヨタが「電動派」へと寝返ったわけではない。COP26でのイギリス提案には賛同しなかった。「選択肢を狭くしてどうする」というのが豊田章男トヨタ社長の主張であり、日本の自動車産業界も同様である。いちばんニュートラルに、同時に現実を見極めた判断といえる。トヨタにとって最大の市場であるアメリカでは、時の政権の意を汲んだ。それだけだ。

じつは、VWもGMもフォードも、それ以外の多くの自動車メーカーも、思い描いているのはICE(内燃エンジン)とBEVの二正面作戦だ。筆者がいろいろな方面を取材し、情報を集めたうえでの結論である。どの会社も、どの国もBEVとは心中できない。ドイツでもフランスでも国家経済を担う自動車産業であり、イギリスのように自国資本のメジャー自動車メーカーが消滅した国とは違う。

アメリカは複雑だ

アメリカは少々複雑だ。かの国はよそ者に対しては「自由の国」ではない。DOT(運輸省)、NHTSA(国家高速道路安全局)、CARB(カリフォルニア大気資源局)といった政府機関による海外メーカーへの「いじめ」「嫌がらせ」の類は、筆者が取材したかぎりではかなりえげつない。提出データにミスがあろうものなら、それが悪意のない単純な人為的ミスであってもしつこく追及される。だから、日本の自動車メーカーは絶対にアメリカの政府機関を敵に回さない。かつては日本勢がいやがらせに遭い、そのあとは韓国・ヒョンデ(現代)が狙われた。

GMとフォードがイギリス提案に賛同し、国としてのアメリカが賛同しなかったのは完全な「バランス取り」である。トヨタがBEV大量投入を発表した背景にはアメリカ政府の圧力がある。アメリカはそういう国だ。

では、アメリカがBEVだけのクルマ社会になれるのかというと、おそらく当分の間は無理だろう。アメリカは年間約4000TWh(テラワットアワー/1テラ=100万ギガ)の電力需要を完全には賄えていない。多い年には2%程度の電力を輸入している。EIA(アメリカ合衆国エネルギー省エネルギー情報局)によると、2019年のアメリカは世界最大の電力輸入量だった。年間に59TWhを輸入した。これはちょうどイスラエルの1年分の電力消費量に相当する。

表1・電力輸入超過量比較

【表1】にドイツ、フランス、アメリカの電力輸出入量をまとめた。EIA資料を基にしたGLOBAL NOTEのデータがベースだが、貿易収支を自分で計算してみて、あらためて電力もエネルギー安全保障の一部なのだと実感した。アメリカは1990年以来ずっと電力は輸入超過、つまり貿易赤字である。全体の1〜2%とは言え、電力需要が逼迫しているときの輸入であり、太陽光/太陽熱/風力といった再エネ(再生可能エネルギー)発電ができないときの、止むを得ない輸入である。

かつてアメリカは、シェールガス/シェールオイル/オイルサンドを輸出と国内での発電に使おうと計画していた。アメリカ電力需要の担い手が、たとえ同盟国とはいえ、隣国カナダの水力発電であるという事実を「ささいなこと」と見逃すことは、アメリカにはできない。

欧州はどうする? ドイツはどこへ行く?

フランスはずっと輸出超過、つまり貿易黒字である。ドイツは2003年以降は輸出超過が続いている。そのドイツは今年2022年、原子力発電をすべて止める予定だ。いっぽうでフランスは最大6基の原発を新設する方針を打ち出し、イギリスとオランダも原発利用へと政策の舵を切った。

フィンランドでは今月、新設原発での商業発電が始まる。ポーランドとハンガリーはフランスの協力を得て原発建設に着手する。すでに「原発賛成」で国民的なコンセンサスを得ているフランスとスウェーデンだけでなく、ドイツ以外のEU(欧州連合)加盟国の大半が原発を「グリーン電源」と位置づけている。EUは再エネ発電に力を入れているが、たとえば2021年のスペインのように、まったく風が吹かなかったときには火力に頼るしかない。

再エネ発電には必ずバッファー(負荷変動を吸収する役割)として天然ガス火力発電などがセットになる。風が吹かない、太陽が出ないといったときのための安全弁である。「巨大な電池に貯めておけばいい」という発想もあるが、それはせいぜい家庭や工場など限られた場所で使用するバッファーであり、しかも高性能電池そのものが高価であり、充放電回数には寿命がある。大量の電池を収容する施設には防爆対策も必要になる(電池工場がそうであるように)。現実的な再エネ発電バッファーは、いまのところ天然ガス火力しかない。

再エネと火力をセットにする。それ以外は原子力に頼る。原発を持っていないポーランドと、原発比率が約48%と高いハンガリーがともに新規の原発建設に着手する理由のひとつは、電池工場やBEV車両工場への電力供給にある。工場を誘致し、誘致に伴うEUの補助金を得ると同時に国内の産業振興を図る。EUが正式に原発を「グリーン発電」と決定すれば、原発建設はさらに活発化するだろう。

アメリカではバイデン政権が原発の耐用年数を80年に延長した。当初は40年だったが、それが60年になり、いまや80年である。バイデン大統領はカナダからの買電には頼りたくない。しかしBEV普及は進めたい。そういう事情だ。

表2・ドイツとフランスの電力輸出入額推移

さて、ドイツはどうするのだろう。原発廃止に向けて再エネ発電への投資を進めてきたが、バッファーである天然ガス火力に回せる天然ガスがない。【表2】に示したように、原発大国フランスと脱原発国家ドイツはともに売電国であり、電気を周辺国に売って利益を得ている。同時に、両国とも売電の黒字額が目減りしている。フランスが原発新設を決めた最大の理由は「電力での貿易黒字拡大」とも読める。いっぽうドイツは、本当に原発を止めてしまっていいのか、いま国内では議論になっている。ドイツの原発比率は2019年のEIAデータで約12.3%。これは2017〜18年よりも高い数字だ。

ドイツの売電先はデンマーク、オランダ、ポーランド、チェコ、オーストリア、スイス、フランス、ルクセンブルクの8ヵ国。いっぽうドイツが買電している国は、前述の売電国からルクセンブルクを除いた7ヵ国。送電網が国境をまたいでいる欧州大陸は、互いに「売電」「買電」でつながっている。本気でBEVを普及させたいのなら、この送電網に「CO2排出のない、火力以外の電力」を流さなければまったくBEV化の意味がない。

ということで、今年2022年のキーワードのひとつは「ば・い・で・ん」である。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…