「カーチェイスにパワーはいらない」007 ボンドカー小考察・その2 ロータス・エスプリ/アストンマーティンDBS

第10作 『私を愛したスパイ』に登場したロータス・エスプリPHOTO◎GROUP LOTUS
前回はショーン・コネリー主演の5作品について取り上げた。ひと言で言えば、ジェームズ・ボンド=アストンマーティンという関連が出来上がった5作品である。ボンドカー小考察・その2は第6作から始める。
TEXT◎牧野茂雄 PHOTO◎ASTON MARTIN/GROUP LOTUS

第6作 『女王陛下の007』

アストンマーティンDBS

第6作は主演がショーン・コネリーからジョージ・レイゼンビーに交代した『女王陛下の007』だ。1969年12月、本国イギリスを皮切りに上映された。

冒頭から約90秒で、ジェームズ・ボンドが駆るアストンマーティン『DBS』が登場する。ラストシーンでも登場する。秘密兵器は積んでいなかったようだ。エンドロールにフォード・モーター・カンパニーという一文が入っていたのは、劇中でテレサ・デ・ヴィンセンゾが乗っていた1969年モデルのマーキュリー・クーガーXR-7コンバーチブルの提供元だったためだろう。

映画のラストでテレサとジェームズ・ボンドは結婚し、ジェームズのDBSでハネムーンに出かけるが、宿敵ブロフェルドがメルセデス・ベンツで追いかけ、彼の右腕女性、イルマ・ブントが後部座席から自動小銃をぶっ放す。その弾がテレサの眉間に当たり、テレサは即死する。シリーズ24作中、ボンドが結婚し、数時間後に妻が殺されるというシーンが描かれたのはこの作品だけだ。

イアン・フレミングの原作では、このときボンドはテレサの愛車ランチア・フラミニアに乗っていて、ブロフェルドはマセラティで追いかけてくることになっていた。

第7作『ダイヤモンドは永遠に』

第7作は『ダイヤモンドは永遠に』。公開は1971年12月。前作でボンド役だったジョージ・レイゼンビーは1作で降板し、ふたたびショーン・コネリーがカムバックしたが、本作がショーン・コネリー=ジェームズ・ボンドの最終作になる。ボンドカーは登場せず、ボンドガールとして登場するティファニー・ケイスの愛車、フォード・マスタング『マッハ1』を駆り派手なカーチェイスを繰り広げた。主役は交代しても、前作同様にフォードがボンドガールの愛車を用意したということだ。

第8作『死ぬのは奴らだ(Live and Let Die)』

第8作は『死ぬのは奴らだ(Live and Let Die)』。1973年6月の公開。ボンド役は本作からロジャー・ムーアに代わる。軽妙でコミカルなボンドを印象付けるためか、ボンドカーは登場しない。しかしボンドはボートを運転した。続く第9作、1974年12月公開の『黄金銃を持つ男』。フォードではなくAMC(アメリカン・モーターズ・コーポレーション)が協賛し、販売会社のショールームから『ホーネット・ハッチバック』をボンドが盗んで敵を追いかけるシーンがあった。

冒頭から1時間20分ほど経ったこのシーンは興味深い。ロケ地がタイのため、やたら日本車が多いのだ。ボンドがショールームからホーネット・ハッチバックを盗んで道路に出たとき、ぶつかりそうになって避けたのはトヨタ『クラウン』の4代目、俗に「クジラ」と呼ばれたクラウンである。2代目クラウンも道を走っている。タイはこの当時から日本車天国であり、その様子が映画でもわかる。

冒頭から1時間26分50秒のシーンが、この映画のひとつのハイライトだ。壊れた橋をホーネット・ハッチバックで宙返りしながらジャンプ。その約2分後、敵のボスが乗るAMC『マタドール』はルーフにジェットエンジンと翼をあっという間に取り付け、「空飛ぶクルマ」になって逃げる。本作は敵のマシンが数枚上手だった。

第10作 『私を愛したスパイ』

PHOTO◎GROUP LOTUS
PHOTO◎GROUP LOTUS

続く第10作、『私を愛したスパイ』は1977年7月の公開。この作品でジェームズ・ボンドは初めてロータスに乗る。76年に市販された『エスプリ』は、ロータスが株式公開しガレージメーカーから自動車メーカーになった1968年以降に企画された3台の高額モデル、Type75『エリート』、Type76『エクラ』につづくコードネームType79の市販版である。

ボンドのエスプリは、第3作『ゴールドフィンガー』以来久々の秘密兵器に仕立てられた。桟橋から海にダイブするとタイヤが格納され、ホイールハウスはシュラウドで密閉され、4本のタイヤの位置に短い翼(潜舵)がせり出し、車体後部からは4連スクリューが現れ、戦闘用潜航艇に変身した。

筆者所有のモデルカーの007のロータス・エスプリ
4本のタイヤの位置に短い翼(潜舵)がある。

このシーンは冒頭から約1時間14分、ボンドが敵のヘリに攻撃されるところから始まる。水中からミサイルでヘリを撃墜し、敵の水中要塞を偵察に行く。待ち構えていたのは第4作『サンダーボール作戦』に登場したスペクターの水中部隊のような小型潜航艇だった。これを撃退し、1時間19分のシーンで海水浴客が大勢いる海岸に上陸する。エスプリの活躍はこのワンシークエンスだけだったが、この作品の大きな見所だった。

PHOTO◎GROUP LOTUS

エンドロールにはイギリス海軍の3段下にロータス・カーズのクレジットが入っていた。フォード、セイコー(時計)、カワサキなどよりも上段であり、潜航艇バージョンの製作も含めてロータスが相当な協力を行なったことが窺える。

第11作 『ムーンレイカー』

第11作『ムーンレイカー』は1979年6月の公開。本作は一転してボンドカーの出ない作品になった。秘密兵器は意外にもヴェネチアで使われたゴンドラ。しかし、シリーズ始まって初めて、ジェームズ・ボンドが宇宙へ行った。スペースシャトルと宇宙ステーションが登場し、ボンドとアメリカ宇宙軍がレーザーガンで敵と撃ち合う。この映画を12月公開の映画館で観たときには、前の年の夏に観た『スターウォーズ』のエピソード4が頭をよぎった。本作の製作が始まる前、脚本の段階で『スターウォーズ』は大ヒットしていた。影響を受けていないとは言えないだろう。

第12作 『ユア・アイズ・オンリー』

続く第12作、1981年6月公開の『ユア・アイズ・オンリー』では意外なシーンがあった。第10作『私を愛したスパイ』に続いてロータス『エスプリ』が登場したのだが、冒頭から23分28秒のシーンで、ボンドの『エスプリ』は活躍する場もなくあっけなく自爆する。悪党どもがドアをこじ開けようとしたために自爆装置が作動したのだ。ボンドは、彼を救ってくれた女性とともにシトロエン『2CV』で逃げ、悪党はプジョー『504』で追う。

シトロエン2CV

狭い山道の中に町があり、バスを避けようとして横転した2CVは沿道の人たちが元に戻してくれた。エンストした2CVは住民が押してくれたおかげでエンジンがかかる。軽くて小さなクルマをカーチェイスにつかうのは、あの名作『ミニミニ大作戦(原題はThe Italian Job)』、リメイクではないオリジナルの1969年版やルパン3世を思い出す。

007シリーズのカーチェイス・シーンは『ムーンレイカー』のように大都市で道路封鎖して撮影されるものは意外に少なく、峠道のダウンヒルという設定が多い。ダウンヒルならパワーはいらない。車両重量は仇になる。ロジャー・ムーア扮するコミカルなボンドと2CVという組み合わせは粋だ。ショーン・コネリーに2CVは似合わないだろう。彼にはアストンマーティンDB5が似合う。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…